感性を豊かにし表現意欲を高める書道授業の工夫
―音楽を用いた創造的な表現活動を通して―

津能 宏明(広島県立祇園北高等学校教諭)

一、はじめに
 「書道ll」は「書道l」の学習の上に立って,書の伝統文化としての理解を深め,個性豊かな表現と鑑賞の能力を伸ばすことをねらいとしている。そこで,新しい試みとして,書道の学習の中に音楽を用いて生徒の感性を刺激し,多様な発想を生かして書作品に挑む表現活動を通して,書の美しさや楽しさを再発見し,芸術を愛好する心情を育てる。音楽を参考にするのは,音楽を耳で聞く(聴覚)→ 曲想から情景や心情的なイメージを頭に描き,曲想から書の構成要素のヒントを探る→ これを参考にして草稿を作る→ 紙面へ書による表現活動をする(視覚)という,聴覚で得たものを視覚的に表現するという新しい経験によって感性を高め育てていく創造的な表現活動を通して,新学習指導要領の書道llの目標の冒頭にある「書道の創造的な諸活動を通して,書を愛好する心情を育てる」に沿い,「3内容A表現」の中にある「エ感興や意図に応じた素材の選定,表現の構想と工夫」を扱う授業とする。新学習指導要領解説書には「感興」とは,他者からの刺激,例えば芸術や自然などの美に触れた時や,詩歌や文章を読んで感動した時などに内からわき起こる感慨をいい,その感興をより効果的に表現しようとする思いが「意図」とある。音楽を用いた創造的な表現活動を通して感性を豊かにし,表現意欲を高めたい。また,書の構成要素をとらえるうえで,音楽からの効果やヒントを十分に参考にして活用させたい。

二、音楽の効果
 音楽を参考にすることが,なぜ感性を豊かにし,表現意欲を高めるのに有効だと言えるのであろうか。それは,音はコミュニケーションの場を通して言葉の原点であり,音楽活動の源泉ともいえ,以下のような効果を考える。

(1)芸術表現の中で音がもっとも感情と深いつながりをもっている。
(2)音楽の基本はリズムにあり,このリズムは特に筋肉運動を刺激し自由感を与える。そしてリズムはエネルギーを与え,表現意欲が高まる。また,リズムは書の運筆に呼応して,線に流れを与え,余白に響く。
(3)人間の聴覚系は胎内においてすでに完成しており,胎児から,そして成長してからも音・音楽とのかかわりが密接であり,人間形成においては音楽環境の影響が非常に大きい。
(4)音感は,言語能力と共に発達し,直感的な力や,物事を推理する力が多分にあり,イメージが大きく広がり,創造意欲が高まる。
(5)学習内容に新奇性があり,学習への興味を喚起し,意欲を持たせることができる。

三、音楽の選び方
 以下の条件を考慮して,選曲する。
(1)筆遣いの速度に可能な速さのリズムの曲
(2)具体的な心像が浮かびやすい曲想で,歌詞のない曲
(3)音楽的な価値の高い曲や演奏のもの

四、選んだ和歌と音楽
 授業当時の秋を意識して「月」をテーマに以下の和歌と音楽を選んだ。

・百人一首より  
◇月見ればちぢに物こそ悲しけれわが身ひとつの
秋にはあらねど   大江千里
◇秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の
影のさやけさ   左京大夫顕輔

・選曲した音楽  
「月の光」 ドビュッシー
「AKASAKA MOON」
坂本龍一,渡辺香津美
五、創造活動の過程
 造形教育は,創造性の育成を基本的な課題とする。創造活動がどのようなプロセスをたどるかについては,ワラス(G.Wallas)の4段階がよく知られている。

