「模擬裁判カード」で考える判断のプロセス 

高校公民

教育図書ではこのたび、模擬裁判を体験できるカード教材「模擬裁判カード」を発売開始しました。
教材は一般使用のほか、「新訂版 高等学校 公共」教科書p.68の「SIMULATION 模擬裁判をしてみよう!」にも準拠し、教師用指導書とあわせて公共の授業で手軽に使用できるよう設計されています。
今回は、「模擬裁判カード」を紹介し、授業での活用例を通して生徒が法的視点を組み立てる過程を考えます。

なぜ今、模擬裁判か?

刑事裁判は犯罪を裁く場であるだけでなく、証拠に基づいて事実を認定し、国家が刑罰を科すかどうかを判断する厳格な手続です。この考え方は、司法制度の理解にとどまらず、身のまわりのさまざまな問題にも応用できます。
たとえば高校生活でも、学校や部活動で何かトラブルが起きたとき、それをどのような手続と考え方によって解決していくのか、プロセスを理解することにつながります。

裁判員制度の導入により、一般市民が刑事裁判に関わる可能性が生まれました。しかし、生徒にとって裁判は、依然として「有罪か無罪かを決める場」という表面的な理解にとどまりがちです。教材では、模擬裁判を通して、社会問題の解決に不可欠な「手続」と「思考プロセス」を具体的に捉えることを目指しました。


模擬裁判カード……セット内容:起訴状カード、証拠カード (現場再現写真、死亡診断書)、台本(検察官用、裁判官用、裁判員評議裁判官用、証人 A 用、証人 B 用、被告人用、弁護人用)、名札カード 、裁判の基礎知識、裁判員評議シート、振り返りシート、教師用解説書
詳しくはこちら

「模擬裁判カード」の特徴

「模擬裁判カード」は、刑事裁判のプロセスを体験するシナリオ型()の教材です。
台本に沿って裁判官、検察官、弁護人などの役割を演じながら、事実を認定し、刑罰を科すかどうかを判断するという、刑事裁判の基本的な仕組みを体験します。

準備なしで実施できますが、事前学習で「裁判の基礎知識」を活用しながら用語を確認したり、教科書で学んだ原則を振り返る時間を設けたりすることで、理解はいっそう深まります。

▲「裁判の基礎知識」……裁判の流れや裁判にかかわる人たちの役割、裁判の考え方などを記載

▲「教師用解説書」……授業の展開例、評価の観点、実際の事件の概要などを記載


台本では、事件の概要、被告人の供述、現場検証報告書、医師の鑑定書といった事件記録が順に提示されていきます。生徒はこれらの資料から、「どの事実が認められるのか」「その事実は有罪の立証につながるのか」を検討します。

刑事訴訟法317条が示すとおり、事実認定は証拠によって行われます。そのため、提示された証拠から何を事実として認定するかを判断し、その事実が有罪を立証するのか、それとも無罪の可能性を示すのかを考えます。
刑事裁判は国家権力によって個人の自由を制限する手続です。検察官の主張が「合理的な疑いを超える証明」に達しているかどうか、慎重に見極める必要があります。

なお、本教材及び教科書のテーマは、実際に起こった「勘違い騎士道殺人事件」をモデルに制作しています。
この事件は一審では無罪、二審では傷害致死罪と判断が分かれました。同じ事実でも、証拠の評価や立場によって結論が大きく異なり得ることを考える題材として取り上げました。

授業の流れ

カードの授業活用例として、都立小川高等学校の別木萌果先生と2年生の皆さんに協力してもらいました。教材は50分授業×2コマ構成ですが、今回は1時間の簡易版としてデモ授業を実施しました。

(1)事件の概要確認
教科書がある場合、教科書内容とあわせて登場人物や出来事の流れを確認します。
教材で進める場合、必要な裁判の基礎知識を確認する時間を最初に設けます。

(2)証拠の読み取り
まずは起訴状を朗読し、冒頭陳述を行ったら、証拠調べに入ります。被告人の供述や証言、現場検証報告書、鑑定書などの資料を読み取り、どのような事実が考えられるか整理していきます。教材には、現場再現写真、死亡診断書などが用意されているので、教員が全員に見えるように提示します。
生徒は、これらの各カードや証言をもとに情報を取捨選択しながら読み解きます。

