「トランプ2.0」時代の世界秩序 関係論から平和を捉え直す
高校公民

昨年は第二次世界大戦終結から80年という歴史的な節目でした。
現在、国際社会は劇的な転換期にあります。東アジアにおいても高市総理が「台湾有事」をめぐる日本の対応について国会答弁で言及するなど、緊張感は高まっています。国際秩序が揺らぐ中、日本の平和主義はどこへ向かうべきなのでしょうか。「公共」の国際政治分野の執筆・監修者である君島東彦先生(立命館大学特命教授)に教えていただきました。
はじめに
2025 年、米国を覇権国とする戦後世界秩序「パックス・アメリカーナ」の時代は終わりました。
パックス・アメリカーナは、人権、民主主義、法の支配といった価値観に基づいて、米国を中心とした同盟体制(NATO、日米安保など)がソ連(ロシア)や中国を封じ込める性格をもっていましたが、その枠組みはもはや不明確です。
典型的事例として、米国のヴァンス副大統領は昨年2月14日、ミュンヘンで行われた安全保障会議において「欧州安全保障への脅威はロシアや中国から来るのではなく、欧州内部から現れる」として、欧州の同盟国を批判しました。
2月24日には、ロシア軍の撤退を要求する国連総会決議に対して、米国はロシアや北朝鮮と共に反対しました。
「トランプ2.0」政権下において、大きな変動が進行中です。
米国側と中国ロシア側の大きな対立・緊張関係はあるのですが、トランプ大統領とプーチン大統領、トランプ大統領と習近平主席との間の一種の個人的なデタント(緊張緩和)のような現象が生じています。トランプ政権は同盟国を大事にしません。ウクライナをはじめとする欧州諸国はたいへんです。
私たちはこの変動を冷静に凝視したうえで、平和・安全保障政策を根底から見つめ直す必要があります。
「しない平和主義」「する平和主義」
そもそも「平和」というとき、それは何を指すのでしょうか。
ヨハン・ガルトゥングは、平和を二つの側面から捉えました。一つは戦争や武力紛争がない状態を指す「消極的平和」であり、もう一つは、貧困や差別といった構造的な暴力が存在しない状態を指す「積極的平和」です。
日本国憲法第9条に象徴される、「戦争の放棄」「戦力の不保持」の理念は、武力行使という直接的な暴力を否定し、消極的平和を担保しようとする精神です。これは「しない平和主義」と呼ぶことができます。
対して、憲法前文にある「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という理念は、日本が国際協調を通じて構造的な暴力を根絶させ、平和をつくり出す責任を負うことを示しています。これは「する平和主義」、すなわち積極的平和の追求を日本に課しているといえます。
いまの日中関係を見るならば、「しない平和主義」はもちろん重要ですが、同時に国際社会に対する日本の真価が問われているのは、この「する平和主義」の実践です。

