「“老いる”ってよくないこと?」からはじまる家庭基礎 公開授業レポート 東京学芸大学附属高等学校
高校家庭
2025年11月、東京学芸大学附属高等学校で公開教育研究大会が開催されました。
大会内で実施された公開授業には、全国から学校の先生や教職課程を履修する大学生が参加し、熱心に見学していました。
今回は、野澤凪沙先生による「老いること・歳を重ねること」と題した家庭基礎の公開授業の様子と、授業後の協議会のレポートをお届けします。
目次
ねらい
高齢化の現状やそれに伴う社会問題について学習を踏まえ、高齢者を支える立場から高齢者との接し方について考える。
授業展開(50分)
| 時間 | ◯学習の流れ ・生徒の活動 | *教員の指導と手立て | |
| 導入 | 5 | ◯老いることのイメージを共有する | *生徒の発言を否定しない |
| 展開 | 7 |
◯1. 高齢化の現状と、それに伴う社会問題について学習する |
*図表を多く用い、データを視覚的に理解できるよう努める |
| 6 |
◯2. 介護制度について理解する |
*介護保険制度、地域包括支援センターの存在について、その概要を説明する |
|
| 7 |
◯3. 介護の実態について考える |
||
| 7 | (2) A、Bの資料の内容を共有する | *A、Bが混ざるようにグループを再編成する | |
| 3 | (3) 共有した内容をもとに、介護者の負担感を減らすために必要なことについて考える | ||
| 5 | ◯4. 高齢者虐待の実態について理解する ・高齢者虐待の件数、加害者との関係、要因、発生原因等について学習する |
*介護疲れ等を起因とし、高齢者虐待が発生していることを伝える *必ずしも介護の先に虐待があるわけではないことを伝える |
|
| まとめ | 10 | ◯5. 高齢者を支え、共に生きる立場として考える ・社会で活躍している高齢者の活動を知るとともに、「手紙」(樋口了一)の歌詞に触れながら、自分なりの高齢者との関わり方について考える |
*高齢者と関わる上で必要なこととして、介護制度や社会保障制度等の「制度面」に加え、「心理面」から必要なことを自分なりに考えさせる *家庭環境や個人の価値観が大きく反映される内容であることから、生徒個人の考えを尊重する |
単元の評価規準
| 育成する資質・能力 | 4 | 3 | 2 | 1 | |
| 観点 | 持つべき視座 | ||||
| 知識 技能 |
課題自体を認識し、対立に対処する力(高齢化の実態を理解し、高齢化に伴う社会の変化について対応する力) | 高齢化の実態を十分に理解し、高齢化に伴う社会の変化に対応しようと考え、計画し、実行する力を身につけている。 | 高齢化の実態を理解し、高齢化に伴う社会の変化に対応しようと考え、計画を立てる力を身につけている。 | 高齢化の実態を概ね理解し、高齢化に伴う社会の変化に対応しうる最低限の力を身につけている。 | 高齢化の実態が理解できておらず、高齢化に伴う社会の変化に対応できる力を身につけていない。 |
| 思考 判断 表現 |
AARサイクルを回す力(高齢期の心身の特徴についての知識を踏まえ、自らの考えを持ち、高齢者に関わることができる力』 | 高齢者に関わる際に、高齢期の心身の特徴についての十分な知識を踏まえ、自らの価値観を反映させた考えを持つことができている。 | 高齢者に関わる際に、高齢期の心身の特徴について知識を踏まえ、自らの考えを持つことができている。 | 高齢期の心身の特徴についての知識がやや不十分であるが、高齢者に関わる際に自らの考えを持とうと努力している。 | 高齢期の心身の特徴についての知識が不十分であり、高齢者に関わる際に自らの考えを持つことができていない。 |
| 主体的に学習に取り組む態度 | 責任ある行動を取る力(主体的に課題に取り組み、ノーマライゼーションを実現しようとする態度) | 高齢者に対して興味関心を持って意欲的に関わり、ノーマライゼーションの実現に向けた主体的な態度をとっている。 | 高齢者に対して興味関心を持って関わろうとし、ノーマライゼーションの実現にふさわしい態度をとっている。 | 高齢者に対して明確な差別意識は見られないものの、関わろうとせず、ノーマライゼーションの実現には至らない態度をとっている。 | 高齢者に対して差別的な意識を持ち、極端に関わろうとせず、ノーマライゼーションの考えと程遠い態度をとっている。 |
導入:老いることはよくないこと?
