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新しい時代の消費者教育と家庭分野

 

成年年齢の引き下げなどもあり、中学家庭分野で扱う消費者教育にも変化が訪れています。そこで、消費者教育に関する調査研究や、先生方へのセミナーなどを行っている、公益財団法人消費者教育支援センター理事で、法政大学大学院准教授の柿野成美先生にお話を伺いました。

 

成年年齢の引き下げと消費生活相談

 

編集部:成年年齢の引き下げ後、消費生活相談の数や内容など変化はありましたか?

 

令和6年度版『消費者白書』によると、成年年齢引き下げ後も相談件数全体としてはそこまで大きな変化はありませんでした(下グラフ)。しかし、内訳を見ると時代に合わせて、男女ともに未成年者における「出会い系サイト」の相談件数が大きく増えています。10代、20代の人はスマホで全てが完結してしまうため、ほとんどのトラブルがネットやSNSを通じたものになっている傾向があります。この数値以外にも、消費生活相談につながっていないケースもかなり潜んでいるのではないかと思われます。スマホを通じたトラブルへの注意喚起は、今後はより重要になっていると思いますね。

 

(令和6年度版 消費者白書より)

 

編集部:ネットやSNSを使う生徒さんの世代はどんなことに注意したらよいでしょう?

 

最近は一般サイトでも、ダークパターンと呼ばれる消費者にとって不利な決定に誘導する手法が増えています。消費者にとって危険なサイトが問題視される一方で、それを見抜くことはとても難しくなっています。まずは、今そのような状況にいるという意識をもってもらいたいと思います。一昔前なら、「日本語がおかしくないか?」「安全・安心マークをチェックしよう」など、危険なサイトを見抜くポイントを教えていましたが、今は巧妙です。
また、SNSは個人に最適な情報を選んで表示するようにできているので、世の中の常識とは違うことが子どもたちの常識になっていきます。情報の真偽を見極める目が大切ですね。

 

編集部:どうやって情報を見極めればよいでしょうか?

 

必要なのは、「あれ?おかしいな」と思えるセンスでしょうか。昔から言われ続けていることですが、常にアンテナを張っておき、「簡単にもうかる」などのうまい話には「おかしい」と思って、早めに引き返せるようになってほしいですね。最近はさまざまな手口が増えているので、消費者教育だけで回避するのは本当に難しくなっています。

重要なのは、消費者教育の大きな柱の一つである批判的思考力です。これまで通り多面的・多角的に物事を見極めていく、ということを丁寧にやっていくしかないのかな、と感じています。

 

中学家庭分野の内容で大切にして欲しい3つのこと

 

編集部:消費者教育の視点から、中学家庭分野の内容で大切にして欲しいところはありますか?

 

注目して欲しいのは全部なんですけど(笑)、強いていうなら3つでしょうか。
まず1つ目は、契約の知識、売買契約の基本的な考え方をしっかり押さえて欲しいです。小学校5年生で売買契約の基礎を学んでいるはずなので、その上で中学生としての契約の理解を積み上げてほしいと思います。

中学家庭分野では、未成年者取消権にも触れます。契約は一度結ぶと法的拘束力で一方的にやめることはできないのが原則ですが、未成年者が親権者の同意なく、おこづかいを超える範囲で結んだ契約には未成年者取消権が使えるんだということ、そして18歳になると未成年者取消権が使えなくなるんだということに注目して欲しいですね。

 

左:教科書p.229契約の基本 右:p.231未成年者取消権

 

2つ目は、計画的なお金の管理です。今年の4月から金融経済教育推進機構(J-FLEC)がスタートしており、8月からは本格始動します。私も運営委員をしているのですが、先生方にはお金の管理について意識して扱って欲しいと思います。

中学家庭分野では、おこづかいの範囲でお金の管理を学びます。学習指導要領にも「計画的な金銭管理の必要性について理解すること(C 消費生活・環境 (1)ア(ア))」とありますよね。ここをしっかり押さえて欲しいです。中学生の段階でおこづかいの管理ができていないと、高校でさらに深い学び(生活設計や資産形成の視点)には行き着けません。家計管理がしっかりできて、自分の余裕資金がいくらあるのかを理解して初めて、そのお金を貯金のままにしておくか、投資に回すかといった、資産形成の話ができます。お金を管理する知識・技能が不十分なまま高校で資産形成を扱うと、ギャンブル的な「もうけ話」に留まってしまう危険性があります。

キャッシュレスの時代なので、お金の流れが見えにくい部分もありますから、中学生のうちに家庭も巻き込んで収支の管理ができるようにしておきたいですね。

 

教科書p.225計画的なお金の管理

 

3つ目は、消費生活が社会に与える影響について考えることです。私たちは消費者として、買い物を通じて社会に貢献できることを知って欲しいです。また、「おかしい」と思った時に企業に声を届けるなど、消費者市民の意識も大切です。

現在、カスハラ(カスタマーハラスメント)が問題視されていますね。これは自分の要望を冷静に伝える力が育っていないのがひとつの要因ではないかと思います。私たち消費者には、「主張し行動する責任」があります。消費者として、企業や社会へ意見を伝えて、よりよい社会を実現していく、その責任を果たしていける人になって欲しいですね。

 

教科書p.244消費者トラブル解決に向けて

 

中学家庭分野を教える上でのアドバイス

 

編集部:消費者が社会や企業と繋がっているという意識は大切ですね。そのほかに何か中学家庭分野を教える上でのアドバイスなどはありますか?

