少年法の厳罰化は、犯罪防止につながるか? 〜公民授業レポート
高校公民

『高等学校公民科×家庭科コラボによる「18歳成年」教育教材の開発』(教育図書・刊)では、公民科・
家庭科をつなぐ授業実践を紹介してきましたが、本稿では「法教育」をさらに一歩深める実践として、東京大学教育学部附属中等教育学校で行われた公民科授業をご紹介します。
今回取材したのは、「少年法の厳罰化」をテーマにしたディベート形式の授業です。
少年法の理念や近年の改正、闇バイト問題などを背景に、高校生一人ひとりが自分の立場を明確にし、互いの考えを提示しながらもお互いに耳を傾け合う、密度の濃い学びの時間となっていました。
ぜひ日々の法教育・主権者教育のご参考としていただければ幸いです。
東京大学教育学部附属中等教育学校での「少年法」授業

今回取材に伺ったのは、東京大学教育学部附属中等教育学校(以下、東大附属)です。公民科の授業として、以下のような実践が行われていました。
科目と単元
公民(政治・経済)
テーマ「少年法改正と厳罰化をめぐる是非」
授業概要
生徒が事前に少年法に関する法制度・統計・判例等を調べ、個人レポートを作成。その上で、
「少年法の厳罰化を進めるべき」とする立場
「現状維持・教育的機能を重視すべき」とする立場
など、複数の視点からの発表・討論を行う。
今回は2回目の授業で、「少年法の厳罰化」を推奨する立場の生徒がスライドを用いた発表を行うところからスタート。その内容をもとにクラス全体で深いディスカッションを展開した。
少年法の歴史的背景と理念(教育・保護)と、近年の厳罰化の流れとの関係を理解させる。
凶悪事件や闇バイトなど、メディアで取り上げられる事象に対し、感情論だけでなく法的・倫理的観点から多面的に考える力を育てる。
「法は何のためにあるのか」「社会は少年犯罪にどう向き合うべきか」という根源的な問いについて、自分の言葉で意見形成させる。
授業導入に至るまでの経緯
近年、日本では少年による重大犯罪が報道されるたびに、「少年法は甘すぎるのではないか」「もっと厳しくすべきだ」という世論が高まる傾向にあります。一方で、少年法は戦後直後、戦災孤児や貧困など、やむを得ない背景を抱えた少年を保護・教育する目的で整備された経緯があります。
加えて、2022年の民法改正により成年年齢が18歳に引き下げられたことに伴い、「特定少年(18・19歳)」制度が新設され、実名報道の解禁や逆送対象事件の拡大など、「厳罰化」を志向する制度変更も行われました。さらに、SNSを介した「闇バイト」や特殊詐欺への関与など、従来とは異なる形態の少年犯罪も顕在化しています。
こうした状況の中で、東大附属では、単に制度の仕組みを知るだけではなく、
少年法がなぜ存在するのか
なぜ改正が繰り返されているのか
「厳罰化」は本当に犯罪抑止につながるのか
といった問いを、生徒自身が当事者として考える必要があると考え、本授業が企画されました。
「少年法の厳罰化」をめぐる発表とディスカッション
導入:一人の生徒による「法とは何か」の問題提起
授業は、厳罰化賛成派の生徒によるプレゼンテーションから始まりました。
彼は冒頭で「法律とは何か」という根本的な問いをクラスに投げかけ、自身の考える法律観を提示しました。
「私が考える法律とは、自分がされたくないことを言葉にして、自分が所属する共同体の中で守らせることで、自分を守る仕組みです」
この生徒は、窃盗罪(刑法235条)を例に、「本来、人には『盗む自由』すらあり得たはずだが、国家という共同体への『権利の信託』によって、その自由を制限している」と説明しました。その代わりに、「盗まれない安心」という福利を享受しているのだという視点です。
ここから彼は、「もし国家がその役割(加害者を適切に裁くこと)を果たさないなら、国民は法の改正を求める権利がある」とし、少年法の厳罰化を議論する正当性を示しました。
少年法の仕組みと改正のポイント
次に、生徒は現行の少年法制度を整理して説明しました。
触法少年(14歳未満で刑罰法令に触れる行為をした少年)
→ 刑事罰は科されず、保護処分が中心。
犯罪少年(14歳以上17歳以下で罪を犯した少年)
→ 原則家庭裁判所へ送致され、
- 少年審判の結果、保護処分(少年院送致等)
- 一定の場合は検察官送致(逆送)により成人と同様の刑事裁判
のいずれかとなる。
特定少年(18・19歳)
→ 成年年齢引き下げに伴い新設。
逆送対象事件の範囲が拡大され、実名報道も一部解禁。
