新刊紹介 「課題解決のためのソーシャル・データサイエンス入門」 

高校公民



教育図書ではこのたび、新刊図書『データで深める公民探究 課題解決のためのソーシャル・データサイエンス入門』を刊行いたしました。

2022年から導入された「総合的な探究の時間」は、生徒が自ら課題を設定し、調査・分析することを期待してスタートしました。しかし、探究とは結局何をすることなのか、調べ学習とどう違うのか、という問いに、現場は今なお手探りの状態です。探究学習を設計する明確な方法論は共有されているとは言えません。

私たちは、その課題に向き合うアプローチとして「データサイエンス」に注目しました。特に実社会との接続が強く求められる公民科において、集めた情報をまとめるだけの活動で本当に十分なのか。問いを検証し、複雑な社会を自分の頭で読み解く力こそが、これからの高校生には必要なのではないか。そうした問題意識からこの企画は始まりました。

『データで深める公民探究 課題解決のためのソーシャル・データサイエンス入門』は、吉田真大先生生(渋谷教育学園幕張中学校・高等学校)、橋本想吾先生(慶應義塾高等学校)によって執筆されました。教科書「新訂版 公共」「政治・経済」でも魅力的なテーマ学習を制作していただいているお二人に、公民らしさのある探究学習の方法論を具体的に提示していただきました。

データで深める公民探究   課題解決のためのソーシャル・データサイエンス入門
A5判 / 128P 
定価 2,200円(本体2,000円)

本書の特色

本書は単なる統計の解説書ではなく、等身大の目線で「課題に立ち向かう」プロセスを追体験できる構成に整えました。

物語は高校生の主人公・ケイ子を軸に展開します。
サッカー部に所属するケイ子は、ある日突然楽しみにしていた部活動が学校の方針転換によって週3日以内に制限されるという事態に直面します。学校の言い分は、「部活動に熱中すると学校生活に支障が出る」というもの。納得できないケイ子は、学校を相手に「部活動は成績に影響しない」と証明することを決意します。
しかし、どのようなデータを集め、それをどう処理すれば検証できるのでしょうか。

個性豊かな教員や先輩からの助言を受けながら、ケイ子は少しずつ説得に必要な武器を磨いていきます。

因果推論への招待

序章では、「部活動に所属する生徒とそうでない生徒の成績の差を比較する」というケイ子の研究計画に対し、指導教員の出田先生がダメ出しをし、「相関関係」と「因果関係」の違いを解説するところから始まります。

単に成績に余裕のある人が部活を続けているだけという可能性はありませんか?

出田先生の鋭い指摘を受けて、研究計画の甘さに気づくケイ子。
講義では「英語力が高い人ほど年収が高い(?)」といった身近な題材も提示しながら、単なる相関関係を因果関係だと誤認してしまう要因として、①逆因果、②交絡、③偶然性という3つの「落とし穴」を学習します。

ニュースや研究成果に触れる際、これらの落とし穴を意識できるかどうかで、情報の見え方は大きく変わります。メディアリテラシーを鍛える教材としても、ぜひ活用していただきたい一冊です。


橋本  「政治・経済」のテーマ学習『慢性デフレとアベノミクス』のなかで「アベノミクスの効果をどう測るか」という問いかけがあります。アベノミクスの期間中に完全失業率が低下したというデータから、「アベノミクスが雇用環境を改善した」という結論を導けるでしょうか。本書を読むと、「労働力の減少」という第三の要因(交絡要因)を考慮しなければ厳密な効果は測れないのではないか、など身の回りの言説を自分の頭で吟味する思考力が養われます。「暗記する社会科」から「考える社会科」へ。公共や政治・経済で社会に関心をもった高校生の皆さんが、もう一歩踏み込んで「本当にそう言えるか?」をじっくり考えるためのテキストとして本書は最適です。

社会科学の方法論を公民探究に活かす

第2章では、①逆因果、②交絡、③偶然性という3つの壁に立ち向かうための方法論を学習します。

「……そういうときは、RCTを使うのが定石だね」

ケイ子は部活の頼れる先輩から、逆因果と交絡の問題への対処として、ランダム化比較試験(RCT)という手法を教わります。RCTは、医療や教育政策など幅広い分野で活用されている因果推論の手法です。ケイ子は早速RCTを自分の研究テーマに応用し、研究計画を作り直すのですが……(物語のつづきは本編をお楽しみに)


