「新学習指導要領で高校社会科は大きく変わる」鼎談・鈴木寛×倉石寛×大野新【前編】

地理総合の3つの柱

大野新__私は地理プロパーの教師として長年教えてきましたが、実は地理が必修科目からはずされてすでに30年近く経っているんです。私たちは「失われた30年」と呼んでいます(笑)。もちろん、その間も地理教育は行われてきたわけですが、やはり必修でないことの影響は大きく、長年悲哀を味わってきました。大学入試で地理を選択する生徒も少なく、高校3年間で地理をまったく勉強しない生徒も多かった。したがって今回「地理総合」が必修科目として置かれたことは大変喜ばしいことです。

それでこの間「地理総合」で何を学ばせるのかということが議論されてきました。さきほど鈴木寛さんよりご指摘のあった通り、現代社会を理解するうえで地理がどう役割を果たすべきなのかという論点です。

GIS 地球的課題 防災

大野_そして地理総合には3つ大きな柱が立てられました。一つは地図です。地図、あるいは地理情報は今や紙ではなくデジタル情報としてあり、カーナビやスマートフォンの地図アプリなど私たちの身の回りに氾濫しています。GIS(Geographic Information System)、日本語では地理情報システムと訳されますけど、世界をビジュアルとして把握するという能力が重要になってきています。ところが学校ではいまだに紙の地図を使っており、なかなか対応できていませんでした。今回コロナ禍の影響で学校教育のICT化が加速していますけれども、これも地理にとっては追い風になると思います。

二つめは「地球的課題」です。温暖化問題、マイクロプラスチックゴミの問題など地球規模の課題は地理と密接に関係しています。SDGs(Sustainable Development Goals)がここ最近クローズアップされるようになりました。公共、歴史、その他多くの科目はSDGsの課題に向き合っていますが、中でも地理は大きな役割を担っています。

最後は「防災」です。大規模な自然災害が日本を含む世界中で近年多発しており、自然環境の理解と防災意識の向上は大変重要な教育のテーマです。とくに地理はこのテーマとの関りが深く、必修科目に復帰した大きな理由だと思います。

この3つの柱を中心に地理教育が今後行われていくのですが、さきほどから話題になっている学ぶべき知識量の問題が地理にもあります。地誌と言いますが、世界各国の地域を順に学習していく、これはやり始めるとキリがなく膨大な量になります。私なんか大好きなんですけれど(笑)これはどうしても知識の埋め込みになってしまいます。「地理総合」はさきほど言った3つの柱を中心にしているので地誌はあまり重視されていません。

地理におけるアクティラーニング

大野_では地理における課題探求型の学びとはなにか。具体的には、地域におけるさまざまな矛盾や問題をすくい取ることにあります。たとえば防災は、もう日本各地で多発しており、まさに生きた教材とも言えます。なぜ災害が多発しているのか、防災のために何が必要なのかを地理的な観点から捉え、高校生なりに解決の提言をまとめていく。最終的に政治と関連させる出口は「公共」の役割になると思いますが、その入口として「地理総合」はとても重要です。

ただし先ほど「歴史総合」について倉石さんがおっしゃったことと同様に、「地理総合」でも現場の教員の力量が問われていくと思いますね。私は大学の教職課程を担当していますが、学生たちは地理が一番難しい、何を教えていいか分からないという声をよく聞きます。歴史は、まぁ定番の型というのが一応あるんですね。公共も政治経済の基礎をまずは教えるということになるんですが、地理総合が先ほど言ったように地誌でなくなるとすると、テーマは無限にあり逆に何を取り上げるかが難しい。教え方ひとつで退屈な暗記科目に戻ってしまう可能性もある。実際に現場に行ってみて考えさせるという地理の授業を私はやってきましたが、必ずしもこれまで一般的ではありませんでした。せっかく必修科目になったのだから高校生が面白い、楽しい、もっと地理を学びたいと思えるような地理の授業をこれから作っていかなければならないですね。