21世紀の社会科学では、「関係論的転回」が起きています。
近代の社会科学は、分析の単位を独立した個体(国家や個人)に置いてきました。しかし、米ウィスコンシン大学のムスタファ・エミールバイヤー(Mustafa Emirbayer)教授が唱えるように、関係論的アプローチにおける分析単位は個体ではなく、それらが織りなす「関係の網の目」にあります※。
※『Manifesto for a Relational Sociology』/American Journal of Sociology
「関係論的転回」は、21世紀に入って欧米のさまざまな学問領域で顕著になりましたが、むしろ西田幾多郎(1870-1945)や廣松渉(1933-1994)らの日本の哲学者が、世界を実体ではなく関係としてとらえる関係論の立場を主張した先駆者であったといえます。
西田哲学や廣松哲学には仏教の影響がありますが、著書『A Relational Theory of World Politics, Cambridge University Press』で、国際政治を関係論的にとらえる中国の学者、奏亜清(Qing Yaqing)は、儒教の影響を語っています。
平和や安全保障は、武装、軍事とのかかわりで捉えられがちです。しかし、私たちはもっと根源に降りていく必要があります。
イマヌエル・カントは『永遠平和のために』(1795年)の冒頭で平和をこう定義しています。「平和とは国家間の一切の敵対関係を終わらせることである」(君島試訳)。つまり、平和とは関係性の概念です。平和には常に相手があり、平和を一国で考えることも一国でつくることもできません。
マルチトラック外交
「する平和主義」を実践する具体的な手段として、米国の平和研究者ダイアモンドと元外交官のマクドナルドが提唱する「マルチトラック外交」という考え方が参考になります。
現代における平和構築は、もはや政府間外交(トラック1)のみでは達成できません。地球規模の課題に対応するためには、マルチトラック(多層的な)外交で複合的な対話が必要になります。
ダイアモンド&マクドナルドは、平和構築に参画する主体を以下の9つのトラックに分類しています。
トラック1:政府 / トラック2:非政府の専門家 / トラック3:ビジネス・企業 / トラック4:一般市民 / トラック5:研究・教育 / トラック6:市民運動 / トラック7:宗教 / トラック8:財団 / トラック9:メディア
明示されてはいませんが、国の枠を超えた地方自治体や政党などもマルチトラック外交の主体であるといえるでしょう。
特に注目したいのが、自治体外交です。国家間の対立が深刻化する中、地方自治体では姉妹都市提携や文化交流を通じて、草の根レベルで国際的な連帯を築いてきました。
たとえば台湾と隣接し米軍基地を擁する沖縄県は、「台湾有事」が起きた場合、戦場になるリスクを抱えています。そのため、知事の訪米や海外事務所の設置等、積極的な地域外交を長年にわたり行ってきました。
これは、経済的・文化的な関係構築によって国家間の軍事的な緊張を緩和し、安全保障を確保しようとする「する平和主義」の具体的な実践例です。
私たちは、1982年にパルメ委員会報告書によって提唱された「共通の安全保障」という概念を知っています。「共通の安全保障」とは、軍事力をもって安全を追求する「力の均衡」の思想とは根本的に異なり、敵対関係にある国々との協調を通じて、すべての国の安全を確保する考え方です。
相手を不安定にすることは、自らを不安定にすることに繋がるという相互の認識に立ち、「相手が安全でなければ自分も安全ではない」という関係論的な思想に基づいています。
この理論を体現した例が、冷戦下で東西陣営間の信頼醸成に大きく貢献したCSCE(欧州安全保障協力会議)と、その後継組織である現在のOSCE(欧州安全保障協力機構)です。
CSCEは、NATO(北大西洋条約機構)とワルシャワ条約機構という敵対していた2つの軍事同盟のすべての加盟国をメンバーとして、1975年に成立しました。この枠組みは、軍事的措置だけでなく、経済協力や人権保障といった非軍事的な要素を組み合わせて構成されました。東側の市民社会と西側の市民社会の間に相互の交流も生まれて、冷戦終結へと向かっていったのです。

これからの平和を準備する
高等学校の授業でこのように能動的な平和構築の議論を行うには、国際社会が現在直面している状況の正しい理解を前提としつつ、対話を重ねる必要があります。
大学の授業では、考えるためのさまざまな問いかけを行っています。
「あなたは昭和天皇である。ポツダム宣言を読んで何を考えるか」
「憲法(constitution)とは政治共同体の枠組み、基本原理である。あなたはどのような共同体に属しているのか」
「長崎以後、アメリカは少なくとも19回以上核兵器使用を検討したが、結局核兵器を使わなかった。それはなぜか」
高校公民科でも、歴史的背景を踏まえた上で「共通の安全保障」の理念や、マルチトラック外交といった能動的な平和構築の手段を議論する場が作られなければなりません。
単なる個別の知識の暗記に留まらず、地歴公民全科目を横断する統合的な学びが不可欠です。
現在の国際政治を的確に考えるには、1945年の終戦から2025年までの世界史を包括的に捉える必要があるからです。
たとえば歴史では、戦争と平和の歴史、なぜアジア太平洋戦争に至ったのか、ナチスドイツはなぜ出現したのか、地理では異文化理解、開発・環境教育、批判的地政学、公民では政府に戦争をさせないための、民主主義と憲法を学びます。
より高度なテーマとして発展させることもできます。
国際社会における南北格差構造(世界史 / 政経)、現代の戦争とそれらへの日本の関与(世界史 / 日本史)、東アジアにおける敵対関係・分断の起源・現状と克服の道筋(世界史 / 日本史 / 政経)、国連の意義、限界、再活性化の道筋(世界史 / 政経)、武力行使によらない紛争解決の方法をどう見つけるか(政経 / 倫理)など。
また、社会科に限らず、国語での論説(民主主義の基礎)、表現(対話)などもすべて平和をつくる基礎となります。
英語では、現代世界における英語支配の構造やその不平等性も認識することができますが、国境を越えるコミュニケーションの手段は、東アジアでも英語です。保健体育で学ぶ公衆衛生や公正なルール、自然科学、芸術に至るまで、すべての教科が平和教育であるといえます。

戦後81年を迎えた今、日本は「しない平和主義」を堅持することに加えて、国際社会で積極的な役割を果たす「する平和主義」へと憲法平和主義をアップデートする時を迎えています。
軍事的抑止力強化に偏ることなく、多層的な対話と「共通の安全保障」の理念を東アジアに根付かせていく外交努力で「平和を準備する」姿勢が求められています。
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