模擬裁判

台本では、裁判官役1~3名、検察官役1~5名、弁護人役1~5名、被告人役1 名、証人A 1 名、証人B 1 名の選定が必要になります。裁判員は、6 名選定してそのほかの生徒を傍聴人とすることもできますし、全員を裁判員として進めることもできます。被告人役については、教員がつとめてもよいでしょう。

小川高等学校では、教員側で役柄を担う生徒をあらかじめ選定し、役のある生徒たちで事前に簡単な打ち合わせを行ってから実施しました。


(3)意見の共有
最終陳述まで終わったら、読み取った内容をもとに、どの事実が認められるのかを検討します。
2コマ授業の場合はここで裁判員による評議を行いますが、今回は挙手で意見を出し合う形で議論しました。証言や証拠に矛盾はないかなどを考えながら、意見を組み立てます。

模擬裁判


(4)判断
証拠をもとに、無罪か有罪か、有罪の場合は量刑を考えます。
その際、教員側が刑罰の種類や類似事件の判例などを参考として提示するとスムーズです。有罪の場合、軽を重くする要素(計画性、常習性など)、軽くする要素(犯行時の年齢、同情すべき事情など)や、執行猶予の考え方もここで説明します。

(5)振り返り
模擬裁判の流れを体験した後は、「振り返りシート」で整理します。自分の演じた役割だけでなく、ほかの人の役割で印象に残ったことなども書き込むことができます。
教科書を使用する場合、教科書の二次元コード先のサイトから事実認定や判決を書き込み、PDFで提出できます。


デモ授業では、学校で使用しているスタディサプリに感想を書き込みました。
生徒の満足度は概ね高く、「裁判の流れや仕組みが理解できた」「裁判が身近になった」といった肯定的な意見が多くみられました。一方で、有罪か無罪かを判断することの難しさや、刑の重さを決める基準について初めて意識したと書いた生徒も多く、「裁判官をAIにしたらいいと思った」というユニークな感想もありました。

模擬裁判





見えてきた指導の視点

回収した感想には、裁判への理解とともに率直な疑問も表れていました。たとえば、「無罪だったらどうやって証明するのか」「結局、多数決で決まるのか」といった声です。
これらの反応から、有罪判決には検察官によって罪を立証する責任があること、また、証拠に基づいて事実認定を行うという刑事裁判の基本原則が、生徒には見えにくいことがうかがえます。

日本の刑事裁判では、有罪を立証する責任は検察官にあり、被告人は無罪を証明する必要はありません。また、有罪とするためには「合理的な疑いを超える証明」が求められます。
こうした原則を踏まえると、証拠からどの事実が認められるのか、その証明は十分といえるのかを検討することの重要性が見えてきます。

本教材はシナリオに沿って進めることで、証拠に基づいて事実を吟味し、判断を組み立てていく過程に自然と焦点を当てられるよう設計されています。生徒の視点は「有罪か無罪か」という結論から、「有罪が証明されたといえるのか」という問いへと移っていきます。

今回は特別授業として実施しましたが、教科書で司法制度の概念を学んだあとに組み合わせることで、概念として学んだ内容が具体的なプロセスとして捉えられるようになります。
本教材が多くの法教育の場で活用されることを期待しています。


ご協力いただいた別木先生からは「私自身、法に関する知識に自信がなく本格的な模擬裁判を実践したことがありませんでしたが、教員用の指導書がわかりやすく、安心して実施できました」とご感想をいただきました。別木先生、小川高等学校の皆さん、ありがとうございました。

別木 萌果べっき もえか

東京都立高等学校公民科教員。ジェンダーをはじめとするマイノリティの視点を取り入れた授業実践に取り組んでいる。主な論文に「マイノリティの授業化における高等学校教師の意識に関する研究―公民科担当教師へのインタビュー調査に基づいて―」(2023年、『社会科教育研究』)がある。

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