平田オリザ×鈴木寛 前編「公共と対話と演劇の授業」

「主体的、対話的で深い学び」このスローガンのもと、今多くの学校で新しい学び、新しい教育が模索されています。しかし、どのようにこれを実現していくのか?これまでの授業をどう変えていけばいいのか?教育現場に携わる先生たちの大きな課題とされています。

長年にわたり演出家として演劇を通じて教育に携わってきた平田オリザさんと、政治家・大学教授としてともに活動されてきた鈴木寛さん、まさに主体的・対話的で深い学びを追求してきたお二人の対談をお届けします。

平田オリザ,鈴木寛

対談は8月下旬、オンラインにて収録された。(左上 平田オリザ/下 鈴木寛)

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演劇の公共的役割 

鈴木寛(以下、鈴木) 平田さんとは私はかれこれ20年以上のお付き合いになります。私も学生時代は駒場で学生ミュージカル劇団の音楽監督をしていたんですが、ご存知の通りすぐ近くに「こまばアゴラ劇場」があるんですね。そこに天才演劇家がいると噂を聞きまして、それが平田オリザさんでした。もちろん当時は私が一方的にリスペクトしていただけなんですけど。

平田オリザ(以下、平田) 仕事で関わるようになったのは、私が『芸術立国論』を出したのをきっかけに当時の民主党の若手議員の研究会に呼んでいただいて、文化政策、教育政策についていろいろお話するようになったのが始まりですね。

鈴木_そうですね。私も演劇青年でしたので政治や教育にとって演劇がいかに重要かという認識は持っていました。その後、私が文科副大臣になり、かねてから温めていた教育政策を実現していくのですが、やはり「演劇教育」を重要な柱として考えていました。「コミュニケーション教育推進会議」という場を立ち上げ、その座長を平田さんにお願いしました。いくつかのモデル市町村の学校で、平田さんとお弟子さんの力を借りて演劇教育を実践していきました。その大きな目的は演劇を通じて、日本に熟議の場をつくり、公共的な空間を開いていくことにありました。重要なエッセンスは平田さんの著書『芸術立国論』にすべてあります。

そして2011年に東日本大震災が起こります。福島の復興を進めるなかで被災地に新しい学校を作ろうという構想が持ち上がり、2015年に「ふたば未来学園中学校・高等学校」が作られるのですが、これは平田さんや私たちが考えていた理想の学校の実現でもありました。校内には劇場があり、平田さんと平田さんが主宰する「青年団」の劇団員の指導のもと素晴らしい演劇教育が行われています。

こうして振り返ると、かれこれ人生の半分近くの間、平田さんとさまざまな形でお仕事させてもらっていますね。

平田_そうなりますかね(笑)。日本の教育における演劇の地位はとても低く、悔しいという思いが長くありました。先進国のなかで唯一日本だけが演劇を教育にまったくと言っていいほど取り入れてこなかったんです。

私は一生の仕事として演劇を選んだ人間ですから、これを変えていきたいという思いは当然あって、教育行政に関わる機会があれば積極的にお手伝いしてきました。鈴木さんと私がやった最大の仕事は2012年に「劇場法」(劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)を作ったことですね。

鈴木_日本ではそれまで劇場を法的に定義するものとしては建築基準法と消防法くらいしかなかったんですが、これはハードの部分の定義で、劇場には文化的で公共的な役割がある。劇場法ではハードに加えソフトとヒューマンの3つで定義し、これを行政が支えていく指針を示しました。

ヨーロッパにおける劇場の役割 

平田_ヨーロッパでは劇場は、学校や病院とまではいかなくても、少なくとも図書館と同じくらい公共性の高い施設として扱われています。よく教会と比較されたりもしますが、劇場に定期的に人々が集まり作品を鑑賞し語り合う、つまりコミュニティの精神生活を維持するための場として劇場は重要な機能を担っているんです。ですから、そこで働くスタッフや俳優は、教師や医者と同じように、ある種の公共性をもった存在として扱われています。

たとえば今回の新型コロナウイルスの感染拡大が起こったときに、ドイツの文化大臣は「芸術は必要不可欠なだけではなく、生命維持装置である。したがってドイツ政府は全力でアーティストを守る」というメッセージをいち早く発表しました。こうした文化芸術のあり方を、たとえば学校と比較してみれば分かりやすいと思います。日本でもコロナ禍で学校が休校になりましたが、だからといって先生の給料を下げるとか学校を廃校にするとかいう話には当然なりません。国がしっかり支援していくわけで、これに反対する国民はほぼいません。なぜならコロナが収束した後、学校がなくなってしまったら大変ですから。つまりヨーロッパでは劇場やそこで働く人たちは、学校や先生と並ぶくらい公共性が高いのです。