海洋プラスチック研究の第一人者、九大磯辺教授寄稿「プラごみ問題をどう教えるか」

マイクロプラスチックが散乱する石垣島の海岸(資料:九州大学 磯辺研究室)

プラスチック製品は、レジ袋やペットボトルといったさまざまな形に姿を変え、私たちの便利で清潔な生活を支えています。しかし、自然界にもれてしまったプラスチックごみは、分解されずに残り続け、自然環境に悪影響を及ぼしています。プラスチックごみを減らすことは、SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みにもつながります。2020年7月からは、プラスチック製のレジ袋が有料化されました。プラスチックとの付き合い方について考えるべき今、本稿では、小学校から高校までの教育現場で環境教育の授業を通し問題を伝えている,九州大学教授の磯辺篤彦さんに海洋プラスチックごみ問題と、私たちにできることについて聞きました。

海洋プラスチックごみ問題とは

安くて軽く、そして丈夫で腐食しないことは、プラスチックが持つ素材としての優れた特質です。それだからこそ、包装材や容器など多種多様に加工され、私たちの清潔で快適な暮らしを支えてきました。ところが、効率や利便性ではなく、地球環境の保全といった観点から見直せば、これら利点は全て欠点に裏返ります。安ければ大量に消費され、簡単に捨てられて、そして一部が環境中に流出するでしょう。現在では、世界で年間約3000万トンが屋外で捨てられ、そして、このうち115~241万トンが海に流出すると試算されています。海洋起源のプラスチックごみ(漁業ごみ)は、個数比と重量比どちらも2割程度で、ほとんどは私たちが街中で不用意に捨てたプラスチックごみなのです。

河口の水面を埋め尽くすプラスチックごみ

河口の水面を埋め尽くすプラスチックごみ

軽いプラスチックごみは、ひとたび環境中に流出すれば容易に広く拡散します。そして、腐食しないプラスチックごみは、プラスチックのまま環境中に残り続けることでしょう。その間に劣化は進み、波に揉まれ次第に細かく破砕されて、マイクロプラスチックと呼ばれる微細片となります。海岸で砂に混じり、海を漂うマイクロプラスチックは小さく目立たちませんが、海での浮遊が最初に報告された1970年代から現在まで、確実に数を増やし続けているのです。

環境中に流出するプラスチックごみの量は、東アジアや東南アジアの国々が世界の半数以上を占めます。その結果として、いま日本近海では、海面一平方キロメートル当たりに浮かぶマイクロプラスチックが百万粒をはるかに超えて、これは世界の海の平均値より一桁多くなっています。また、生活圏から最も遠い南極海ですら、マイクロプラスチックの浮遊が確認されています。

もはや、世界中でプラスチック片が浮遊しない海など、見当たらないのでしょう。大きさが数ミリメートル以下であるマイクロプラスチックなら、プランクトンからクジラまで、様々な大きさの海洋生物に誤食されてしまいます。実際に、これまで海で採取した生物の体内から、次々とマイクロプラスチックが検出されているのです。海洋生態系へのマイクロプラスチックの侵入は、相当程度に進行しているとみてよいでしょう。

マイクロプラスチック(資料:九州大学 磯辺研究室)

マイクロプラスチック(資料:九州大学 磯辺研究室)

 

海を漂流するマイクロプラスチックの表面には、周囲の海水に広がっている汚染物質が吸着します。これが誤食したマイクロプラスチックに乗って海洋生物の体内に運び込まれ、死亡率の上昇を含む様々な障害の要因となるのです。たとえ汚染物質が含まれなくても、毒ではないが糧でもないプラスチックを大量に摂食すれば、生物にとって負担になってしまいます。ただし、このような報告は、すべて実験室での研究結果に基づいています。いまのところ、マイクロプラスチック由来のダメージが、実際の海で生物に見つかったとの報告はありません。一つには、海での浮遊量が実験室で用いられるほど多くないためでしょう。ただ、このままプラスチックごみの海洋投棄が続けば、2060年代には、海のマイクロプラスチック浮遊量が、実験室で生物に障害をもたらした程度まで増加すると予測があります。もちろん確実な予測には、まだ越えるべきハードルが多く残っています。

それでも、実際の海で生物に障害が現れるほど多くのマイクロプラスチックが浮遊すれば、回収など不可能であって、もはや手遅れです。科学がリスクを十分に証明できていなくても、ひとたび被害が広がれば取り返しのつかないリスクに対しては、予防的に対策を講じる必要があるのです(予防原則といいます)。では、これから私たちには何ができるでしょうか。