その上で、戦後まもない時期に少年法が「教育・保護」を目的に制定された背景や、「少年事件の処理は犯人に刑罰を加えることを第一の目的としない」とされていた原則が紹介されました。
一方、近年の改正では、特定少年に関する厳罰化・実名報道など、保護から抑止・制裁へと重心が移りつつあることも、具体的な法務省資料をもとに確認されました。
厳罰化を支持する論拠
発表者の生徒は、自身を「厳罰派」と位置づけながらも、「被害者感情のままに少年の人権を侵害すべきではない」と明言しました。そのうえで、次のような考え方を提示しました。
人権は「奪われた分だけ奪い返す」といった相殺の論理ではなく、普遍的なものとして扱うべきである。
罰はあくまで「加害者が負うべき責任」として科されるべきであり、復讐の手段であってはならない。
それでもなお、犯罪者の多くは損得勘定をして行動していると考えられるため、「合理的選択理論」に基づき、犯罪に伴う「損」の方を大きくすることで抑止効果を高めることは一定程度妥当である。
具体例として、SNS上で違法薬物や医薬品を販売しようとする投稿に対し、東京都や警視庁が「それは薬機法違反です」「販売中止を求めます」と投稿し、当事者が投稿を削除する事例が紹介されました。
「違法性を明示し、捕まるリスク=『損』を示したことで、実際に行動が変わった。これをもっと広く、少年法の領域にも応用すべきではないか」
とまとめ、厳罰化を「抑止力の強化」と位置付けました。
具体的な改正提案
発表では、少年院制度等に踏み込んだ具体的提案も示されました。
少年法適用年齢を「18歳未満」に引き下げ、特定少年制度を廃止する
→ 民法上は18歳で成年であるにもかかわらず、少年法では20歳未満を保護対象とする現状には整合性がないと指摘。
少年院の種別再編
再犯を繰り返す特定少年向けに新設された「第5種少年院」は、特定少年制度廃止とともに不要となる。
犯罪傾向が進んだ少年を教育中心に扱うのではなく、「自らの罪と向き合う場」として、少年刑務所的な機能に一本化すべきではないか。
このように、発表は法制度と運用を踏まえた具体的な改正案を提示する、論理性の高いものでした。
生徒の主な意見・議論の焦点

発表後、クラス全体で活発な質疑応答とディスカッションが行われました。
特に以下の点で、賛否が分かれ、議論が深まりました。
「教育か、罰か」―― 少年院の役割をめぐって
ある生徒は、少年院の本質的な役割について、次のように述べました。
「少年院でやっていることは、『もう二度とこんなことを起こさないように』という教育です。善悪の判断ができる状態にしてあげることこそが少年院の役割であり、単に罰を重くするだけでは意味がないのではないでしょうか」
これに対し、厳罰化派の生徒は、
「中学3年生にもなって『殴ってはいけない理由がわからない』という場合、個別に一から教えることには限界がある。『これをやると本当に大変なことになる』という現実を通して学ばせる側面も必要ではないか」
と応じ、「教育」と「抑止」をどのようにバランスさせるかという根本的な問いが浮かび上がりました。
「知らなかった」ことはどこまで許されるか
闇バイトなどのネット犯罪については、
「最近の中学校では、警察官を招いて闇バイトの危険性を教える授業が増えており、『知らなかった』という状況は減っているのではないか」
「一方で、スマホを持つ時期や地域差、家庭環境によって、情報の届き方には格差がある。『知識があれば手を出さなかった』層も確実に存在する」
といった意見が出されました。
ある生徒は、教育の重要性を次のように強調しました。
「反社会的な行為が『悪い』ことは何となく分かっていても、その行為が具体的にどの法律に触れ、どの程度の罰則があるのかまでは知らない生徒も多い。そうした『分岐条件』を知らないまま犯罪に巻き込まれる生徒には、まず教えることが必要だと思います」
特定少年制度の是非
成年年齢引き下げを受けて新設された「特定少年」をどう扱うべきかについても、意見が分かれました。
廃止賛成派
「18歳で成人なら、少年法で特別に保護するのはおかしい。特定少年は不要である」
慎重派
「18・19歳は大学進学や就職など環境変化が大きい時期であり、完全に成人と同じ扱いにするには不安もある。少年院や保護処分による『最後のセーフティネット』としての役割を残すべきだ」
また、特定少年の存在が「緩衝地帯」として機能しているのか、それとも逆に「まだ守られる」という安心感を与えてしまっているのかについても、さまざまな見解が示されました。