@準備   Aあたため(孵化)  B啓示   C検証

 まず,問題をあらゆる面から検討する準備期がある。創造への準備であって方向づけでもあり,何が問題なのかを問い続けることでもある。自分のもっている知見や技術,過去の体験などを通して問題に対処しようとし,さらには,試行錯誤をして自分のもつ問題点を明らかにしようとするのがこの時期の特徴である。
 次には,あたため期がくる。孵化,孵卵の意味で文字通り鳥類が卵をあたためて孵化することと類似している。あまり意識を働かせないで,手を下さず,無意識の関与が大きい時期である。ただ,ひらめきのくるのをひたすらじっと待っている時期である。
 さらに,突然ひらめく啓示期がくる。問題解決のために,直感がひらめくことで,洞察の時期ともよばれる。予測ができないで,思いがけずに有効な考えや技術が出現するときである。
 最後は検証期と呼ばれるもので,アイデアの妥当性を検証することである。ひらめき得たアイデアが,実際に作品や技術として有効なものとして通用するか否かを細かく検討してみる過程である。
 要するに,問題点を明確にし充分な資料を集めていろいろ試みながら,ひらめきのくるのをじっと待つ。突然アイデアがひらめき,これが妥当なものか否かを検証し,その結果を評価していく過程が創造活動の基本的な流れである。
六、授業展開
 学習活動の中に「感じる」「見つける」「広げる」「深める」の四つの展開を組織していくことによって,生徒の個性を発揮させ,一人一人の感性や表現力を豊かにしていくことができると考える。また,これらの四つの展開は生徒が目標を達成し作品を完成していくためのひとつの道筋であり,実際の学習場面においては,それぞれの展開が重なり合って活動していく。

・イメージを明確にする「 感じる 」
 音楽を聴いて思い浮かべたイメージを参考にしていくならば,和歌に対する自己のイメージをより具体的にして明確に感じとることができるであろう。
 芸術としての書を成り立たせる感興や意図に応じ,音楽を聴いて想像を働かせることが創作への動機づけになる。そこで,生徒一人一人が五感を最大限に働かせ集中して感じとり,自分なりのイメージを明確にしていけば,表現とイメージの一致を追い求めていく表現意欲や表現への見通しにつながる。創作に対して,生徒の興味や関心を高めるために,個々のイメージを大切にして生徒の豊かな表現活動を生み出したい。

・課題意識へと発展させる「 見つける 」
 草稿,試作の過程において,字典や参考になる作品を用いて書の構図を検討させていくならば,自己の表現を認識していく上で生徒自ら課題や目標を見つけられるであろう。
 書の構成要素をもとに草稿を練れば,生徒一人一人が自己の表現を認識しながら,課題意識へと発展させていくことができる。またその活動を通して,生徒がこれまでに積み上げてきた先行経験(以前に学習した教材)をもとに,学習への計画性をもち,技法を応用していく姿勢に結びつける。さらに発展させて,観念にとらわれず思い切った表現を奨励したい。ここでは見つけるまでの試行錯誤は否めないが,教師の支援によって自己表現の課題や目標を見つけさせたい。

・主体的な追求を促す「 広げる 」
 他との交流をはかり,自己の表現を比較検討させていくならば,より幅広い表現方法に気づき,表現を広げていくことができるであろう。
 表現を追求していく場面において,現在の自分の表現をしっかりととらえる場面(生徒同士で作品を評価・理解し合う)を設定していくことによって,個の表現意欲を高め,追求への方向性を見出していくことが可能となる。そして,そこから「自分はこんな感じで表現してみたい。次はここを工夫しよう。」というように,生徒自ら個々の追求心が生まれてくる。このような生徒の主体的な追求の過程で,より幅広い表現方法に気づき表現を広げさせたい。

・表現の充実をはかる「 深める 」

 自己の表現を客観的にとらえ,評価活動を組み込んでいくならば、練度をましてより充実した書作品を作り上げていくことができるであろう。
 表現を深めていくために,絶えずふり返りながら自らの表現を見直し,修正しながら発展的にとらえていこうとする状況のなかに自己評価の活動を取り入れていく。作品を推敲していく一枚一枚の自己評価を通して練度を高める。このように,表現の充実をはかっていく場面では,生徒が自己の表現を客観的にとらえて,それぞれの目標や課題を設定し,自分のイメージした表現を目指して取り組んでいく。そして,集団の中で自らの活動をふり返り,新たな課題を見いだし,より高まりのある目標をめざして表現の修正を進めていくことが重要と考える。

 実態調査・記述法・観察法・評価法を用いて生徒の学習活動を掌握する。
@ 実態調査・・事前調査,事後調査
A 記述法・・・制作カード,感想文
B 観察法・・・作品,表情,動作
C 評価法・・・草稿,試作,カレンダー作品
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