「働くとは〇〇である」マインドマップでつくる社会科の授業

新科目「公共」では、内容A「公共の扉」のなかで倫理分野を扱うことになっています。現行の「現代社会」では、「倫理」を薄めてダイジェストで盛り込むかたちが一般的でしたが、新指導要領を読むと、「公共」での倫理分野の扱いはずいぶん異なるようです。まず青年期から入り、源流思想・日本思想・西洋近現代の思想を歴史の順番に取り上げていくという授業設計は、見直す必要がありそうです。「公共」で倫理分野をどう扱うか、悩んでいる教員の方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

私は、複数の学校を掛け持ちで公民科の科目を担当していますが、勤務校の一つである武蔵高等学校中学校では、高校1年に必須で設置されている「倫理」を担当してきました。思想史を左上から右下まで取り上げる授業をすると睡眠学習になるのが目に見えているので、思想史を思い切って破壊し、テーマ別に再編成した独自のカリキュラムを作り、実践してきました。

その中から、「公共」の授業設計にも資する実践を紹介したいと思います。

「働く」を主題としたマインドマップをつくる

西洋近現代の思想をテーマ別に再構成して行っている2学期の授業の一コマです。

まず、「働く」という文字だけを書いた白い紙を配ります。「働く」ということから、連想するもの・ことは何? と生徒に問いかけ、マインドマップを作成させます。マインドマップができたら、そこから「働くとは〇〇である」という命題を(一つでも、複数でも)作るように指示します。

私は、ほとんどの授業を4~5人のグループ学習で実施しており、通常は班で1枚、成果物をつくってもらいます。今年度は、コロナ対応で個人作業(+同じ方向を向いてクラスメイトと相談・意見交換するのはOK、その目的のために立ち歩くのもOK)に切り替えています。グループ学習の方がさまざまなアイデアが生まれやすく、スムーズに進行することも多いのですが、やむを得ない事情だということもあり、生徒たちはセカンドベストの授業形態に協力してくれています。

できあがったマインドマップは、いくつかをピックアップしてiPadで撮り、教室のスクリーンに映して紹介します。「働くとは〇〇である」という命題についても、いくつか紹介し、演習の振り返りをします。

マルクスの労働観を紹介する

この演習は、生徒の労働観を問い、引き出すことが目的です。この演習の後、本編のプリントを配付し、マルクスの労働観を紹介します。

生徒には、古今東西の思想家の考えを知ることも大切だけれど、それよりもさらに大切なのは、古今東西の思想家が探求していた問い・テーマについて、このクラスの一人ひとりがどう考えるかということだよね、と話しています。だから今回の授業でも、マルクスが200年ほど前に探求したのと同じ問い・テーマを、まずは生徒に追体験してもらっています。こうした手法を積み重ねていくことにより、古今東西の思想家の学説について、内在的な理解を目指しています。

また、マルクスについて取り上げたいことは山ほどあるのですが、今回の授業では、マルクスの労働観(『経哲草稿』で展開された労働疎外・人間疎外)を中心に取り上げています。思想を網羅することも受験対策としては大切ですが、まずは先哲の生き方や思想に生徒が関心を持ち、それが現在の自分(たち)の生き方・在り方・考え方とどう関わっているかを知ることが大切だと思います。そのためには、マルクスに限らず、特定のテーマ・論点に焦点化することが不可欠になります。

では、最初からマルクスの労働観を解説すればよいではないかと思われるかもしれませんが、そうはいきません。導入なしにマルクスの思想を解説しても、もともと問題意識を持っている生徒は耳を傾けるでしょうが、大半の生徒には単なる知識の提供としてしか映りません。それは、教科書や副教材にも書いてあることで、自分で勉強することもできます。

改めて、高校生が先哲の思想に触れる意義は何なのでしょう。公民科の学習、特に倫理分野の学習には、生徒が自分自身のことを知り、それを仲間と共有したり意見を交換したりするなかで自分自身を磨き、育てていくという側面が強くあります。その際の「栄養」になるものが先哲の思想だと私は考えています。

逆に言えば、学習の材料・素材は先哲の思想のなかにあるのではなく、生徒一人ひとりのなかにあります。だから学習のスタートは、先哲の思想を紹介することではなく、生徒の生き方・在り方・考え方を引き出し、可視化することに置かれるべきだと思います。

一般に、思想史の学習は睡眠学習に陥ることが少なくありません。その大きな理由が、本来は学習の材料・素材であるはずの生徒の生き方・在り方・考え方が置き去りにされることにあるのではないかと思います。逆に、自分の生き方・在り方・考え方との関わりを生徒自身が自覚できれば、2000年以上前の古代ギリシャの思想を取り上げるときでさえ、「他人から与えられるばかりでなく、生徒が自らのニーズに応じて、自ら求める学び」を実現できるのではないでしょうか。

人工知能の発達と労働の変容を問うディベートへ

今回の授業は、社会契約説、アダム・スミス、ヘーゲル、マルクスを参照しながら、「近代市民社会のあゆみ」を概観する単元の最終回に位置づけています。最後に問題提起として、人工知能が人類の知能を超える転換点「シンギュラリティ」が2045年にも訪れるという、アメリカの未来学者レイ・カーツワイルの説を紹介しました。この予想が的中するか否かにかかわらず、人工知能やロボットの発達による第四次産業革命は目前に迫っていて、労働のあり方が近い将来、劇的に変わらざるを得ないのは間違いありません。

