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「性的同意」という言葉を耳にする機会が増えました。「性的同意」とは、性的な行為を行う際の意思確認を指します。行為はセックスだけでなく、手を繋ぐ、抱きしめる、キスをするなど他者の体に触れる行為全般を含み、同意がない場合は、たとえ相手がパートナーであっても犯罪たりえます。
「性的同意」とは何か、なぜ必要なのか、以降は弁護士の塩川泰子先生に教えていただきます。「空気」や「文化」の文脈の中で曖昧にされてきた部分に、ゆっくりと目を向けてみましょう。
目次
性についての考えは、その人の生きてきた環境によってかなり違います。ましてや、性の伝え方、考え方も変革が生じている時代です。キャッチアップするのは、私たち大人こそ大変ともいえます。
性教育が長くタブー視されてきた一方で、闇に葬られがちだった低年齢層の性被害が明るみに出るようになり、性犯罪予防については学校でも取り扱うよう、先生方にはややねじれたプレッシャーがかかっているように思います。
まずは、2023年刑法改正で 強制性交等罪(旧強姦罪)と準強制性交等罪を統合して「不同意性交等」に変わったことをご存知ですか。
「強制わいせつ罪」も「不同意わいせつ罪」と改められています。
以前であれば、強制性交罪の成立には「暴行脅迫」や「心神喪失・抗拒不能」という要件が必要でした。しかし改正によって、同意がなければ犯罪成立することになったのです。
性的同意ができる年齢も13歳から16歳に引き上げられました。つまり、たとえ本人が「いいよ」と言ったとしても性的な行為をしてはダメだった年齢が、13歳未満から16歳未満になったという意味です。
同意が証明できないと犯罪になっちゃうの?と不安になられた方は、実際にはどういう場面が犯罪になるか以下のサイトをご覧ください。
具体的には、「不同意もしくは不同意の意思表示を表明することが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、行為を行った場合」として8つの類型を挙げています。不同意の意思表示ができないような状況をつくったりそれに乗じたりしてはいけないというのがこの規定であって、厳密には同意の証明を求めるものではありません。
ちなみに、「強姦罪」と言っていた時代、被害者は女性に限られていました。
「強制性交等罪」と改正された2017年以降は男性を被害者とする犯罪も成立するようになりましたが、21世紀になってからも男性が強姦罪の被害者として扱われなかった時代があるというのは、ショックを受ける方もいらっしゃるかもしれません。
具体的な要件はさておき、ざっくり言って「性的同意」がないと犯罪が成立するのならば、「性的同意」がわかっていないとマズイ!わけです。でもその前に、生徒と一緒に考えてほしいことがあります。
“ なぜ、わざわざ「性的同意」が必要といわれるようになったのか ”
「秘め事」という言葉が表すように、性的な事柄はプライベートであり、あまりオフィシャルなルールを持ち込まれたく部分です。そんな秘め事に同意書をとる世界は窮屈だと思う人も多いかと思います。それならば、慎重であるべき基準を考える前提として、なぜ必要だといわれるようになったのかを考える必要があります。
少し前まで、小説などのエンタメ業界では「いやよいやよも好きのうち」という表現が通用していました。女性は性的行動に対して抑制的であるべきであり、口では「いや」と言っていても本心ではOKであるという発想からきています。このロジックだと、本当にいやな場合に「いや」と言っても通じなくなってしまいます。
中には、「本当のいや」と「言っているだけのいや」は区別がつくから大丈夫と言う人もいるかもしれません。しかし現実には、感じ良く振る舞うことを社会的に求められる傾向が強い女性が、その規範を守りつつ「本当のいや」を伝えるのは、そう簡単なことではありません。そこに経済的・社会的上下関係などが加わるとなおさらです。
100%は理解できない、人の真意。人は、他の人が何を思っているかなんて、常に完全には理解できないのです。
だからこそ、「NOと言っていてもYESかもしれない」に期待するのではなく、「YESと言っていなければNO」と扱いましょうというのが性的同意のお話です。
下は、イギリスで広まった性的同意についての動画です。
断られたらいやな気持ちになるかもしれませんが、紅茶をつくってNOと言われても強制的に飲ませる人なんていませんよね。この動画は、性的同意は継続的に必要なものであり、同意がなければそれ以上先に進んではいけないんですよということを可愛いイラストレーションで解説してくれます。日本語版も作られるくらいに流通しているので、関心のある方はぜひ一度ご覧ください。
「紅茶と同意」Consent – it’s simple as tea(日本語版)
とはいえ、「~しなきゃダメ」というお話が続くとしんどいですよね。
子どもたちも同じだと思います。
先生方は、生徒が性的に同意することはありえない前提で、性被害についてのみお話しすることを求められがちです。現行法で16歳未満は法的に有効な同意をできないため、特に中学校では同意する具体的な場面を想像する機会が少ないのではないでしょうか。
実は、それが性的同意をわかりにくくしている根幹なのではないかとすら、私は考えています。「被害」があるということは、裏には侵してはならない自由・利益があったはずなのです。その自由が何なのかのイメージがないまま「こんな被害は許してはならない」と伝えても、どうしても空虚になってしまいます。