大学受験と新しい社会科

鈴木寛__一般によく言われることですが、このような新しい社会科で学んだことが大学入試でどのように採点されるのかという問題があります。残念ながら昨年、共通テストでの記述式、論述式試験の導入は見送られました。けれども「思考力・判断力」をどのように試験で問うかという出題に関する研究は、ここ数年間大学入試センターで専門家を集めて行われており、かなり進んできています。社会科に限らずすべての入試問題がそうですけれど知識を暗記しているだけでは解けない「思考力・判断力」を問う出題が今後さらに重視されていくのは間違いないですね。

地図を読む、描く能力

それから話を大きく広げますが、人間が物事を理解する上で時間軸と空間軸において捉えるというのは極めて重要です。これはありとあらゆる学問においてそうです。歴史を学ぶということは、自然現象や社会事象をクロノロジカルに理解するということです。物事を時間軸に沿って叙述する、あるいは理解するというリテラシーはとても重要です。同じように空間的把握も重要なのですが、大野さんのご指摘にあったように、地理が必修科目でなかったこの間、日本人の思考の枠組みはかなり限定されてきたと言えるのではないでしょうか。対象がなんであれ地図が描ける、読める、つまりマッピングする能力は学びにとって必要不可欠です。マップを描くためには情報の取捨選択をしなければなりません。単に詳細な航空写真があるだけではダメで、そこに情報を取捨選択して気候図、人口図、所得分布図などを描いていく。対象から情報を引っ張り出し空間的に描いていく能力というのは、人間のとても重要な知的営みなんです。大学入試でも、今後この能力が問われていくでしょう。

さらに地理の話をすれば、そもそも地理は文系なのか、理系なのかという問いが昔からありますね。いわば社会科の地理は「文理融合」の最前線とも考えられます。GISはまさに情報科学との融合ですし、生態系や環境についての学習はかなり理系科目に近い内容が含まれています。また防災も自然現象であると同時に社会現象でもあるわけです。理系の知を使った文系的思考と言いますか、地理総合は文理融合の大きな起点になると考えています。

大学入試では小論文が増えていく

鈴木_それから国立大学の二次試験では今後、小論文が必須になってきます。現状は3割から4割程度ですが、近いうちに全校で採用されるようになります。小論文のテーマには、グラフ、マップ、年表この3つのいずれかは必ず入っています。そうなると、先ほどから言っている時間軸に沿った叙述能力、空間的なマッピング能力は当然なくてはならないものになるんです。そもそも大学での学びは、研究対象があったときにマップを作る、時間軸で並べる、分布をグラフにする、この3つは必ずやります。大学入試とは本来、大学で学ぶ上での資質を問うものですから、この流れはある意味必然なんです。地理が必修となったことで試験科目としての重要性が上がったということもありますけれども、もっと大きい意味で知的営みとしての地理的思考というものが今後問われていくことになります。これは必ずそうなる、しかも一挙にそうなりますから高校教員は肝に命じておいた方が良いかと思います。

 

後編へ続く

鈴木 寛/東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。
倉石 寛/立命館大学稲盛経営哲学研究センター・副センター長、教育研究センター研究員
長野県生まれ 1971年大学紛争のさなか東大文学部を卒業。1971年から2010年まで灘中高等学校・日本史教諭、教頭。2011年から2015年まで立命館大学総長招聘教授・教育センター長を経て現職。
大野 新/大東文化大学文学部歴史文化学科特任教授

1986年より桐朋女子中・高等学校教諭。1994年より2018年まで筑波大学附属駒場中・高等学校教諭、2013年より副校長。2019年より現職。2008年に日本地図学会教育普及賞受賞。共著に『中等社会科100テーマ』2019年、『新版 地理授業で使いたい教材資料』2019年、『知るほど面白くなる日本地理』2016年など。
構成/篠宮祐介(教育図書編集部)