平田オリザ×鈴木寛 前編「公共と対話と演劇の授業」

ふたば未来学園での実践

平田_なるほど。私がやっている演劇のワークショップについてお話しますと「ふたば未来学園」でやっているのはこんな授業です。まず質問するのが「君たちにとって福島ってどんなイメージですか?」と聞きます。お菓子の「ままどおる」とか映画の「フラガール」とかいろんな答えが出てきます。次に「県外の人は福島のことをどうイメージしていると思う?」と聞くと全員が「原発」と即答します。自分が持っているイメージと他者が持っているイメージは実は全然違うということを理解してもらいます。そのうえで「君たちは福島で生まれ育ったという事実は変えられない、これを背負っていかなければならない。たとえば福島の農産物が安全であるということを県外あるいは海外の人にどう伝えるのか。数字や論理でどれだけ説明しても、人が持っているイメージは簡単には変えられません。だから伝え方を工夫しなくちゃいけない。その伝え方のひとつとして演劇という方法があるんですよ」と授業の意味を説明しています。

それからグループに分かれ、地域に出て取材をします。そこで聞いたり調べたことを元に6人1グループで、お芝居を作っていきます。たとえばあるグループは農協に取材に行き、福島の農産物が風評被害のせいで東京でぜんぜん売れない、という話を聞いてきて、それを脚本にしてきました。私は「福島の野菜が危ないって君たち言われたことある?」と聞きます。生徒は「ない」と答えます。「そうだよね、もうあからさまな差別や中傷って福島についてめったに言われないよね。でも野菜が売れないのはどうしてなんだろう」と投げかけます。そうすると生徒たちは一生懸命考えるんですね。最終的に仕上がった脚本では、東京で行われた福島物産展が舞台で、そこを訪れたある母親が福島のことを心配する言葉をかけながら、自分の子供が桃を触ろうとする手をさっとたしなめる、というシーンが書かれていました。これがリアリティです。見えない差別を演劇はリアルに伝えることができるんです。

ほかに生徒が書いたお芝居で印象に残っているのはこんな話です。福島の陸上部の高校生が全国大会で大阪に行き、そこで小学校時代の同級生に再会します。「久しぶり、懐かしいなぁ」と彼に話しかけるのですが、その同級生はそそくさと逃げていってしまいます。そして後からラインで「ごめんね」とメッセージが届くという切ないお話です。実際にふたば未来学園の高校生の多くは小学生で震災に合い、全国に避難していた子も多いんですね。そしてそこで差別やいじめを受け、不登校になった生徒もたくさんいます。だから福島出身であるということを隠す人たちの気持ちが分かるんですね。このように演劇には複雑で重層的な福島差別の構造をイメージで伝える力があるんです。

平田オリザ

ふたば未来学園での演劇教育(写真提供:ふたば未来学園)

ふたば未来学園

演劇の稽古の模様(写真提供:ふたば未来学園)

公共の授業

鈴木_そうですね、「重層的」と言われましたが、私もこれが重要なキーワードだと考えています。物事にはさまざまレイヤーがあり重層的に構成されています。だからあるレイヤーでは対立していても別のレイヤーでは仲間であるということがありえるんですが、これが理解されずらい。私の言葉でいえば「アインデンティティーズ」、複数形のアイデンティティで、同じことを提言しています。

演劇には平田さんのお話にあったように物事の重層性、複数のアイデンティティをあぶり出す力があります。2022年から高校社会科の公民で新しく始まる「公共」の授業にも同じ期待をしています。社会課題がどのように重層的に構成されているかを理解することが極めて重要で、そのために他者との対話、熟議が必要不可欠です。合意を取る、解決策を考える前に、まずは課題の本質をさまざまな視点から重層的に掴み取ることが高校の授業では大切なんです。

平田_大学ではアートマネージメントを教えていますが、最初の授業で行うのが、ガス、水道、電気、鉄道、劇場、映画館、野球場、パン屋さんなど20個くらい挙げて公共性の高い順番に並べなさい、という出題をします。当然、順番は人それぞれでちょっとずつ違いますよね。次に4人1組で議論して順番をすり合わせ、その基準とともに発表してもらいます。施設を使用する人数の多さで並べたり、公的機関が運営しているものを上にしたり、並べ方とその根拠はそれぞれですね。この授業のポイントは「公共性についての基準は、意外とみんなバラバラなんだよ」ということです。「公共」という言葉からは何か明確な基準があって正解があるように感じるかもしれないけれど、何が公共的なのか、人それぞれ違うんですね。「でも今みなさんは4人で、そのバラバラな公共性について議論して基準を決めて合意を形成した。これが政治ということなんです」というように教えると理解してもらえますね。ちなみにこの授業で盛り上がるのは「野球場」についてです。野球場ってみんな公共的価値で下位に置くんですけど、おそらく日本にある野球場の9割近くは公営です。なぜ野球が公共的なのか?野球場がないと誰が困るんだろう?この問いは、なかなか面白い。いろいろ調べていくとアテネオリンピックのときに建てられた野球場は、今はすっかり廃墟になっていたりする。つまり国や民族、時代状況によって公共性の価値基準は全然違うんです。

 

後編へ続く

平田オリザ 劇作家・演出家

1962年東京生まれ
劇作家・演出家・青年団主宰
こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督
1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞
2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞
2020年9月に開催された豊岡演劇祭2020ではフェスティバルディレクターを務めた。

鈴木寛 東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

1964年兵庫県生まれ。
東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。

構成/篠宮祐介(教育図書編集部)