法改正で対応すべきか、運用で対応すべきか
ある生徒は、厳罰化に慎重な立場から、次のような趣旨の意見を述べました。
「闇バイトの増加は、少年法の抜け穴というより、捜査体制やSNS事業者との連携不足の問題ではないか。まずはそこを改善すべきで、すぐに少年法の厳罰化に結びつけるのは納得しにくい」
一方、発表者は、
「小さな問題だからといって見過ごしてきた結果、時代に合わない法律が放置されている面もある。『法律はそう簡単には変えないものだ』という空気そのものを見直す必要があるのではないか」
と反論しました。ここでは、「法律改正」と「運用改善」の優先順位や役割分担について、高校生なりの視点から踏み込んだ議論がなされていました。
教育的効果と今後の展望
「正解のない問い」と向き合う力
今回の授業で特徴的だったのは、「厳罰化賛成」「反対」といった二項対立にとどまらず、それぞれの立場のメリット・デメリットや限界を、互いに認め合いながら議論が進んでいったことです。
授業終盤には、ある生徒が次のように整理しました。
「結局、みんな『少年犯罪を減らしたい』『少年を救いたい』というゴールは同じなんですよね。ただ、新宿から秋葉原に行くのに、山手線の内回りで行くか外回りで行くかくらい、行き方が違うだけなんだと思います」
「教育重視」と「抑止重視」という二つのアプローチが対立するのではなく、どのように組み合わせればよいのかを模索しようとする姿勢は、高校生の議論として非常に成熟したものだと感じられました。
当事者意識と民主主義の学び
生徒たちは、少年法を「自分とは関係のない遠い制度」としてではなく、「自分たちと同じ世代の問題」「自分自身が将来関わるかもしれない法制度」として捉えていました。
怒りや不安といった感情に流されず、
法律の条文
歴史的背景
社会状況(闇バイト、SNS、成年年齢引き下げ)
を踏まえて議論しようとする姿勢は、主権者教育・法教育として大きな成果であると言えます。
また、「法律は変えられないもの」ではなく、「社会の変化や市民の意思を受けて、時間をかけて変えていくもの」であるという認識が、多くの生徒の中に育ちつつあることも印象的でした。
後日談
授業見学はここまででしたが、先生より、後日の学びについて聞かせていただきました。ハリー・ハーローのサルにかかわる実験を具体例として、生育歴についての考察を行ったとのこと。この実験は親から引き離された代理母(人形)をタオルで巻いた人形と針金がむき出しになっているトゲトゲした人形で比較し、子ザルがその後どのような行動に出るかを実験したもので「温かさ・柔らかさ・抱かれる感覚」といった安心感が愛着形成の中核であること、「初期の養育環境は情緒・社会性の発達を長期にわたって規定する」ことを示した研究です。他のサルに対して暴力的であったり、異常な性行為が見られるなど、生徒が調べた少年犯罪の統計に類似するところが見られたことを踏まえ、検討が進んだとのことでした。
今後の授業への示唆
今回の授業は、外部講師を招いた模擬裁判のような形ではなく、生徒自身が資料を調べ、立場を構築し、クラスメイトと対話する形で行われました。その分、生徒一人ひとりの負担は小さくありませんが、「自分事として考える」姿勢が強く現れていたように思います。
少年法や刑事手続に関する授業は、「制度説明」で終わってしまいがちです。しかし本実践のように、
現行制度の整理
改正の方向性と社会背景
自分たちの価値観や経験
を結びつけて議論させることで、「法をめぐる公共的な議論に参加する力」を育てることができます。これは、今後の公民科・公共・倫理等における学習においても、大きなヒントとなるでしょう。
少年法をめぐる議論には、単純な「正解」は存在しません。
それでも、東大附属の生徒たちは、自ら調べ、考え、友人と議論することで、「より良い社会のあり方」を模索していました。
法を学ぶことは、条文を覚えることではなく、
「どんな社会を望むのか」「そのためにどんなルールが必要か」を考え続けることでもあります。政治・経済はまさにその「構造を見て、構造を変えにいく」視点を身につけるための科目です。
今回の授業実践は、そのことを改めて実感させてくれるものでした。
東京大学教育学部附属中等教育学校 公民科 橋本先生、授業に参加させていただいた生徒の皆さん、ありがとうございました。
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