私の授業では、ディベートを定期的に取り入れているのですが、2学期はこのあたりのテーマを探求するものにしています。古代ギリシャから現代までの労働観の変遷をまとめた参考資料も配付し、思想の学習にも資するように工夫しています。先哲の思想に学びつつ、自分たちと直接関わりのある近未来を予測するという、わくわくする学びが展開されます。人工知能と労働については平易な文献が雨後の筍のように出版されていて、高校生にとって調べやすいテーマでもあります。

生徒のマインドマップを読み解く

今回の授業の成果物で、掲載の了承が得られたものを紹介します。

生徒Aのマインドマップを見ると、下側に「楽しい?」と「苦痛?」という相反するイメージが伸びていることが目を引きます。まさにマルクスの労働観(自己実現のための労働が資本主義では疎外されている)につながるので、この手のものは必ず紹介するようにしています。そして上側では自分自身が「働く」ことのイメージを膨らませ、右側には働くことで社会や国家とつながるという洞察も見られます。「国」から「アベシンゾウ」と伸びているのは、社会的なことが分かるようになってから安倍政権しか体験したことがなかった世代に特有のイメージと言えますね。

マインドマップ

生徒Aのマインドマップ

生徒Aのマインドマップは、ポジティブな労働観とネガティブな労働観がほぼ50:50ですが、実はこのような生徒は少数派です。「不安定」「残業」「ブラック」「ハラスメント」「逃げたい」「過労死」「自殺」などと、ネガティブなイメージが並ぶマインドマップの方がずっと多いのです。こうした現代の男子高校生の労働観自体、考察に値すると思いますが、授業では、「現在の日本で男性正社員として働こうとすると、こういうマインドマップができるよね」などと言って、ゆさぶりをかけています。武蔵は男子校ですので、「女子校で同じ課題をやったらどうなると思う?」という声掛けも有効です。

生徒Bは、マインドマップの作成を経て、「働くことは人生の呪いである」という命題をつくりました。とても意味深な表現だったので、どういう意味か聞いてみました。曰く、働かなければ生きることはできない。働けば働くほど、お金はもらえるが、自分の時間は減ってしまう。自分の時間が減ってしまうということは、自己実現にあてられる時間が減ってしまうということであり、働いた分だけ不幸になるのではないだろうか、と。

「働くことは人生の呪いである」という生徒Bの命題は、働くことに対して抱くある種の諦念をうまく表現していると思います。こうした労働観は、日本的雇用慣行が機能不全を起こしている現在の日本の社会構造に、さらに広く言えば資本主義経済の構造自体に由来しています。

だからと言って、最初から「日本的雇用慣行が~」とか、「資本主義が~」などと、社会構造の話を大上段に振りかざしても、それは現在の生徒とは直接の関係はない、客観的な“シャカイ”の勉強になってしまいます。そうならないために、まずは生徒自身の現在の考えを引き出すこと、そこにゆさぶりをかけて問題意識を惹起させることが大切です。新科目「公共」はこうした役割(Q&AのQ)を主に担い、選択科目としての新科目「政経」「倫理」で社会構造の学習(Q&AのA)を行うという「学びの階段」をつくることも考えられます。

マインドマップ

生徒Cのマインドマップ

生徒Cのマインドマップは、上に「仕事」、下に「ボランティア」を書いて、きれいに構造化されています。そして、上の「仕事」をさらに、右の「自発的」と左の「強制的」に分けて考えた点が特筆に値します。どんな仕事でも、完全に自発的でもなければ、完全に強制的でもありません。そのバランスが極端に強制的の方に傾くことから、諸々の労働問題は起こります。こうした視座は、自分自身の働き方を考えていく上でも、労働問題を考えていく上でも、大変有益だと思います。

「公共」の指導要領では、内容Aの「公共の扉」の学習を生徒のキャリア形成につなげることが求められています。また、内容Aを踏まえて行われる内容B「自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち」では、職業選択、雇用と労働問題の学習もあります。このような構成がとられている以上、生徒から問題意識と考察の視座を引き出し、「公共の扉」を開くことができるかが、その後の学習の主体性や成否を決めると言っても過言ではありません。

最後に、生徒Dの意見を紹介します。この生徒は、「働くことは生きがいである」という命題をつくりました。曰く、働くこと自体に生きがいを感じている人は多い。たとえば、医者の人は人を助けることが生きがいだったり、教師なら教え子の成長が生きがい、など。それだけでなく、働くことによってお金をもらうことができる。お金によって生活は豊かになり、自由なことができるようになる。趣味が生きがいだという人はかなり多いとは思うが、その趣味を楽しむためには豊かな生活とお金が必要で、そのお金は働くことによって手に入れることができる。……働くということは、強制労働やブラック企業ではなくて、生きがいになる職業だと思う、と。

生徒Dの見解は、私にはとても重く感じられました。なぜなら、「働くということは、強制労働やブラック企業ではなくて、生きがいになる職業だ」と自信を持って言える社会を、私たちはつくってこなかったからです。

学校は、未来の社会を担う人材を育てるところです。そうであるなら、働くことが公正であり、働くことによって幸福を実現できる社会はいかにして実現可能か、指導要領の言う「よりよい社会の実現」に向かう資質を育てるにはどんな教育実践が求められるか、授業を通じて今後も考えていきたいと思っています。

相川 翼(あいかわ つばさ)
1989年生まれ。2016年、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。
現在、武蔵高等学校中学校社会科(公民)講師、青山学院高等部公民科講師、早稲田実業学校中・高等部社会科(公民)講師。
研究テーマ:自閉症、現代資本主義、特別支援教育、障害者福祉、ハンセン病、公民科教育。