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工藤勇一×鈴木寛「これからの学校の話をしよう」part2

校長として麹町中学を大胆に改革し大きな話題を集めた工藤勇一氏。政治家、研究者として長年、教育改革に尽力してきた鈴木寛氏。お二人の対談をお届けします。

PART1 工藤勇一×鈴木寛「これからの学校の話をしよう」
PART3 「世界基準からずれた日本の教育」「コミュニティ・スクールはなぜうまくいかないのか」
PART4「民間と公教育はどう連携していくべきか」「学びとは学び方を学ぶこと」

PART2では鈴木寛さん主宰する私塾「すずかんゼミ」と、工藤校長の学校運営の共通点に話が及びました。そこから浮き彫りになった日本の学校教育の課題とは。

左/鈴木寛氏、右/工藤勇一氏。対談は11月2日にオンラインで収録された。

教育はサービス産業ではない

鈴木:工藤先生のおっしゃる「当事者性・対話・合意」は本当にその通りだと思います。私も『熟議のススメ』という本を書いていますが、「熟議」とはまさに対話により合意形成を目指す手法のことです。

また「すずかんゼミ」はもう25年以上続けていますが、ずっと口をすっぱくして言い続けているのがフィロソフィー>コンセプト>コンテンツ>プログラム、頭文字をとって‟PCCP”と呼んでいますが、これを常に考えろ、と教えています。フィロソフィーとは哲学ですから、まさに最上位概念、工藤先生の言う「最上位の目標」で人生を貫く指針のようなものです。これがもっとも重要でフィロソフィーから何を実現したいのかという価値目標、つまりコンセプトが生まれるんです。そして具体的なメニュー、コンテンツが導かれ、それを動かすためのプログラムを考える。PCCPとはこのような思考のフレームワークで、教え子の間では浸透し功を奏してきています。これは半分冗談ですが、すずかんゼミの卒業生が起業した会社の時価総額を計算したら3兆円を超えていました(笑)。もちろんお金だけではありません。NPOを立ち上げ、新しい教育の場を作っている卒業生もいます。いずれにせよ、すずかんゼミでやってきたことと同じようなことを工藤先生は公教育の場で実践されてきたんだなとお話を聞いて感じました。またひとつ励みをもらったような気がします(笑)

すずかんゼミのお話をもう少しさせていただくと、基本的に私は頼まれないかぎり何もしません。自分は太鼓のようなもので叩かれたら応答しますが、こちらから動くことはしません。なのでゼミ長、授業設計部長という役職があり、彼らがプログラムをつくり、私にこれとあれをやってくれと指示を出し、私がそれをやるというシステムなんですね。また人事部長というポジションもあり、誰をゼミに入れるか選考に私は介入できません。つまり私のコネだけではゼミには入れない仕組みになっています。このシステムはとてもうまく機能していて、ゼミ生がまさに当事者としてプロジェクトに取り組んでいます。

工藤先生の学校運営にも、とても近いものを感じます。理想の学校とは、生徒たちが当事者として授業やクラス運営、体育祭、文化祭に関わり「自分たちの学校」にしていくことではないかと思います。

工藤:まったく同感です。すずかんゼミの人事の方法はとてもユニークですね。人事を自分たちで決めるということは、とても重要だと思います。

今日の話のキーワードのひとつは「当事者」ですが、逆に言えば「人のせいにしない」ということです。これが今、学校だけでなく日本社会でとても弱まっていると思います。すべてがサービス産業になっているように感じます。

鈴木:その通りです。サービス提供者と受益者の関係ばかりが強調されすぎていますね。学校は本来そういう関係の場ではありません。教師も生徒もどちらも学ぶ立場なんです。実際、私も生徒から教わること、学ぶことはいっぱいあります。

すずかんゼミの人事の話ですが、基本的にはゼミ生の推薦で決めていくんです。そうすると推薦した人は責任が生じるから一生懸命、新入生に教えるんですね。人は教える立場に立つと、スイッチが入ってさらに深く学ぶようになる。ある調査によれば、ただ講義を受けているだけではたった5%しか理解できないのに対し、教える立場に立つとそれが90%まで上がるといわれています。私はこの教える・学ぶという関係の流動性は大学のゼミだけでなくて高校や中学でも可能だと思うんです。

これは最近よく取り沙汰されるハラスメントの問題とも関係しています。教える・学ぶという関係が固定化すると、どうしても権力関係が発生してしまう。だから、さきほど言ったように「ともに学ぶ」という立場に立つという意識が重要です。ただし実際の教育現場では学ぶ気力のない生徒をどうするか、という問題がありますね。これはもう自然にやる気が出るのを待つしかないんですが、ここでも「ともに学ぶ」関係が重要です。勉強に限らず何でもそうですが、隣で一心不乱に打ち込んでいる人がいたら気になりますよね。‟何やってんだろう?何がそんなに面白いんだろう…自分もやってみようかな”と主体性が発揮される、そんなコミュニティが理想ですね。

工藤:麹町中学には、次の3つの言葉が職員室のそこら中に貼ってあります。

3つの言葉がけ
・どうしたの?
・君はどうしたいの?
・何を支援してほしいの?

