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中学校の家庭科部と高齢者が協働したお弁当事業 /「やまわけキッチン」

高齢化や核家族化が進む中、「人とのつながり」がますます大切になってきています。そんな中、大阪府堺市の「やまわけキッチン」では、コロナ禍で中学校家庭科部が学校で活動できないころから、なんとか活動を続けてほしいとキッチンを提供し続けてきました。さらには「やまわけキッチン」を通した活動が、高齢者や住民たちの交流の場にもなっています。団地再生プロジェクトから生まれたゆるやかなコミュニティの事例を紹介します。


家庭分野教科書 – 教育図書 (kyoiku-tosho.co.jp)


中学校の家庭科部が参加「お弁当詰め詰め隊」

大阪府堺市にある茶山台団地は、65歳以上の世帯が半数近くを占めています。団地の高齢化が進み、単身世帯や子育て世帯の姿が減る中、2016年に立ち上がったのが大阪府住宅供給公社。ニコイチという“2戸をひとつ”にした広い間取りに改造し、特に子育て世帯などの若年層に対し、スペース的にゆとりある質の高いくらしを提案。その一環で団地内の空き室を活用した総菜や弁当販売スペース「やまわけキッチン」は2018年にオープンしました。ここでは、食事はもちろん、子どもから大人まで楽しめる交流の場になっています。

「コロナ禍で学校の調理室が使えない中、中学校の家庭科部の子どもたちが困っているのを偶然知り、声をかけました」と話すのは「やまわけキッチン」代表で日々キッチンに立つNPO法人SEIN(サイン)の湯川まゆみさん。

「『おかずボックス』という100円の子ども用の総菜弁当があるんだけど、一緒に詰めるのどう?と聞いたらやりたいというので最初は詰めるだけをやってもらって。そのあとは野菜嫌いの子も食べられるようなメニューを一緒に考えてもらいました」

100人分ものお弁当を詰める際、近くの団地に住んでいる高齢者の方も手伝いに参加し、「詰めるの、上手やね~」と中学生を褒めてくれて、そこから交流が生まれていきました。

100円こども弁当/積み立ててきた「だるま基金」といただいた寄付を活用して、長期休みの子どもたちのお弁当として、1つ100円で販売

開始前は念入りに分析。住人に「自分ゴト」として捉えてもらうための工夫

「やまわけキッチン」を始める前、住民が交流できるスペースを作る目的で、「茶山台としょかん」を公社が設立しました。運営する湯川さんたちがそこで会話をする中で、高齢者の方々から「夜、ご飯をひとりで食べていてさみしいわ」「近くにお店が少なくて、買い物が不便だし、買っても荷物が重たいわ」「ひとり分のご飯をつくるの大変やわ」などの声を聞き、それらを解決するために店をつくろうと思い立ったのです。

「住民さんたちに自分ゴトとして捉えてほしかったので、開業前までのプロセスにはちょっとずつ巻き込んで、DIYで参加してもらい、参加者ものべ181人、作業日はのべ24日で完成させました」

店をつくっている間、住民からは本当にこんなところで商売が成り立つのかという話から始まり、自分たちの暮らしぶりをそれぞれが少しずつ話すことで交流が生まれました。そして完成後も、みんなでつくった「やまわけキッチン」だからこそ、毎日通ってきてくれたり、東京からの訪問者などが来た際は、イートインスペースで「この壁はな、わしがつくったんや」と会話を楽しむ場になっています。

「何のつながりもなく、いきなり店を開業したら寂しかったかもしれないですが、一緒につくった仲間がいるという意味では心強いものがありました」

高齢者とのつながりを強く感じた場面

「住民さんの中でケーキやパンづくりが得意な方がいらっしゃって、毎年やまわけキッチンの創業日にはケーキを持ってきてくださり、みんなでお祝いしてくださいます。

また、店の常連さんが『あぁ、もうすぐ82歳やー』」という独り言をすばやく聞きつけ、一緒になってサプライズでお祝いすることもあります。」

そんな中、住民同士とのつながりがあったからこそ高齢者を救ったエピソードがありました。

「地元のかかりつけ医さんから患者である住民の高齢者の方へ電話しても、いつもは出るのに出ないから様子がおかしい、と別の患者さんのところに連絡が来て。その患者さんがうちのキッチンに相談に来られたんです。たまたま私の友人が、連絡が取れない高齢者の方のお隣さんで、彼女に様子を見てもらったところ、いつもは無いはずの新聞や牛乳が家の前にそのままだと。それで、私と別の患者さんでおうちに伺ったところ、その高齢者さんがトイレで倒れていて、動けなくなっていました。危ないところだったので、助けることができて本当によかったです」

筆者は東京近郊に住んでいますが、まさに日ごろから連絡を取り合っている間柄こそ助けられたのだと思いました。都心ではなかなか考えられないことです。

 

また、いつも店まで頑張って歩いて買いに来る高齢者から頼られたことも。

「遠くからお弁当を買いに来てくれるお年寄りの方に、しんどい日は配達しますよと話すと、運動する機会が減るからと頑張っていられた方がいて。でも体調の悪い日に、配達してくれる?と電話があったときは嬉しくなりました。『はい!行きます、行きます!』と。本音を話してくれるというか頼ってくださっているのだなぁと。」

店の開業前から、確実に信頼関係を築きあげ、育てあげてきているのです。

食のまわりにある雰囲気を大事にしたい

「やまわけキッチンの今後に関しては、細く長く開け続けること。今までのストーリーに出会えたのも開け続けてきたからこそです。中学生などが地域と交流する場面が少ないと感じるなら、居場所はもちろん役割を与えること。役割があれば責任をもってやってくれたりします。優秀な食材がたくさんそろっているよりも、これは堺市の中学生たちが詰めたものですとか、住民さんが作ってくれた野菜を使ってますとか。その食材にまつわるストーリーによって価値が全然変わってくると思うんです。食を大事にしつつ、そのまわりの人や地域のコミュニティをこれからもよりよくしていくことを考えていきたいです。」


湯川まゆみさん

NPO法人SEIN(サイン)代表。2018年「丘の上の総菜屋さん『やまわけキッチン』」をオープン。以前は12年半ほどカフェを経営。近くの団地で育ち一度遠くに住んでいたものの、結婚して茶山台のニコイチへ引っ越して戻ってきた。

学生時代、ラオスなどにバックパッカーとして訪れたことも。そのころからずらりと食材が並んだ市場に行き、人々の暮らしを感じ取ることが好きだった。

 

やまわけキッチン

堺市南区茶山台2丁1番 茶山台団地21棟302号室

電話:072-283-5928

事業者:特定非営利活動法人 SEIN

営業日時:毎週月・火・金・土曜日11~15時 ※営業状況はフェイスブックでご確認ください

アクセス:泉北高速鉄道「泉ヶ丘駅」徒歩約10分

https://www.facebook.com/yamawakekitchen2018

https://danchi-renovation.com/kitchen


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取材・文/武石暁子(教育図書編集部)


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