人々が投票に行くのはなぜか? 投票行動の視点から考える「選挙と政治参加」の授業
高校公民

「政治・経済」の学習指導要領では、「政党政治や選挙などの観点から、望ましい政治の在り方及び主権者としての政治参加の在り方について多面的・多角的に考察・構想し、表現すること」が内容に含まれています。また、選挙権年齢の引下げなどに伴い、「公共」「政治・経済」を通じて高校生の主体的な社会参画がより一層求められるようになっています。
では、単なる選挙制度の暗記に留まることなく、選挙を通じた政治参加のあり方について授業内で多面的・多角的な考察を行うには、どのように学びを進めていけばよいのでしょうか。
今回は、かえつ有明中学高等学校で公民科の授業を担当する傍ら、リベラルアーツを実践する探究型学習塾「知窓学舎」の運営にも携わる前田圭介先生に、投票行動の視点から「選挙と政治参加」の単元を扱う方法について伺いました。
「人々が投票に行くのはなぜか?」という視点
日本の選挙制度に関する単元では、「投票率の低下が課題である」という説明がしばしばなされます。次の図1-1と図1-2を見ると、1990年代から投票率は下落傾向にあり、2010年代以降の投票率は50%前後で推移している(参議院選挙の方が若干低い)ことがわかります。近年の日本の投票率は先進国の中でも低い部類であり、「なぜ多くの人が投票に行かないのか」と現状を疑問視する声も聞かれます。
こうした状況に対し、投票時間の延長や期日前投票制度の導入、インターネットを活用した選挙活動の促進など、さまざまな改善策が講じられてきました。選挙権年齢が18歳に引き下げられた背景にも、図1-3からわかるように若年層の投票率が低迷しているという問題意識がありました。しかし、近年の投票率推移を見る限り、一連の改善策が投票率の向上に貢献したと考えるのは難しそうです。
▼ 図1-1 衆議院議員総選挙(大選挙区・中選挙区・小選挙区)における投票率の推移(%)

▼ 図1-2 参議院議員総選挙(地方区・選挙区)における投票率の推移(%)

出典:総務省「国政選挙における投票率の推移」(https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html)
▼ 図1-3 衆議院議員総選挙(小選挙区) 年齢別投票率の状況
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出典:総務省「よくわかる投票率」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000938531.pdf)
ここから、他国の選挙制度との比較を行う授業に展開していくことも考えられます。たとえば、オーストラリアなど一部の国で導入されている義務投票制の是非について考察させるのも面白いですし(オーストラリアでは投票を拒否すると最低20豪ドルの罰金が課せられます)、インターネット投票を導入しているエストニアのような事例を紹介することも参考になるでしょう。
一方、少し見方を変えてみると、人々が投票に「行かない」理由だけではなく、投票に「行く」理由も重要であることがわかってきます。政治に関する数理モデル(フォーマルモデル)においては、人々が投票に行くことのインセンティブに注目した知見が積み重ねられてきました。そこで、今回の記事では「人々が投票に行くのはなぜか」という視点から授業を組み立てるアイデアをご紹介したいと思います。

政治学における投票行動モデル
人々の投票行動を利得計算に基づいて考察したものとして有名なのは、政治学者のライカーとオードシュックによる意思決定モデルです。ライカーとオードシュックは、有権者は自分の投票行動がもたらす効用を次のように計算し、投票するか否かを決めていると考えました。
期待利得 = 便益 × 確率 + 義務感 - 投票コスト
「期待利得」とは、投票に参加することで得られるであろう便益のことです。これが0を上回れば有権者は選挙へ行き、0を下回れば選挙へ行かず棄権すると考えられます。
右辺の4つの変数についても見てみましょう。
「便益」は候補者が当選した場合にもたらされる便益、「確率」は自分の投票行動が選挙結果に影響を与える確率のことです。たとえば、選挙が接戦だと予想される時は投票率も上がる傾向にありますが、これは自分の一票が結果を変えうる「確率」が高くなったためと考えられます。また、「投票コスト」は実際に投票所へ行って票を投じるのに伴うコストです。たとえば、投票日が雨天だと投票率は下がる傾向にありますが、これは、投票所に行くための「投票コスト」が高くなったためと考えられます。
しかし、自分の一票で当落が決まるような選挙は現実ではかなり珍しいため、「便益×確率」は相当小さい値になるはずです。これまでにも多くの研究で理論的予測が試みられましたが、「便益×確率-投票コスト」だけで50%近くの投票率を説明することはできませんでした(理論的予測と現実の投票率が異なる状況は、「投票棄権のパラドックス」とも呼ばれます)。
そこで、このモデルでは「義務感」という変数も導入されています。ここでの義務感には、投票を嫌々させられるというネガティブな側面だけではなく、「一市民として投票の務めを果たした」という満足感などのポジティブな側面も含まれます。50%という投票率は、投票行為から得られる満足感や義務感によって支えられている面が強いといえます。このモデルが提起されたのは1968年の論文ですが、今なお政治学の教科書に掲載されており、ある程度の説得力もっているといえるでしょう。
では、上記の投票行動モデルと今の日本の現状を照らし合わせて、もう一歩考察を深めてみます。ここでは、公益財団法人「明るい選挙推進協会」が2021年に実施した「若い有権者の政治・選挙に関する意識調査(第4回)」の結果を紹介します。この調査は、満18歳から29歳の全国男女3,150人を対象とし、1,237件の有効回答を得たもので、同一の質問を行った2009年の調査との比較もできるようになっています(ただし、2009年は政権交代が起きた衆院選の年であり、時代背景が異なる点には注意が必要です)。
図2-1 「支持している政党や候補者が勝つ見込みがないときには投票しても無駄である」