何か問題が起こったときに、先生はこの言葉がけを必ずしています。物が壊されたとか、盗まれたとか学校ではいろいろ起こりますが、たとえ加害者の生徒であっても同じです。「君はどうしたいの?」と問いかけます。これに答えられない生徒は多いのですが、最初は仕方ないんです。なぜなら日本の教育は生活規律、学習規律、さまざまな規則、躾を教え込むことによって子どもの主体性を奪うことばかりしてきました。だからまずは主体性を取り戻すことを時間をかけて辛抱強くやります。「どうしたいの?」「何をしてほしいの?」問題を抱えている子どもでも長くて1年半、短い場合は7カ月くらいで、答えが出てきます。ここで重要なことは、子どもたちが自発的にしてほしいと望んだことだけに教員は応えるという点です。すずかんゼミとまったく同じです。本人が望まないことを押し付けることはしません。子どもが自分で決める「自己決定」が大切です。いったん主体性を取り戻した生徒は、そのあとはとても伸びていきます。自己肯定感が高まるからです。日本の子どもは国際比較で自己肯定感が低いと問題になりましたが、それは自己決定していないからです。自己決定して失敗することもあるけれど、それもぜんぶ認めてあげて、自分で決めることが大切なんだということを積み上げていくと安心、安全にモノを言える環境が子どもの周りに出来ます。この安心、安全な環境が他者受容を育んでいくんですね。

この自己決定・自己肯定・他者受容というプロセスが日本にまったく足りていないことが、今回コロナ禍で露わになったのではないでしょうか。学校が休校になったら子どもたちは何をしたらいいか分からない、それを見た保護者がどうにかしてくれと学校に苦情を言う、学校は教育委員会に泣きつく、教育委員会は文科省に頼る、結局だれも自己決定していません。責任の押し付け合いでしたね。子どもたちに限らず大人だって同じ教育を受けてきたので自己決定も自己肯定もできない人はとても多い。だから麹町中学でやったことは生徒だけでなく先生のあり方も大きく変えました。先ほど鈴木さんは先生と生徒がともに学ぶ関係とおっしゃいましたが、麹町中学では「3つの言葉がけ」を徹底することによって、生徒に寄り添いサポートする「先生」というよりも「コーチ」に近い関係性を築いてきました。


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自己決定できない日本人

鈴木:日本人はなぜ自己決定できないのか?これはなかなか根深い問題で、さきほど言った過剰なサービス業がもたらした弊害かもしれないですね。何から何まで懇切丁寧に説明して提供してくれるので自分で選択する、あるいは主体的に決断するというモーメントが失われているように思います。それで問題が起こったら、サービス提供者へ矛先が向かう、いわゆるクレーマー化するという現象が起きています。

工藤:麹町中学はもしかしたら日本でもっともクレーマー気質な保護者の方が多い学校かもしれません。土地柄、お金持ちの家や教養の高い方がお住まいです。だから子育ても手をかけ、お金をかけていろいろやってきているんですね。でも全然うまくいなかった。私立に落ちて仕方なく公立の麹町中学に入れた、子どもたちの劣等感もとても強い。そうすると保護者の方はやっぱり心配なので、いろいろ注文を付けてきます「うちの子は英語ができないので、もっとちゃんと教えてくれ」「部活動にもっと力をいれてほしい」「クラスでトラブルが起こっているので解決しろ」などさまざまありますが、もうあらかじめ分かっているので、まず入学前に保護者の方に説明します。「うちは子どもの自律を尊重する学校です。子どもたちに強制的に勉強させることは一切しません。その代わり、子どもたちが自分で主体的にやる気になるように、さまざまな工夫と仕掛けをしています。そして、自分から勉強したいという子どもたちには徹底的にサポートしていきます」この説明は保護者の方に響くんですね。なぜなら、これまで自分の子どもにさんざん勉強しろと強制してきたけれどまったくうまくいかなかったという苦い経験があるからです。先ほどのサービス業のお話そのままで、手塩にかけて育ててきた、必要なことは何でもしてきた、それが逆に子どもの自律や主体性を奪ってきたんですね。

それからもう一つ重要なメッセージを伝えます。「麹町中学は誰一人置き去りにしないことを方針にしています。したがってADHDや発達に障がいのあるお子さんも同じ教室で勉強します。だからクラスの中はいつもトラブルだらけです。でもどうやったら、みんなが一緒に暮らせるか、これを子どもたち自身で考えることも大切な学びと考えています」こうした学校の方針や理念、最上位の目標をあらかじめしっかり伝えておくことが重要です。最上位の目標を学校と保護者が合意できていれば、クレームは起こりえないはずです。

モンスターペアレンツとかマスコミは面白がって書き立てますが、日本の学校の問題点はここに集約していて、何を目的に教育するのか、この最上位目標がまったく合意できていないことこそが問題なんです。

鈴木:実は教育基本法にしっかり書かれているんですけどね。「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養う」みんな忘れてしまっている。

工藤:そうですね。今全国どの学校に行っても子どもたちは、挨拶はすごくしっかりします。なぜなら挨拶励行が徹底的に教育されているからです。もちろん挨拶をすることは良いことではあるけれど、それが教育の最上位の目標ではないはずです。あくまで手段の一つにすぎないのに、目標と手段が逆転しているように思えます。

PART3へ続く

 

取材・構成/篠宮祐介(教育図書編集部)

工藤勇一 学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

1960年山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て2014年千代田区立麹町中学校校長。20年4月から現職。内閣官房教育再生実行会議委員。著書に『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)、『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』(SB新書)、『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)ほか多数ある。

鈴木寛 東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

1964年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。2020年より渋谷区参与。1995年より今も続く私塾「すずかんゼミ」では多数のIT・メディアベンチャー、社会起業家、アーティスト、教育改革者などを多数輩出している。

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