 

私たちにできること

現在わが国では年間で約900万トンのプラスチックが廃棄されますが、ほとんどは焼却や埋め立て、あるいは再利用を経て、適正に処理されています。例えば焼却や埋め立てよりも、再利用の方が良いかどうかといった議論は、海洋プラスチックごみの軽減に本質的ではありません。わが国でも、いま年間で14万トン(廃棄量の1〜2%)のプラスチックが、どの処理経路にも乗らず、環境中に流出することが問題なのです。単純に人口比を掛ければ、今後に中国や東南アジアで適正な処理が進んだところで、これらの国々では年間で百万トン超の流出が残ってしまいます。世界を合わせれば数百万トンを超えるはずです。一般論として、50%を90%に高めることはできても、99%を100%にまで高めることは難しいものです。私たちは、プラスチックごみは環境中に漏れるものといった前提に立つ必要がありそうです。安価で大量に捨てられ、ごみとなっては軽く散らばり、腐食せず環境中に残り続けるプラスチックの宿命かもしれません。特に、最後の処理が個人に委ねられるシングル・ユース(使い捨て)プラスチックの環境流出をゼロにするとは、いかにも楽観的に過ぎるでしょう。この点から、海洋プラスチックごみ問題が、プラスチックの問題ではなく、一人ひとりのモラルの問題だとの意見には賛成できません。消費され廃棄されるプラスチックの量が膨大になりすぎて、わずか1%の漏れが積み上がった大問題なのです。いったん漏れてしまえば、漂流ごみやマイクロプラスチックは言うに及ばず、大型の海岸漂着ごみであっても回収は容易ではありません。そうであれば、私たちは、焼却やリユース・リサイクルに過大な期待を寄せず(わが国の現状を維持することは重要ですが)、社会に出回るプラスチックの総量を縮小させるよりほかないでしょう。数値目標を設定してのプラスチックの使用削減、すなわち社会におけるプラスチックの総量規制です。

レジ袋有料化

今年から始まったレジ袋の有償化や、数年前より社会に広がるプラスチックストローの代替が、総量を削減するきっかけになればと思います。これからの私たちは、環境負荷が少ない新素材が登場するまで、プラスチックを減らす日常へと切り替えていかねばなりません。

 

科学リテラシーが大切

安くて軽く、そして丈夫で腐食しないプラスチックはとても便利なものです。特に安いことは重要です。世界中で清潔で快適な日常を与えてくれるプラスチックを急に無くしてしまえば、経済的な弱者ほど負担が大きくなるでしょう。ここが、この問題の難しいところです。これからプラスチックを減らしていくにあたっては、科学的な証拠に基づいて、様々な人々を説得しなければなりません。社会全体の合意が必要なのです。もちろん根拠の薄い情報では人を説得できません。

例えば、日本は一人当たりに出すプラスチックごみ量で世界二位、との情報をインターネットなどで見かけることがあります。だから、もっとプラスチックごみを減らせというわけです。しかし、そのようなランキングを実証した科学論文などありません。情報の出どころは審査を経て専門誌に掲載を許された論文(査読論文)ではなく、国連環境計画が2018年に発行した報告書にある図のようですが、様々なデータセットを集めて作ったとあるだけの粗雑なものです。査読を経て専門誌に掲載された情報のみが、科学的な証拠と言えるものです。なにより科学者は、査読論文に掲載していない情報を社会に発信してはなりません。そして、報道や学校現場など、科学者が発した情報を広く社会に伝える側は、原典まで遡って情報の確度を検証するリテラシーを持ちたいものです。論文を読まなくても、読むに越したことはありませんが、せめて専門誌に掲載されているか確認するだけでもいいのです。

私にも、小学校から高校までの環境教育を授業という形でお手伝いさせていただく機会があります。その際には、査読付きの国際学術誌に発表された研究成果しか解説しないよう心がけています。未来につながる子供さんの教育は、査読という学界の品質保証を経た良質の情報で行いたいものです。

 

磯辺 篤彦 九州大学応用力学研究所教授

九州大学応用力学研究所教授。博士(理学)。専門は海洋物理学。海洋プラスチック研究の第一人者として、環境省の研究プロジェクトなどでリーダーを務める。文部科学大臣表彰(2020年)など受賞。近著に「海洋プラスチック問題の真実ーマイクロプラスチックの実態と未来予測」(化学同人/DOJIN選書)

 

 

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