福岡県立太宰府高等学校芸術科における鑑賞教育の実践
福岡県立玄洋高等学校教諭 平川友之
一、はじめに
 太宰府高等学校芸術科は大変ユニークな教育活動をしていることで知られていますが、三大行事としてあげられる『卒業制作展』『国内研修旅行』『夏季錬成会』の中でも、鑑賞教育の中心となっている行事が『国内研修旅行』です。立ち上げから関わってきた行事として、その内容について報告させていただきます。
○研修の目的
 別紙実施要領[参考資料]の目的に沿い、当該学年のクラス担任がその年の具体的な目的を定め実施する事が通例になっています。
 私が担当した研修旅行の目的としては次の三点について重点的に取り組みました。
  @美術館・博物館研修…二年次専門科目である『美術館学』(美書共通)を元にした美術館ごとの設置目的や展示目的、展示方法等について実際に検証する。
 A芸術研修…『書道概論』(書道専門科目)『美術史』『美術概論』(美術専門科目)や各専門科目で学んだ内容に基づき展示作品についての鑑賞を行い、日本の伝統文化、最先端の文化についての理解を深め、鑑賞の能力を高める。
 B進路研究…専門学科を設置した大学への学校訪問を実施することで進路意識の高揚を図る。また、美術館以外の関係施設等を見学する事により、職業観の育成を図る。
 その他、集団行動や班別行動を通じ、自ら主体的に行動する能力の育成、集団の中での社会性の育成についても取り組んでいます。

○研修内容について
 実施当初より書道・美術共通の全体研修と専攻別(書道・油彩画・日本画・デザイン・彫刻・金工・染色)による班別研修の二本立てで実施しています。
 全体研修は東京国立博物館の見学、大学訪問、奈良・法隆寺の見学を行います。この計画はクラス担任により計画立案を行い、最初に研修旅行の日程の大枠として設定しています。
 次に班別研修はまず各専攻毎に班を編成します。班編成後は各日程に組み込まれた班別研修枠での研修計画を立てさせ、日程毎の研修計画書を提出させます。計画は単に訪問先を決めるだけでなく、同時期にどのような展覧会や展示物が公開されているのかできるだけ多くのものをピックアップさせます。その中で移動計画を検討させ計画案を提出させます。その後各班の計画の妥当性や実施可能かを検討し、指導・助言を行い最終計画書を完成させます。班別研修の内容を充実させ、研修中のトラブルを防ぐためにもこの計画段階で多くの指導時間を使う事にしています。
 一日の研修内容は高校生にとって膨大な量となり、また常にメモを片手の鑑賞は内容も濃密なものとなります。そこで、私はこの研修旅行を十二年前に計画するに当たり、生徒による『計画→実施→まとめ』をしっかり取り組ませるため、毎日夜のミーティングの時間には二時間のレポート作成時間を研修のまとめの時間として設けました。

○書道研修の内容
  書道専攻の班別研修について紹介します。
 @大学訪問…大東文化大学書道学科・書道研究所見学
  書道学科の施設や書道研究所の書庫などを見学させていただいた後、書道学科専用ギャラリーにて『宇野雪村文庫』の拓本の鑑賞会を催していただいた。
 A美術館・博物館研修
  書道については二班に分け、特に許可を得る必要がある所を除き班ごとに計画を立て研修に臨ませた。見学先については次の通りである。  
 ・東京…出光美術館、書道博物館、根津美術館、永青文庫美術館
 ・京都…藤井有鄰館、仁和寺宝物館、醍醐寺霊宝館
 黄庭堅の『伏波神祠詩巻』や米?『行書三帖巻』、董其昌以下明清の書家の真跡を鑑賞する機会を得たことはかけがえのない体験となった。更に、特徴ある美術館を見学することにより、その設置目的や社会的役割等を考えることができ、卒業後の進路選択のきっかけとなった生徒もいる。
 Bその他の施設  
 ・奈良…墨運堂(墨の資料室、永楽庵、西の京工場)
 墨の製法や特徴を知るだけでなく、伝統工芸を守り続ける人々の情熱や書道を支える人たちの存在に目を向けることができ、書道に対する視野を広げることができている。  
 Cアトリエ訪問   
 事前に打ち合わせをし、第一線で活躍されている先生のアトリエに伺い、先生の所蔵品や作品を見せていただきながら書に志したきっかけや日頃の書作に対する考え方を伺い、改めて書の素晴らしさを感じる研修となった。

○生徒感想文
芸術科国内研修旅行を終えて  
 私はこの五日間の研修旅行でたくさんのものを見て、聞いて、肌で感じて、心に残る経験をすることができたように思えます。その中でも、研修旅行に参加して良かったと特に感じたことは、「本物」を鑑賞できたと言うことです。 美術館で過去に教科書で見たことのある作品が展示されているのを見た時に本物が持っている貫禄や醸し出されている雰囲気を感じ取り、圧倒されてしまいました。 先生が以前おっしゃっていた『写真では伝わらないものがある』、その瞬間にやっと理解できた気がしました。校長先生がして下さった講話も一生忘れることができないだろうなぁと、とても印象に残っています。鑑賞の仕方を教えてくださったのですが、作品を鑑賞する際にその作品について自分が知っている情報を全て捨てて、「もの」として見るというのは、意外に思いました。私はある程度の知識と作品を制作した作者の意図そういうものを知った上で鑑賞に臨まなければならないものだとばかり考えていたからです。しかし、先生がおっしゃるには、 ただ「もの」として向かい合った時、自分がどう感じたのかが大切だと言うことでした。確かに私は鑑賞する際に、これが有名だからすごい、この作者は有名な人だからきっと作品もすごいんだろう、と偏った考えで見てきました。でも、正直初めて見る作品を鑑賞したときの方が素朴な気持ちで作品と向き合うことができて、心から楽しめたような気がします。自分が何故その作品に惹かれてしまうのか、人々が長い間残そうとした理由がわかったような気がしました。
 短い期間の中で、あんなにたくさんの作品を鑑賞することはなかなか無いことですが、心の中がその分満たされたように感じます。ただ、「もの」として向かい合うには時間が要ることなので、またゆっくりと見に行きたいです。 

終わりに−成果と課題
 この研修旅行を通じ、個人差はあるものの生徒は本物に触れるということを体験し、これまで知識として学習してきたことや創作として体験してきたことでは得ることのできなかった芸術的な視野の広がりを得ていると感じます。また、進路意識についても研修後は非常に高まり、これまで以上に芸術を深く学ぶ事を希望し、4年制大学への進学希望者が多く見られるようになっています。
  今後の課題としては、毎年同じだからといって同じ内容を繰り返し行うのではなく、担任が生徒の実態を踏まえ、その時の生徒にとって必要な研修内容について研究し、年ごとに目標を定め、計画立案することが必要です。また芸術科だけでなく、より多くの教科科目との連携を図ることのできる内容まで高めることができればと思います。
(※平川先生は、原稿依頼後に現任校へ転任されましたため、前任校でのご実践を紹介させていただきました。)

参考資料





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