教育図書×畳縁日本の伝統「畳縁たたみべり」からはじまる新しいハンドメイド

綿花の紡いだ人と町、文化 ~ 和と洋が織りなす繊維のまち ~

約400年前、倉敷市一帯は大小の島々が点在する海でした。
その後干拓により陸地に姿を変えますが、塩分が多く米作りには向きません。
そこで栽培されたのは塩に強い綿花やイ草。次第に綿やイ草を原料にした織物の生産が始まり、江戸時代から真田紐や小倉織足袋が生産されていた倉敷。時代が進むにつれ、学生服や作業着、そしてジーンズなどが生まれました。
時代が変わり工業化が進んでも、機械だけに頼らない人の手によるものづくりにより、世界に誇れる繊維製品が倉敷で生産されています。その繊維製品の一つが畳縁。日本全国で使用されている畳縁の80%が倉敷市児島で製造されています。

畳縁(たたみべり)とは

畳縁とは、畳の長手方向に付けられた布のことです。畳縁には、畳表の角の摩耗を防ぐ、また畳を敷き合わせる際にできやすい隙間を“しめる”などの役割があります。

色のない世界に色を加え、空間を彩る。

畳縁は、模様や色によって身分等を表す時代もありましたが、今では自由に選ぶことができます。素材も、綿糸や麻糸を蝋(ロウ)引きしブラシで磨き上げられた黒色、茶色の糸が使用されていましたが、 現在では化学繊維で織られたものが主流となり、色数も豊富になりました。

MADE IN JAPANのものづくりは脈々と受け継がれ、畳縁を新しい世界へ

畳の端に使われる畳縁は、倉敷市一帯では古くから工場で働く方々の小物作りの素材として使われてきました。 その畳縁が今、“古くて新しい素材”として注目されてきています。 「児島」から世界へ!!日本遺産のまち倉敷市のさらなる新しいストーリーを育んでいきます。


畳縁製造元 髙田織物株式会社 ご紹介

1892(明治25)年、倉敷市児島で始まった髙田織物は、当時児島の名産であった真田紐の製織で創業し、1921年ごろ、松井武平氏が児島唐琴地区に畳縁の製法を伝え、髙田織物も畳縁の製造を始めました。
現在、「畳縁FACTORY SHOP FLAT」にて、1000種類もの畳縁を展示販売中。美しい色彩をお楽しみいただけます。

畳縁を使った作品例

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