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「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を掲げ、2023年に開校した神山まるごと高専(徳島県神山町)。人口約5000人の自然豊かな環境で、テクノロジーの力を土台に、モノを形にするためのデザイン力、社会を動かすためのアントレプレナーシップ(起業家精神)などを複合的に学びます。卒業生の4割を起業家にすることを目標としたその取り組みは、開校前から各界で話題となってきました。
今回は、神山まるごと高専から、社会科を担当されている藤川瞭さんにご登場いただきます。学校ではこの春から2年目がスタートしましたが、学生たちはどのように成長しているのでしょうか? 公共教科書の総監修者である鈴木寛氏と、地域で育む起業家精神についてお話しいただきます。
※神山まるごと高専では教員を「スタッフ」と呼んでいるため、本稿でも「スタッフ」で統一しています。
神山まるごと高専
2023年4月に開校した全寮制の私立高等専門学校。「テクノロジー×デザイン×起業家精神」をまるごと学ぶ学校として、知識だけでなく、コトを起こすためのリーダーシップやレジリエンスを身につけることを目指す。理事長はIT企業「Sansan」代表取締役社長である寺田親弘氏。国内外から大きな注目を集め、1期生の入試は約9倍という高倍率となった。
目次
鈴木__まずは、神山まるごと高専での社会科について教えてください。アントレプレナーシップの一連のカリキュラムを行う上で、社会科の学びは非常に重要になってくると思いますが、配当や学習内容はどのように設計されているのでしょうか。
藤川__いわゆる公共や以前の現代社会にあたるような科目は、1年生の現代社会Aで学びます。2年生では歴史があり、3年生以降にはビジネスモデルを学ぶ現代社会Bのような科目、ほかにも「地理」や「法律」といった科目もあります。 高専では検定教科書を使わなければいけないという規則はないため、各々の授業スタッフが必要や専門性に応じて教科書や資料をを用意し、授業を執り行っています。授業は神山まるごと高専が重視する3つの要素、「テクノロジー」「デザイン」「起業家精神」に沿ってつくられます。
起業家教育では、1年次に仲間や隣人と折り合いをつけながら共に生きる力を育む「ネイバーフッド概論」※があります。2年次ではアントレプレナーシップ概論や起業家探求といった授業が入り、3、4年次ではそれが演習というかたちになり、5年次で起業に関しての実務的なことを学べます。
※ネイバーフッド概論 ……社会共生と地域共創を学ぶ科目。まちの課題について地元神山町の人々と一緒に考える。
徳島県神山町の校舎。市街地から車で1時間離れた緑あふれる場所で、15 歳から20歳までの学生たちが学びに打ち込む。
鈴木__大学での社会学の入門に近いですね。我々の教科書は、板挟みと想定外を軸にしています。OECDでいうところの「Reconciling tensions and dilemmas(対立やジレンマに対処する力)」、あるいは「Taking Responsibility(責任を引き受けること)」、つまり社会課題にどう参画し責任をとっていくのかを意識して作っています。
社会も企業も常にトレードオフやコンフリクトが発生し、その中で板挟みになるわけです。特に起業家はジレンマの連続だと思います。そういった時にどのような決断を下すのか、思考のプロセスを理解してもらいたいのですが、神山まるごと高専の教育構想は、公共のあり方と非常に関連があると思っているんです。
藤川__こちらの教科書を拝見したとき、良質な問いが豊富だなと思いました。我々も「教科書を教える」から「教科書で教える」にシフトすべきだと思っていて、なんとかして生活知と学問知の橋渡しができないかと考えてきました。
そのため、この学びが将来の起業や自分の夢にどう繋がっていくのかは常に意識して授業を組んでいます。例えば現代社会Bでまず東インド会社から始まるビジネスモデル史をちゃんと概観し、その後に今後の起業プランを考え、起業家の方の話を聞きます。一般的な社会科の場所から、それを実践させるところまで向かわせる必要があるんです。
