「新学習指導要領で高校社会科は大きく変わる」鼎談・鈴木寛×倉石寛×大野新【前編】

いよいよ2022年度より高校教育において新学習指導要領が実施されます。なかでも大きく変わるのが社会科です。「歴史総合」「地理総合」そして公民科目として新設された「公共」の3科目が必修となります。新しい社会科は何を教え、どのような教育を目指しているのか。鈴木寛さん(東京大学・慶応義塾大学教授)、倉石寛さん(元灘高校教頭)、大野新さん(元筑波大学附属駒場中高副校長)の識者3人による鼎談をお届けします。

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鼎談はオンラインにて収録された。大野新さん(左上)、倉石寛さん(左下)、鈴木寛さん(右下)、教育図書編集部(右上)

「板挟み」と「想定外」を生きていくための新しい社会科

鈴木寛__今回の新しい学習指導要領は、学校教育法30条の2項でうたわれている「思考力・判断力・表現力」を培っていくこと、そして「主体的に多様な他者と協働して学ぶ」こと、これを大きな狙いとしています。OECDの教育2030においても目指すべき方向として「新たな価値を創造する」「責任を取る」「ディレンマと向きあい克服する」が示されています。

こうした観点に立ちこれまでの高校社会科教育を振り返ると、やはりどうしても知識を覚える、暗記型の教育が中心になってきたと言わざるを得ません。私が高校生だった1970年ころは世界史、日本史、地理で覚えるべき重要語句はそれぞれ2000個くらいでした。それが直近では3割から4割程度増えているんです。1979年に共通一次試験が始まり覚える知識量はどんどん増えて、社会科は暗記科目の代名詞のような科目になってしまいました。

こうした社会科を、思考をする科目、思考・判断・表現を培う教育に変えていこうという大きな流れがあり、そうした中で今回新しく「歴史総合」「地理総合」そして「公共」という科目が導入されることになりました。単なる暗記科目から知識を使った思考、これを目指しています。ただし知識教育を否定してるわけではなくて、一定の知識はもちろん必要不可欠です。とくに概念に関する知識はより重視していきます。大切なことは、その知識を活用して現代社会を理解する、あるいは今起こっている社会現象を思考したり、次の展開を予想したりすることです。

とりわけ歴史については、日本史であれば縄文時代から始まって現代史に至るのですが、授業時間の関係で必ずしも、教科書を全うできていないケースが多いと言われています。したがって近現代史に絞って歴史的な理解を深めていくというのが「歴史総合」の狙いになります。歴史を学ぶことは現代の社会を見つめていく上で、きわめて重要です。その観点から近現代史を分厚くする必要があるんです。

新科目「公共」の役割はなにか?

鈴木_次に「公共」についてです。今回の新指導要領ではもう一つ重要な柱として「探求活動」という授業が導入されました。具体的には「理数探究」「総合的な探究」です。この「探求」のコアとなる概念は「アクティブラーニング」、つまり主体的、対話的で深い学びです。高校教育では実社会と向き合い、私たちが直面している課題を理解し、どのように解決していくかを考える課題解決型の学習がとても重要です。現実社会というものは、さまざまな緊張関係があり矛盾をはらんでいます。私の言葉でいえば「板挟み」と「想定外」です。価値観が多様化し、グローバルにいろんな人々が共生していかなければいけなくなったのが現代です。19世紀から20世紀にかけて「富国強兵」という統一の価値観で日本という社会が構成されていた時代に比べると、今は本当に多種多様な価値観を持つ人たちと共に社会を作っていかなければならない。そうすると異なる価値観がぶつかる「板挟み」は常に起こります。「想定外」という話で言えば、まさしく今「新型コロナウイルス」で世界中が大変な困難に直面しています。新型の感染症にしても、自然災害にしても、あるいは経済的な危険にしても、何が起こるかわからないのが現代と言えます。「VUCAの時代」という表現もされますが、VUCAとはVolatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の頭文字を取った言葉です。これからの時代を生きる子どもたちは、まさにVUCAのなかで「板挟み」と「想定外」に常に直面していくことが予想されます。そうした時に、何と何がトレードオフになっているのかを正しく理解することが重要になってきます。つまりステークホルダーとしてどういう当事者がいるのかということをちゃんと理解しなくてはならない。これまでの生産者と消費者がいるだけの単純な市場モデルでは現代社会を捉えきれない。協力関係、敵対関係、競争関係など複雑で多用な関係性を理解し、その中でどう折り合いをつけていくのか、どうやって合意を形成していくのか、ということが問われます。たとえば新型コロナウイルスは、その影響により大変な苦境に陥っている人々がいる一方で、テレワークが一気に進み、これをサポートしている会社にとっては 追い風になっています。同じ「想定外」の事件が起こった時にも、関係者によってその受け止め方がまったく違う。