図2-2 「選挙では大勢の人が投票するのだから、自分一人くらい投票しなくてもかまわない」

図2-3 投票義務感について

図2-4 「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はない」

図2-1と図2-2は「便益×確率」に関わる調査項目ですが、いずれの項目でも「そう思う」寄りの回答が30%程度に上ることから、「便益×確率」を低く見積もる若年層が一定数おり、2009年と比べて増加傾向にあることがうかがええます。
図2-3は「義務感」について真正面から尋ねた調査項目ですが、投票に対して義務感や責務を感じている若年層の割合が2009年と比べて大幅に低下し、50%を割り込んでいることがわかります。
こうした状況下では、「義務感」が投票率を支える歯止めとして機能せず、「便益×確率」を低く見積ったり「投票コスト」が上がったりすると投票率が顕著に低くなると考えられます。この図2-3の結果は、20代の投票率が30%台に留まっている状況(図1-3)ともある程度親和的だといえるでしょう。
授業で扱う際は、上記の質問項目などを活用して「みんなだったらどう答える?」「日本全体では、どういう回答の分布になっていると思う?」と投げかけたうえで、「こうした回答の分布になっているのはなぜだと考えられる?」という問いへ進んでいくことによって、投票の意思決定モデルについてより身近に考察させることができます。
なお、図2-4は「便益」や「義務感」に関わる調査項目ですが、若者の70%近くが政治的無力感を抱いており、その傾向は2009年から大きく変化していないことが分かります。国政への直接参加は難しくとも、学校内でのルールメイキングや地域での政治に参画し、自分達の手で仕組みをより良くしていけるという成功体験を積むことが、政治的無力感の払拭に繋がる可能性があります。今後の「公共」「政治・経済」の学習においては、こうした視点もより重要になってくるでしょう。

より望ましい投票のあり方を考える
今回の記事では、「人々が投票に行くのはなぜか?」という視点に注目して、投票行動の意思決定モデルを中心に紹介してきました。個々人が今回紹介したモデルに従って期待利得を計算し、投票するか否かを決めているわけではありませんが、より望ましい投票の制度や運用を考えるうえでライカーとオードシュックの意思決定モデルは一つの視座を提供してくれると思います。
たとえば、選挙日当日の投票所数を増やすことは「投票コスト」の低下に繋がり、結果として投票率を上昇させる効果を持つことが近年の研究で示されていますが、実際には選挙日当日の投票所数は減らされつつあります。より妥当な投票率向上の施策を考えるためにも、意思決定モデルの活用は有効なのです。
あわせて、「便益 × 確率」の値を少しでも高め、若年層の間で根強く存在する政治的無力感を払拭するには、投票の仕組みそのものに注目させるアプローチも重要になってきます。
近年、『多数決を疑う』『決め方の経済学』『社会的選択理論への招待』などの坂井豊貴氏の著書によって、多様な人々の意見を集約するためのより望ましいルールを考える「社会的選択理論」が注目され始めました。
投票が義務化されているオーストラリアでは、連邦議会や州議会などで原則として全ての候補者に順位を付ける投票方式が採用されています。開票作業は面倒になりますが、順位を付けた方がより死票が少なく、各々の一票を活かすことができると考えられているわけです。
また、「人々の意見がどう集約されるかは、決め方次第で変わり得る」という視点は、近年の共通テストでも取り上げられています。


(2021年共通テスト「現代社会」大問2より)
特に学校だと多数決で物事を決めてしまう場面が多いため、「意思決定=多数決」というイメージが刷り込まれ、「投票しても無駄」「自分一人くらい投票しなくてもかまわない」という意識が生まれやすくなっていると思います。しかし、物事の決め方にもさまざまな方法があるという視点を得ると、より望ましい投票や意思決定のあり方についてポジティブに考えられるようになります。
人々が投票という行動に何を期待しているのか分析し、投票に対する期待値を高めるための方策を模索していく中で、「望ましい政治の在り方及び主権者としての政治参加の在り方について多面的・多角的に考察・構想する」ことも可能になるのです。
改訂版の「公共」「政治・経済」の教科書にも、投票行動について多面的に考察するためのヒントを各所に盛り込みましたので、ぜひ公民科の授業を担当される現場の先生方と一緒に実践を積み重ねていければと思っています。
【参考図書】
浅古泰史『ゲーム理論で考える政治学:フォーマルモデル入門』有斐閣
松林哲也『何が投票率を高めるのか』有斐閣
飯田健・松林哲也・大村華子『政治行動論〔新版〕: 有権者は政治を動かせるのか』有斐閣ストゥディア
坂井豊貴『多数決を疑う:社会的選択理論とは何か』岩波新書
坂井豊貴『決め方の経済学:「みんなの意見のまとめ方」を科学する』ダイヤモンド社