鈴木__神山まるごと高専はスカラーシップパートナー企業11社からの約100億円の寄付や拠出によって資産運用し、奨学金として給付することで学費無償化を実現しました。ソフトバンクや富士通など一流企業も参画していて企業からの注目の高さも伺えます。授業では起業家の方々も講師として関わっておられるんですよね。
藤川__毎週水曜の夕方に「Wednesday Night」という特別授業を設定しており、起業家講師の方と交流できます。通常授業でも、たとえば社会科だったらJICAのような国際機関の方を呼んで講義をしていただくなど、設計した授業の必要に応じて外部講師を呼んでいます。これは社会科だけではなく、神山まるごと高専全体で行われていて、地域の方を外部講師としてお呼びすることもあります。
神山まるごと高専では、教室内外の学びという面からも、担当のスタッフにとらわれずもっと開いていこうという考えがあります。とはいえ、外部講師を呼ぶために多くの手順を踏まないと動けない状態では、実行が億劫になります。我々のミニマムな設計だからできる部分もあるとはいえ、一般の学校でも、外部講師とのコラボレーションや地域の方を呼ぶことに対するハードルをもう少しだけ下げてあげると、より面白くなるのではないでしょうか。
グラフィックデザインの授業。地域でコーヒー店を営む方を講師として招き、Instagram用ポスターを各自がデザインした。
鈴木__開校から1年と1学期が経とうとしていますが、この1年は自分たちでお手本をつくってきたわけですよね。お金、時間、場所など限られたリソースを配分し、戸惑いの中からつくり上げてきたことと思います。今はどんなガバナンスが立ち上がってきていますか。
藤川__まったく0の状態からルールメイキングをしているので、まさに民主主義の歴史をなぞるようなところがあります。1期生だけなら40人弱なので、全員で話し合った方が早い。でも、これが5年生になったら絶対に各学年に代表が必要になるだろうとは話しています。また、春から新入生が加わったことで、コミュニケーションラインは確実に増えました。いかに効率よく情報伝達をするかというところから民主主義の形成を感じ始めたというのはありますね。
そして、人数が増えたからといって全体の合意をいきなり取りにいくのではなく、実行委員のような小さな組織をまずつくり、その中である程度の案を形成した上で提案する、そういうガバナンスは発生してきたのかなと思います。
初年度は「こんなことがしたい」だけで始めては、議論が拡散して深夜まで話し合いが及んだこともありました。それが最近、「寮の点呼を効率的にできないか?」という課題があったのですが、テクノロジーが好きな子が「こんなシステムをつくってみたんだけどどう?」と、モノをつくって提案してくるようになりました。このあたりは、 彼らが1年間で成長したなと思う部分です。
全寮制で一緒に暮らしている背景もあり、学年を超えて食事をとったり話したりするシーンも多くみられる。
鈴木__おそらく秩序の形成には1回カオスを経ないとダメなんでしょうね。経験からどれくらい待つと、あるいはどういう風に接するとある程度の秩序ができてくるだろうなという勘どころはありますか。先生方にとっては、どれくらい子どもたちに任せるのかバランスも難しいところです。
藤川__法律違反や確実にケガをするようなことは止めますが、基本的に信頼して任せています。寮の方針でも「ここは小さな社会、あなたは大人」を掲げていますが、我々はスタッフといえど対等な目線でプロジェクトの壁打ち相手になりますし、時には見守りに徹することもあります。それは、対等なメンバーとして成長を見たいからでもあります。だから、あからさまに間違った方向に行かない限りは手を出しません。ただ、我々ができることとして、「どのようなリスクがあるか」いうところは先に伝えます。
