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公共 NEWS

工藤勇一×鈴木寛「これからの学校の話をしよう」part1

校長として麹町中学を大胆に改革し大きな話題を集めた工藤勇一氏。政治家、研究者として長年、教育改革に尽力してきた鈴木寛氏。お二人の対談を4回にわたりお届けします。

part1では、2020年の4月コロナ禍による学校休校のさなか横浜創英中学・高等学校の校長に赴任した工藤校長がどのようにこれに立ち向かったのか、お話をお聞きしました。

左/鈴木寛氏、右/工藤勇一氏。対談は11月2日にオンラインで収録された。

PART2「教育はサービス産業産業ではない」「自己決定できない日本人」
PART3 「世界基準からずれた日本の教育」「コミュニティ・スクールはなぜうまくいかないのか」
PART4「民間と公教育はどう連携していくべきか」「学びとは学び方を学ぶこと」

 

コロナ禍の横浜創英中学高校

工藤勇一:私が考える理想の組織運営とは「全員を当事者にする」ということです。権限を与えれば人は当事者になります。しかしそれだけでは全員バラバラになってしまう。それぞれが自分の経験則で物事を考えたり判断したりすると、目の前の課題だけが目的になったり、結果声が大きい人の意見だけが通ったり、最終的に何も変わらなかったりということはよく起こります。ではどうすれば良いのか、全員の目標を一致させることです。全員が共有できる「最上位の目標」ができれば、これを実現するために各人が手段を考えていくことになります。そしてその手段が適切なものかどうかをみんなで吟味していく集団にリーダーは変えていけばよいのです。他にもっと良い方法はないのか、この手段をうまく機能させるためには何が必要か、常に「最上位の目標」に戻りながら、みんなで知恵をしぼり議論を深めていくことで全員が当事者になっていきます。

具体的にお話すると、私は2020年の4月から横浜創英中学校高校の校長に着任しました。言うまでもなくコロナ禍で学校は大変なことになっていました。生徒も教員も自宅待機で学びはストップしている。私立学校ですから状況はなおさらシビアで、何のために学費を払っているんだという声が上がるのも当然です。着任早々にコロナという大きな問題がたちはだかっていました。

横浜創英はぜんぶで非常勤も入れると100名以上の職員がいるのですが4月上旬に正規職員70名程度の教員を集めてブレインストーミングを行いました。「今、何を最上位の目標とすべきか」答えは簡単です。「子どもとその家族の命を守り、私たち自身とその家族の命を守り、かつ学びを止めない」これを全員で一致しました。次にこれを実現するためにもっとも適切な手段は何か、やはりオンラインを中心としたICT(Information and Communication Technology)活用しかないという結論に達しました。とはいえ横浜創英はまったくいっていいほどICT化は進んでいません。さぁ、どうするか、各部門でITに詳しい先生が集まりリサーチが始まりました。ZOOM、Classi、YouTube、学校のホームページと一斉メール配信システム、この5つは無料ですぐ使える、これで何とかオンラインスクールのようなことができないかとプロジェクトがスタートしました。もちろんいろんな課題が出てきます。たとえば生徒の家庭のIT環境がどうなっているのか、接続できないときの相談窓口を設置し対応しました。教員のITスキルも当然バラバラでしたが、教員たちの間でさまざまな助け合いがありました。あちこちで知恵を絞り工夫し、それまでまったく進まなかった学校のICT化が一気に進みました。こう言ってはなんですが、職員室の先生たちはめちゃくちゃ盛り上がっていましたね。

はじめにお話した私の組織運営の考え方ですが、本来であれば1年くらいかけてじっくり理解してもらおうと思っていたのですが、コロナの影響で一か月くらいで全員が体感できてしまったという印象を持っています。

鈴木寛:危機のときこそ、みんなの目標が一致し改革が進むというとても良いお話ですね。

私は大学の教員という立場から教育に携わっている人間なのである意味で「机上の空論者」であることは自覚しています。もちろん現場の先生や教育委員会、研究者の方と議論しさまざまな提言をしているのですが、「はたしてこれが学校の現場で可能なのだろうか?」という思いは常にあります。大きい方向性としてはこの道が正しいという確信はあっても、個別の現場レベルではまだ時期尚早なのか、という歯がゆさを感じたりするのですが、そんなときに「いや、でも工藤先生は実践しているじゃないか」といつも思っています。なので私にとって工藤先生は変な言い方ですが心の支えなんです(笑)

工藤:光栄です。ありがとうございます(笑)