まずは生徒を脇に置き、あなたが1人の人間として実際に性的同意をする方法を考えてみませんか。性的同意については、直感的反発で「なんだか野暮じゃない?」という声があります。「そんなことはないよ」と子どもたちにも伝えられるよう、最大限ロマンチックに考えてみましょう。
あなたには性的な行為をしたいと願う相手がいます。それは幸せなことです。その幸せを最大にする方法はなんでしょうか。相手もあなたと同じくらい望んでいるとわかって、それを確認しながら、進められる状況ではないでしょうか。
相手には断る自由があります。もちろん、あなたにもあります。
自由があり、数多のほかの可能性がある中で、あなたはその相手と性的な行為をしたいと思い、相手も望んでいる、それを確かめ合える、とても幸せな奇跡です。
歴史的・文化的経緯を考えれば、女性は性的行為を望む表現をすること自体が「よくないこと」と感じさせられている確率が高いといえます。
そのような相手に、自分と性的な行為に進みたいと確かに思っていると表現してもらわないといけないとなると、パートナーとしては負担を感じるかもしれません。
しかし、「女性が性的な行為を望んではいけない」というモラルを植え付けられたために困惑しているのは、同意をもらおうとしているパートナーだけではなく、その女性自身もなのです。もしそのようなモラルによって性的同意をとることが困難な場面があるとすれば、それは2人ともが等しくそのモラルの犠牲者であり、真意と相克するモラルに対して、2人で一緒に立ち向かっていく必要があります。
どのような条件下で性的な行為をどの程度望むかは人によって多様であり、それまで生きてきた全ての経験、その瞬間の体調や心境、ありとあらゆるものが影響します。
あなたのことを好きな程度だけがバロメーターではありません。
相手も同じ気持ちか常に確認することで、あなた自身が安心して幸せな性的行為を行えるともいえます。
ここまでのお話で、「あぁ、性的同意って相手が自由に選べる状態を受け入れることなんだな」と思ってもらえたら嬉しいです。
それって、人権思想の根幹と同じ思考方法ですよね。
さて、もしかしたら先生方には、最後の一つのハードルがあるかもしれません。それは、学校現場で「性的に同意することがあり得る前提」で話をすることです。
そもそも、「同意の自由」というのは、「同意しない自由」でもあり、法的に有効な同意をできない年齢のうちから性的同意の話をすることは論理的には何の矛盾もありません。ましてや、時が過ぎれば法的に有効な性的同意をすることができる存在です。
日本は性教育に消極的だといわれています。先生のご不安が100%杞憂だともいえないのが苦しいところですが、話していいと後押しする根拠を見つけることも可能です。
学習指導要領によると、中学校では以下のように記されています。
「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする。」
「身体の機能の成熟とともに、性衝動が生じたり、異性への関心が高まったりすることなどから、異性への尊重、情報への適切な対処や行動の選択が必要となることについて取り扱うものとする」
(平成29年 中学校学習指導要領)
上は性教育の「歯止め規定」とも読めますが、下は必要なことを伝えなさいとも読めます。
また、解説保健体育編の関連する記述では、「身体的な成熟に伴う性的な発達に対応し、個人差はあるものの、性衝動が生じたり、異性への関心などが高まったりすることなどから、異性の尊重、性情報への対処など性に関する適切な態度や行動の選択が必要 となることを理解できるようにする。」とあり、まさに「性的同意」はここで求められる「理解」の基礎にあたるといえます。
指導にあたっては「発達の段階を踏まえること、学校全体で共通理解を図ること、保護者の理解 を得ることなどに配慮することが大切である。」という注意書きが続き、環境整備から求められているのが現実ですが、どうしたら必要なことを伝えられるだろうかという目で見ることが大事です。
高等学校の学習指導要領では、いろんなことが遠回しに、かつ少子化対策の文脈も加わっててんこ盛りに記載されており、性教育に対するスタンスを読み取りにくいというのが個人的な感想です。
しかし、文部科学省発行の「健康な生活を送るために」という冊子では、「性にかかわる意志決定・行動選択」という項目があります。そこには、「行動選択をする上では、正しい知識を持つことが重要です。性に関する疑問があっても、恥ずかしくてなかなか口に出せないかもしれませんが、体や心の悩みを一人で抱えなくてよいことを知っておいてください。」と解説があります。この項目には「避妊」「コンドーム」「ピル」という言葉が並んでおり、次の「不妊で悩む人もいます」の項目では「性交」という言葉が記載されています。この程度には、文部科学省もはっきりと書いています。
中央教育審議会のうち「健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会」では、学習指導要領はあくまでも集団一律に指導する内容をまとめたものであって、個別指導の場面とは「明確に区別すべき」とも指摘されています 。必要な子どもに必要な範囲で話せる部分は、もっと広い裁量があるといっていいでしょう。
伝えないといけないときには伝えていいんだという安心材料になれば幸いです。