鈴木__なるほど。リスク情報は伝える、ただ、最終決断は君たちがしなさいと。あくまで参考情報。カオスから秩序を作り出すというのは、まさにリーダーシップですね。そこで、思わぬ学生がリーダーシップを発揮したり、リーダーシップのあり方が予想とはちょっと違ったかたちで現れたりすることもあるのでは。学生の自発性はどのようなパターンで動き出すんでしょうか。
藤川__個人的には、自分のやりたいことが1人でできないとわかったとき、リーダーシップの原点が生まれると思っています。たとえば、自分はロボットが好きだから自分のできる範囲で作ってきた、でも大会に出るとなると資金を集めないといけないし広告も作らないといけない。これはさすがに自分だけでは無理だと自覚する状況になったとき、仲間に呼び掛け、こういうことがしたいんだけど手を貸してくれないか、と依頼するようになる。それがリーダーシップの芽になるのではないでしょうか。
世界規模のロボット競技会に挑戦。ロボットには興味があるが、動かしたことがない状態からスタートした彼らは、750万の資金調達を行い、Rookie Inspiration Awardを受賞した。チーム名は「Hanabi」。
藤川__学生たちには周りの大人をうまく活用してくださいと伝えています。大きなイベントや集客が必要な企画は、大人を使うことで膨らみますし、自分のアイデアが社会的にどういう評価をもらえるのかという部分も大人を通すとリアルになります。
鈴木__リーダーシップの養成って、フォロワーが大事なんです。応援してあげるフォロワーがついてあげると、リーダーシップは育っていく。そういうファーストフォロワー的な役割をスタッフさんが少ししてあげているという理解でいいでしょうか。
藤川__まさにそんなかたちです。そして、学生の中には自分はリーダーよりむしろフォロワーに向いていると感じる子もいます。コトを起こすタイプじゃないけれど、誰かの夢の事務的な部分をしっかりこなすことができる、いわゆるCOOタイプの学生が出てきたというのも面白い1年でした。
鈴木__起業家の育成を通じて、CEOだけではなくCOOタイプも出始めたというのは興味深いですね。
ほかの教科に比べ、積極的な学生とそうでない学生の差は出やすいですよね。そこらへんの温度感の違いにはどう対応しておられますか。私なんかは、ばらつきはあまり気にせずにいるんです。というのは、まだ動いていない子も隣の友達の動きを見てはいるので、絶対刺激は受けている。あまりあせらせない方がいいのかなと思うんですが。
藤川__まさにおっしゃる通りで、関心がないように見える子は関心がないのではなくて、今はその時期ではないのかもしれません。強引に介入させず、信じて待つところは大切だと思っています。我々も魅力的なプロジェクトだとつい誘いたくなってしまうんですが、「これに興味があったよね」くらいに軽く紹介はしても、あとは学生次第。食いついてきたら全力で応援するけれども、そこまでは待つ。支援ではなく応援というマインドで接しています。
学生たちとミーティングをする藤川さん。
鈴木__文化も全くない状態から神山という地で学校を新しくつくられたわけですが、地域の方々とはどのような関係性を築いていますか。
藤川__たとえばデザインの授業の一環で、地元の小学生と一緒に野菜を使ったワークショップを行うこともありますし、地元農家の方に使っていない田んぼを貸していただいて、そこのおじいちゃんと一緒に、もう孫のように可愛がっていただきながら一緒に畑仕事をする活動もあります。
地域の方にいきなりコラボしてくださいとガツガツいっても引かれてしまうだけなので、次第に慣れていただくというところは重視してきました。やっぱり学生たちは全寮制で暮らしていることもあり、いろんなところで声をかけてもらえる機会も多く、ありがたいなと思っています。学生だけでなくスタッフも一定数住んでいる人がいるので、井戸端会議からワークショップの話が膨れ上がってくることもありますよ。休日、地域の方に教えてもらいながら田植えを経験する学生たち。
鈴木__地域の方々の意識は、何かこの1年で変わったとお感じになりますか。
