投資銀行家が考える金融教育「お金と生き方と社会の幸福」

元ゴールドマン サックスの債券トレーダーが考える、学校で教えてほしい金融教育。投資や資産形成の方法に傾きがちな金融教育に警鐘を鳴らし、なんのためにお金を使い、稼ぎ、投資するのか?お金を増やすための教育ではなく、人々の幸せのための金融教育。

金融は難しい、専門家しか分からない世界“というのは大きな間違い

僕は20年近く金融業界にいますが、大学生の頃は、恥ずかしいことに金融と経済の意味の違いすら分かっていませんでした。当時の僕は、金融業界で働く人たちは、世の中のことは全てお見通しという顔をしていて、投資でバンバン儲けているイメージを持っていたのです。金融に詳しくなれば、お金の流れが分かるようになって、世の中の動きも理解できると漠然と思っていました。しかし、勉強するにはハードルが高そうで、できれば避けて生きていこうと思っていたのが本音です。

ところが、どういうわけかアメリカの投資銀行で働くことになり、あわてて経済や金融の専門書を読み漁って勉強した記憶があります。入社以来、債券為替市場のトレーダーとして長年働いていたので、お客さんには、今後の債券や為替市場の値動きについてよく聞かれました。プロとして働いているわけなので、もっともらしいことを語りますが、正直なところドル円相場がこれから上がるのか下がるのかなんて分かりません。わかっていることは2分の1の確率で当てられるってことぐらいです(笑)。学生時代に僕が描いていた金融マンのイメージとは大違いです。僕に限らず、金融市場で働いている人は、分かっているふりをしているだけなのです。

今年新型コロナが世界中で蔓延し始めてから、日本株が一時大幅に下がりましたが、その後すぐに値上がりしましたよね。その値上がりについて、「過剰流動性相場だから、資産価格は上がるしかない」という専門家の説明を聞くと、なるほど金融に詳しい人たちは、複雑な理論を理解していて、株の値動きが手に取るようにわかるのだろう、と誤解してしまいます。実は、金融市場にいる人も、株が上がったことに驚いていて、はっきりした理由がわかっていません。お金がある人が買っているから株価が上がったのかなあ、くらいしか思いつかないのですが、その説明だと説得力がない。そこで、「過剰流動性」という専門用語で誤魔化して、初めから値上がりするのが分かっていたような顔をしているのです。金融が難しそうに見えるのは、金融市場の動きを誰もよく分かってないからなのです。

金融教育の目的は、投資でお金を儲けること??

 老後2000万円問題を覚えているでしょうか?年金だけでは老後の生活が賄えないので、一人2000万円をためる必要があるという話です。銀行に眠っている預金を運用しようと、新しく投資を始めた方もいますよね。この問題に対峙していくためには、国民全体の金融リテラシーの底上げが必要だとも言われています。書店の金融コーナーには、資産運用や投資の手引書など、どうやってお金を増やすかをテーマにした本で溢れかえっています。しかし、「金融の勉強=投資で儲ける方法を学ぶこと」と思われている風潮に、僕は不安を感じています。

この問題に限らず、子供たちの金融リテラシーをあげるために、教育現場でどのような金融教育を行えばいいのか、頭を悩ましている先生も多いのではないでしょうか。個人的には、子供たちには、次の2つのことを目的にして金融を学んで欲しいと思っています。

まずは、一人ひとりが長期的な視点に立ってライフプランを設計し、資産形成を行える知識と能力をつけることです。近年、働き方にしても家族のあり方にしても、生き方が多様化し、昔のようにモデル化された生き方が存在しなくなりました。これらの能力は、自分らしく自由に生きるために、新たに必要になった能力とも言えるでしょう。

もう一つの目的は、子どもたちが投資で儲けられるようになること、ではありません。その逆で、「金融はお金儲けのために存在しているのではなく、共に働く社会を実現するために存在している」と気づかせることです。

先生の中には、学校での金融教育に違和感を覚える人もいるのではないでしょうか。その違和感はおそらくここから来ています。「金融の勉強=投資で儲ける方法を学ぶこと」と思われている風潮です。投資という仕組み自体は、金融の仕組みの一つとして学ぶべきですが、学校教育においては儲けることを目的に投資を教えるべきではないと思います。学校で数学を教える目的は、数的処理能力や論理的思考能力を高めることであって、他の人より点数を取らせることではありませんよね。お金を儲けるという行為には他の人を出し抜く要素も含まれています。そんなつまらないことを目的にするのではなく、投資を含めた金融という仕組みによって、共に働き生きていく社会が成り立っていることに気づかせる方がよほど重要です。

あとで詳しく触れますが、今のまま、みんなが2000万円貯めることだけを考えていては、老後2000万円問題は解決できません。お金をためること、投資でお金を増やすことなど、お金を中心に考えてしまうと、お金に支配されて生きていくことになります。金融教育において、「お金ではなく人々を主役に置く」という視点を常に子供たちに与えることが大切だと思っています。