橋本  担当する「卒業研究」でRCTや回帰分析などの手法を紹介すると、「問い」を修正したり、研究テーマ自体を見直したりする生徒が毎年あらわれます。生徒に理由を尋ねたところ、手法を学んだことで研究に対する具体的なイメージが湧き、目の前のデータで何ができるのか、何ができないのかを考えられるようになったから、という答えが返ってきました。本格的な探究学習に取り組む高校生にとって、統計分析の方法論は「探究したいこと」と「探究できること」の接点を探るための思考の枠組みでもあります。本書では問いの立て方について具体的な解説はしていませんが、本書を読み進めることで結果的に問いを立てる力も磨かれると思います。

意思決定のツールとしての仮説検定

偶然性の問題への対処として、ケイ子は統計的仮説検定にも挑戦します。ここでは、「本当に偶然ではないと言えるのか」という問いに対し、定量的に判断を下すための方法を身につけます。
仮説検定は一見、分析の「小難しいテクニック」に思えるかもしれません。しかし本書では、次のような先輩のセリフを交えながら、探究に取り組む高校生自身が「必要だ」と思えるよう工夫を施しました。

「新しい薬に効き目があるかどうかとか、原子力発電所の近くに住むことが発ガン率を高めるかどうかとか、究極的には偶然性の問題があって確実な結論を出せないけれど、それでも何らかの結論を下さなければいけない場面が世の中にはたくさんある。仮説検定は、そうした意思決定に携わる人たちの間の『取り決め』なんだ。」


本書ではExcelによる演習課題も用意し、実際に手を動かしながら分析の練習をすることで、学習内容への理解がさらに深まるよう設計されています。



吉田  仮説検定自体は数学や情報の教科書に登場しますし、本書で扱う仮説検定は大学の卒業論文などでもよく使われています。しかし、その原理は意外にも複雑で、原理が理解されていないために多くの場面で誤用されるものでもあります。本書では、個別具体的なテクニックや数式の処理を最低限に抑えつつ、原理を直感的(かつできるだけ正確)に説明することに力を入れました。コラムも合わせて読んでいただけるとより深く理解して頂けると思います。



社会との向き合い方

このように体系化されたデータサイエンスの手法も、現実社会ではさまざまな制約によって理想どおり実施できない場合がほとんどです。
後半では、こうした制約を踏まえたうえで交絡を調整する重回帰分析や偶然の出来事を活用する自然実験といった研究手法にも踏み込みます。

さらに第3章では、「ソーシャル・データサイエンスの限界」と題して、意思決定の場ではデータ分析の力で反対者を説得できないケースもあることを具体的に示していきます。第3章は一般的なデータサイエンスの教科書では扱わることが少ないテーマであり、公民科教育の視点を盛り込んだ本書の特色といえるでしょう。


吉田  因果推論のゴールドスタンダードとされるRCTは、実際には実施できないことの方が多いとすら言えます。プロの研究者であれば業績を増やすために「現実的に実施できる研究デザイン」に時間を割くことも正解となり得ますが、高校の探究学習では「不完全であっても自分が立てたテーマにこだわる」ことが重要だと、我々は考えました。そこで、(さまざまな限界があるものの)多くの場合に実施可能な重回帰分析を前面に打ち出しています。


自分の解決したい課題に対して、データをもとに仮説を立て、検証し、議論する。本書は、そのために必要な方法論と知的態度を提示することを目指しました。
探究学習に新たな光を与える一冊として、幅広く活用されることを期待しています。



 


教育図書ニュースでは、データサイエンスの知見を活用した公民科の授業案を今後もアップ予定です。実践校に「こんなこと聞いてみたい」というお問い合わせも募集しています。どうぞお楽しみに!



吉田 真大よしだ まさひろ

渋谷教育学園幕張中学校・高等学校教諭。東京大学教育学部卒・東京 大学公共政策大学院(GraSPP)修士課程修了。駒場東邦中学校・高等学校、三輪田学園中学校・高等学校を経て、2022 年度より現職。

橋本 想吾はしもと そうご

慶應義塾高等学校教諭。早稲田大学政治経済学部卒・早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。筑波大学附属駒場中・高等学校、早稲田大学高等学院・早稲田大学本庄高等学院を経て、2018 年度より現職。

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