鈴木:100の論文より1つの実践ですね。工藤先生が前職で校長を務められた麹町中学は極めて普通の公立校で、特別何か支援を受けたわけではありません。つまり文科省や行政など上からの改革ではなくて、現場からの改革なんです。現場にいる教員、保護者、生徒のみなさんが理解し共感し納得して、成し遂げられた改革という意味で、とても大きな成果ですね。


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先生も生徒も当事者意識を持つことが重要

工藤:麹町中学では、初めはあえて目立つようなことを戦略的に広報しました。たとえば「宿題は3年間やらせない」「‟勉強しろ”は禁句」「担任制の廃止」「定期テストの廃止」「校則の完全撤廃」こういう話題はマスコミにも取り上げられやすい。ただし、これは本質的なことではありません。重要なことは、既存のシステムに問題がある場合、それを変える方法です。これは先ほど話した通りとてもシンプルなもので「目標を一致させる、全員を当事者にする、対話をする、合意を取る」これだけです。たとえば学校では「伝統を守る」とよく言われますが、伝統を守ることは目標でも何でもありません。その先にある「学び」が目標なのに、目標と手段の逆転が起こり改革が頓挫するということはよく起こる。それで、批判の矛先が向かうのが文科省です。‟文科省のせいで、変えたくても変えられない”これもよく聞く話ですが、まさに当事者性の放棄で、簡単にいえば人のせいにしているだけです。昔から私はこれこそが大問題だと考えていました。ようやく私なりにこの問題を解決する方法を整理することができたのが20年ほど前のことです。そして、いつか校長なって実践するときに備えて、教育委員会などの与えられた立場でこれまでチャレンジしてきました。7年前、ようやく校長として麹町中学に着任したことで、改革が始まりました。

今年から校長を務めている横浜創英中学・高校は典型的な日本の私立学校です。元々は女子高としてスタートした80年の歴史がある学校です。その後、特色づくりの一環でいくつかの部活を強化したり、大学進学実績を上げるための特進コースをつくったり、さらには男女共学や中学校の併設など、ある意味、私立としての生き残りをかけて成長し続けてきた典型的な私立校です。だから、ここにある課題は日本の多くの学校が抱えている課題だということができます。だからこそ、この学校が今後の社会を見据えて変わっていくことは、社会的に大きなメッセージになると考えています。

取り組まなければならない課題は山ほどありますが、課題解決の一つのキーワードは民間との連携ですね。少し話を広げると、経産省の試算によると民間の教育産業は約3兆5000億円もあります。そのうち約1兆円が学習塾です。これはとても大きな産業で日本の雇用を支えています。一方で当の子どもたちの生活を見てみると、学校が終わったら塾に通い、さらに家に帰って宿題をこなす。朝から晩までずっと勉強している有り様です。半分強制的に勉強させられている子どもたちの状況は問題です。民間教育産業を発展させながら、子どもたちの学びをより良い方向に改善していくという、このジレンマをどう解決するかは、とても大きな課題です。解決のためには学校と民間が一層協力していくほかなく、またいろんな可能性を秘めていると考えています。行政に置き変えれば文科省と経産省の連携・協働ですね。ここは鈴木さんの専門分野でもありますが、私はこれを学校の現場から一人の校長としても取り組んでいきたいと考えています。

鈴木:私もこの10月1日から渋谷区の参与を務めることになりました。

工藤:そうですか!

鈴木:実は渋谷区の長谷部健区長とはかれこれ20年来の友人なんですよ。博報堂を辞めさせたのも実は私です(笑)そして一緒にグリーンバードというNPOを立ち上げました。彼も工藤先生もそうなんですが、私は「スーパーパーツ」だと思います。日本語でいうと「超部品」ですが、全体ではなくて局所的なイノベーションであっても、ネット社会においては、そのインパクトは拡散して共有されるんですよね。結果全体を大きく変える力となる。私はこれまで、どちらかというとマクロの側から教育に関わってきましたが、これからはミクロ、具体的に萩市とか渋谷区とか固有名とむすびついた仕事をしていきたいと考えています。

工藤:ぜひ、期待しています。

 


PART2へ続く

 

取材・構成/篠宮祐介(教育図書編集部)

工藤勇一 学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

1960年山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て2014年千代田区立麹町中学校校長。20年4月から現職。内閣官房教育再生実行会議委員。著書に『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)、『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』(SB新書)、『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)ほか多数ある。

鈴木寛 東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

1964年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。2020年より渋谷区参与。1995年より今も続く私塾「すずかんゼミ」では多数のIT・メディアベンチャー、社会起業家、アーティスト、教育改革者などを多数輩出している。

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