このような多様で複雑な現代社会を把握していくのが「公共」という科目の役割だと考えています。

公共、歴史総合、地理総合の関係

鈴木_さらに歴史に関連づければ、過去の紛争は基本的に利害が食い違う国や、人間の間で起こっているわけです。歴史を学ぶということは、今起こっていること、直面している課題に対して過去を参照しながら考えていくことに本質があります。地理についても、それぞれの地域、自然条件の下にさまざまな当事者がいて、さまざまな利害の対立がある。このように公共、歴史、地理の社会科は別々にあるのではなくて、この社会をどのように理解し、より良いものにしていくかを考える上でつながっています。そしてそれが新しい高校社会科の目指している大きな方向だと考えています。

先人に学び社会的課題を考える歴史総合

倉石寛__鈴木寛さんのお話を聞いて思い出したのですが、かつて高校には「社会科」という科目がありました。これは地理、歴史、政治経済を総合的に扱う科目だったのですが、昭和62年の指導要領の改訂により「社会科」は廃止され、現在の地歴・公民に分かれていきます。今回の新学習指導要領で「歴史総合」「地理総合」「公共」が必修科目になったということは、ある意味で「社会科」の再生とも言えるのではないかと思います。つまり、これは「社会」というものを各科目で専門的に学ぶのではなく、総合的な視点から学んでいかなければならない、という文科省のメッセージだと私は受け取っています。

歴史教育について言えば、2006年頃に世界史が必修科目にも関わらず多くの高校で未履修だったことが発覚し、大きな問題になりました。世界史は膨大な人物名、出来事、年号を覚えるだけの暗記科目になっているうえ、受験でもあまり役に立たない。私もその時は当事者だったのですが、多くの研究者、現場の教員、おそらく文科省も、世界史のそのようなあり方を変え、立て直さなければならないという危機意識がありました。そうした背景から今回導入されたのが「歴史総合」だと思います。

明治維新を世界史的な観点から捉える

倉石_それから、さきほど鈴木寛さんからご指摘があった通り、歴史の授業は日本史であれば縄文時代から始まり、延々とやるわけです。一般に50年経てば、その時代は歴史の対象になるというのが定説です。そうすると2020年の今、1970年までは歴史の授業で扱わなければならない。しかし入試では直近の現代史はあまり出題されません。にも関わらず暗記すべき項目はどんどん増えてしまった。

今回「歴史総合」の骨子を作るにあたって、学術会議や大学の研究室、教育現場の教員が組んで、高校の歴史の授業で必要な人物、出来事、重要語句を整理しました。それで数としては800くらいが適当だろうということになったんですね。その結果「坂本龍馬」が落ちそうになりました(笑)。幕末、明治維新の時代において、本当に坂本龍馬という人物は重要なのかという議論が起こりました。「歴史総合」は日本史と世界史の近現代史を総合的に学ぶ科目ですから、世界史的な観点から幕末、明治維新を捉えれば、欧米列強の植民地進出という枠組みから考えなければならない。そうなるとペリーは重要だが、坂本龍馬はさして重要ではないとなるわけです。しかし坂本龍馬は一例ですけど、何を入れるか、残すか、さまざまな意見がありますから、これは大変な作業です。今回、大鉈を振るって、これをやったというのは大いに評価したいと思います。

歴史から何を学ぶか?

倉石_歴史を通して何を学ぶのか、という点においても「歴史総合」はより明確になったと思います。歴史とはもちろん時間軸に沿って通史として学ぶわけですが、その先に現代があります。この現代の問題を考えるときに、過去の先人たちから学ぶというのが歴史の主眼ですが、残念ながら今の歴史教育はそれに十分に応えているとは言えません。自然との共生、防災、ジェンダーや人権の問題、民族問題など、今私たちが直面しているさまざまな課題はすべて歴史的に形成されてきたことは間違いない。たとえばアイヌの問題を考えるときにアイヌ民族の歴史を知らなければ話にならない。あるいは沖縄の問題も、本土の人たちがどこか他人事のように感じてしまっているのは、16世紀から沖縄が置かれてきた歴史的経緯に大きく関係しています。歴史を解きほぐすことで、今起こっている問題を考えるという学びは、縄文時代から始まる通史をのっぺりと教える授業ではできません。だから近現代史にフォーカスし、世界史と日本史を学ぶという「歴史総合」にはとても期待しています。

ただし、教え方そのものが変わるので、どのようなテーマを選んで何を教えるのか、現場の教員が相当頑張って努力しなければならないですね。「主体的、対話的で深い学び」を歴史教育に導入する、言うのは簡単ですが実現するのは、なかなか難しい。先生や研究者のこれからの実践に注目しています。

その観点で言えば、むしろ「公共」がこれをもっとも実現しやすい科目だと思います。たとえば地域が抱えている課題を現場に行き、当事者から話を聞いて、みんなでそれについて話し合い、課題解決について考えるというような授業ですね。あるいは「地理総合」でも同じ授業はできると思います。そこに歴史的な観点が加われば、さらに深い学びができるはずです。そんな風に3科目がうまく関連して、最初に言ったような「社会科」という大きな枠組みの中で、アクティブラーニングが実現できればと期待しています。