 

一人ひとりの評価をしなくてはいけないので、先生方は大変だと思いますが、家庭科が暗記科目にならないようにしたいですよね。消費者教育の目標である「実践的能力」を育めているだろうか、という視点で授業を組み立ててほしいと考えています。消費生活の分野は、外部の人とつながりやすい分野なので、授業の展開が学校の中だけで終わらないといいなと思います。

知識は時間が経つとどうしても忘れていってしまいます。家庭科は小・中・高と段階を追って内容が進化するので、中学は小学校の学びをふまえて組み立て、それが高校でどう広がっていくか見通しが持てるといいですね。家庭科の“学びのバトン”をつなぐ役目を意識してほしいです。例えば、高校では長期の経済生活を扱います。そのためには今、自分自身で家計管理ができるようになってもらいたい。そのステップを今自分が学んでいるという意識を持って学べると、実践的な学びになるのではないでしょうか。

 

編集部:授業時間が足りなくて困っている先生も多いようですが、なにかアドバイスをお願いします。

 

家庭科は扱う学習内容が幅広いので大変だと思います。消費者教育を、衣食住など他の領域の学びとも関連づけながら効率的に時間を使えるといいですね。食生活や衣生活では、選択と購入の視点について学びます。ここで、ぜひ消費者の権利と責任についても触れてほしいです。住まいの安全についても、消費者目線をもって見ることで、より実践的な知識になると思います。消費者としての視点で、衣食住など家庭科の学習を見直すことで、いろいろなものが消費者教育につながります。

大変だと思いますが、消費者教育を他の領域と絡ませながら、各所で自立した消費者になるための声かけをお願いできると嬉しいです。

 

教科書 衣生活領域と消費者教育の関係を示すページ

 

消費者教育支援センターの先生向けサポート

 

編集部:消費者教育支援センターで、家庭科の先生に向けたサポートなどはありますか?

 

当センターでは、先生方向けの研修会の講師を派遣しています。20年以上前から改訂を繰り返して発行している「悪質商法対策ゲーム」を体験してもらいながら授業のつくり方を考える講習など、家庭科の研修会も多く開催しています。今、多くの高校から金融経済教育の話での問い合わせをいただいています。要望に応じた講師派遣もできますので、授業づくりにお悩みの際はお声がけください。

 

▶︎悪質商法対策ゲーム

 

このような当センター独自の取り組みの他にも、「消費者教育教材資料表彰」として企業や業界団体、行政、NPOなどがつくる優れた教材を毎年募集して表彰する活動もしています。そんな教材の中には、中学校で使える面白い教材もたくさんあります。ぜひ覗いてみてみてください。

 

▶︎消費者教育教材資料表彰

 

家庭科の先生へのメッセージ

 

編集部:最後に、現場の先生へのメッセージをお願いします。

 

家庭科は、教科書も充実していて重要な内容が多い教科だと思います。特に消費生活の分野は難しい内容が多い上に、時代による変化が大きい分野です。先生方にはぜひ、時代の変化に合わせて情報を積極的に取りにいってほしいと思います。消費者庁の消費者教育ポータルサイトや、地方自治体がつくる教材など、活用できる資料はたくさんあります。

また、消費者教育に取り組む自治体も多くなってきました。困ったときには、ぜひアクセスしてみてください。最近では、消費者教育コーディネーターが配置されている自治体も増えていて、学校や関連企業のOBなどから授業のアドバイスや支援を受けることができます。

どうか一人で抱え込まずに、いろいろな人の協力を得ながらいい授業をつくっていってください。

 

技術・家庭 家庭分野

令和7年度 技術・家庭 家庭分野の教科書

 

取材・文/教育図書編集部


 

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柿野 成美

法政大学大学院政策創造研究科准教授
公益財団法人消費者教育支援センター理事・首席主任研究員

愛知県新城市出身。平成10年より消費者教育支援センター勤務、同センター専務理事を経て、令和4年4月より現職。博士(政策学)。
ファイナンシャル・プランナー(CFP®認定者)、消費者庁消費者教育推進委員会委員、文部科学省消費者教育推進委員会委員、金融経済教育推進機構(J-FLEC)運営委員、日本エシカル推進協議会理事、(一財)日本産業協会評議員  他