藤川__この地に学生がいるという状態がようやく日常風景になりつつあるのかなと。そもそも神山町は昔から変化を受け入れる土壌があるので、その点はすごく感謝しています。地域にご迷惑をおかけすることもやはりあるのですが、ぜひどうぞという形で受け入れてもらえる。来てくれと呼ぶのではなく、その人たちのコミュニティにまず我々が入ってみることが交流の兆しになったのかもしれません。
また、今も町民への報告会の開催や高専の活動を伝える新聞の配布などを行っています。閉じた学校ではなく、神山町に馴染む開かれた学校にしていくというのは、スタッフの中で意識的に醸成しているところです。
鈴木__ここまで企業や地域を巻き込んでの学校づくりは日本で初めての試みです。学校として、今後の課題をどう考えておられますか。
藤川__卒業生が出るまでは我々としてもどう成果を評価していくか、評価をちゃんと示すことはまず大きな課題です。そして神山町にある意義を見出す責任はあると思いますし、つくっていかなければいけません。全国から来た学生が神山町に住み、どこかの田舎だった町が学生たちにとって誇りとなり、第二のふるさとになっていきます。その上で、テクノロジーやデザインを学ぶことで、社会に訴えられる形として課題解決できる力を身につけてほしいと思っています。
鈴木__公共や探究型学習が始まっている一方、どうしたらいいかわからないという先生方も多いようです。授業の作り方でアドバイスがあればちょっと教えていただけますか。
藤川__まずは学生が授業をきっかけに社会に対してアクションできるチャンスがあるといいですよね。そして、重要なのは学生が作ったからという色眼鏡で判断してはいけないということです。そこで評価されてしまうと、学生という肩書きを失ったときに何も残らない。そうではなく、1人のプロジェクトメンバーであり議論する相手としてガチンコで向き合うことが大切だと考えています。。そこまで本気でやったとき、社会をちょっと前に進める提言ができたとか、取り組みが新聞に載ったとか、ほんのわずかなギアが入った瞬間にシチズンシップや主権者教育にとって大きな意義となります。
我々は学校でお膳立てされた学びの機会ではなく、ちゃんと現実社会を知る機会をつくってあげたいと思っています。学生からすると、時にはアイデアが差し戻しになる経験もすると思いますが、一旦受け止めた上で「ここはまだ考えられるんじゃないの?」という部分はきちんとフィードバックするように意識しています。
藤川__アントレプレナーシップや地域創生って、本当に可能性があると思います。手を挙げれば仲間は集まると思いますし、地方なら取り上げてくれる新聞も多いはずです。
我々が真摯に地域に向き合って、そこの課題を吸収しながら一緒にやっていくんだという姿勢にこそ、アントレプレナーシップや地方創生の芽はあるんじゃないでしょうか。
学校に教育業界以外の人が入れる場とか機会をもっとつくりたいんです。これからの社会科は、まさに「社会で教える社会科」が大事なんじゃないでしょうか。
鈴木__「社会で教える社会科」って素晴らしいメッセージだと思いますので、ちょっとそれいただきたいっていうか、いただきます(笑)。
やっぱり教育業界以外の人と関わることですね。高校とか高専ですから、当然ですが義務ではないわけです。だからこそもっと学校を開いて、世の中にはいろんな人がいるんだと実感してもらう機会はとても大事ですよ。みんな思いも違うし、大切に思っていることも違う。その違う人たちがこうやって同じ場所で問題と向き合っていく、まさに共生、協働ですね。
藤川__高校を卒業するまで、大人の職業を見る機会が教員ぐらいしかないっていうこの現実が、我々にとってまだやるべきことがある理由です。学校を学生がロールモデルを見つけやすい場所にしていくことが、社会科や起業家精神を学ぶ上で必要です。
鈴木__今日はいいお話を聞けて、神山まるごと高専が着々と育っているのを聞けて嬉しかったです。やっぱり現場の先生のお話は非常に説得的で参考になりました。
藤川__取り上げていただきありがとうございました。教科書の中にも神山町の事例がありますね。地域の大きな取り組みの中にあるんだなと思いました。