授業は、野澤先生が「老いることのイメージはネガティブ?ポジティブ?どっちでもない?」と問いかけるところからスタート。
ネガティブと考える生徒が多いようです。
展開前半:高齢化のスピードと理由・少子高齢化で起きる3つの問題・介護保険制度
高齢化のスピードと理由
野澤先生は、日本の高齢化の現状と、世界各国の高齢化のスピードの比較について、グラフを示しながら次のように説明します。
「日本の高齢化率は1970年に7%、1994年に14%、そして2007年には21%の超高齢社会となりました。2070年には38.7%、つまり10人中4人は65歳以上の高齢者になると予測されています。高齢化率が7%から21%になるまでの期間が、フランス157年・イギリス100年・アメリカ89年と比較して、日本は30〜40年と、欧米の2〜3倍の速度で高齢化が進んでいます。」
そこで野澤先生が「なぜ急速に高齢化が進んだと思う?」と問いかけ、1分間のグループワークを行います。
短いディスカッションののち、生徒からは「医療が進歩したから」「出生率が下がったから」と声が上がり、野澤先生が「その2つが大きな理由。少子高齢化が同時に進んでいます」とまとめます。
少子高齢化で起きる3つの問題
続いて野澤先生が、少子高齢化が社会にもたらす影響を3つに整理して解説します。
- 経済成長にブレーキがかかる
15〜64歳の生産人口の人数と経済成長率GDPにはある程度相関関係がある。 - 現役世代の社会保障費の負担が大きくなる
社会保障の負担構造が胴上げ型→騎馬戦型→肩車型と変化し、将来的には、1人の現役世代が1人の高齢者を支えることになると予測されている。 - 労働力が低下する
とくに運輸・福祉・建設などの分野で人手が不足している。運動部が夏休みの合宿で借りた大型バスの費用が高騰していることや荷物の再配達など、身近な例をあげる。
介護保険制度
野澤先生が、介護保険料、ケアプラン、介護の社会化、要介護認定について簡単に説明したあとに、「ところで、介護にかかる期間はどれくらいだと思いますか? 1年? 3年? 5年? 10年?」と問いかけ、生徒に挙手で答えさせます。
「平均は54.5か月、4年と7か月ですね。介護にかかる費用は平均で月7.8万円かかるといわれています。なので、介護には約425万円かかるということですね」と野澤先生が具体的な期間と費用を示すと、生徒たちのあいだにどよめきが起こりました。
野澤先生は、先ほどの介護にかかる期間と費用の話に、介護施設の話を続けます。
「公的施設は、入居の条件は厳しいですが、お金はあまりかかりません。民間施設は、お金はかかりますが、入居の条件はゆるいです。入居費用は0〜数千万円、月額費用は10〜50万円と、幅はありますが介護にお金がかかることはわかりますね。」
展開中盤:在宅介護と老老介護を考えるグループワーク
ここで、(A) と (B) の2つの資料を元に、約15分間グループワークが行われます。
(A) 在宅介護の実態として介護疲れの体験談
(B) 12年間の老老介護の末に102歳の母親を殺害してしまった71歳の女性への判決を取材した記事
グループワークでは、在宅介護と老々介護の精神的・身体的・経済的な負担について考え、自分が介護をする立場だったらどのような支援が必要か、支援のために必要なことを話し合いました。
生徒たちからは「メンタルケア」「同じ境遇の人どうしのコミュニティ形成」「Uber Eatsのように介護用のオムツも持ってきてくれる行政サービス」など支援のアイデアが出されました。
展開後半:高齢者虐待、老いをポジティブにとらえる
高齢者虐待には5つの種類があること、2006年に高齢者虐待防止法が制定されたことを説明したあと、野澤先生は続けます。
「高齢者虐待は年間に約1万7千件発生しているそうです。虐待の種類でもっとも多いのは身体的虐待、虐待者でもっとも多いのは息子、おもな原因は介護疲れです。」
また、45%のひとがエイジズム(年齢に基づく固定観念、偏見または差別のこと)を受けたとする調査にもふれました。
一方で、82歳でゲームアプリを開発した女性や93歳でマクドナルドで働き続ける男性の事例も紹介します。
加えて、グラフを示し、アクティブ・シニア(今まで培ってきた知識やノウハウを活かし、就労し、活動をする高齢者)と、ディフェンシブ・シニア(就労意欲がある高齢者)を合わせると、高齢者人口のうち56.9%が仕事や趣味に意欲的であることも理解させます。
高齢期は延長。シニアLTVの開発は? – シニアマーケティング研究室|株式会社日本SPセンターシニアマーケティング研究室|株式会社日本SPセンター
まとめ:親から子への手紙、老いを自分のこととして考える
ここで先生は、樋口了一さんの『手紙〜親愛なる子ども達へ〜』という曲の歌詞を紹介します。
歌詞は、介護を受けている親から、介護をしてくれている自分の子どもに向けての手紙となっています。
樋口了一 / 手紙 ~親愛なる子供たちへ~(リリックムービー制作:中野裕之) – YouTube
授業の最後、先生は次のように締めくくりました。
「老いや介護に対する価値観や捉え方は人それぞれ。正解はありません。年をとりたくないと思っても、大切にしたいと思っても、どちらでもいいと思います。大切なのは、自分のこととして考えられるようになることです。」
研究協議会
公開授業の後の研究協議会では、提案者の野澤先生、参加者、助言講師の渡瀬典子先生から次のような意見が出されました。
野澤先生の自評・授業意図
- 生活エージェンシー(変化を起こすために、自分で目標を設定し、行動する力)の観点から、高齢者分野を扱う授業を設計した。
- 生徒に効率化志向が強く、「AIに聞けばいい」「安楽死でいい」などの極端な意見が出る現状に危機感をもっていた。
- 今後、地域の高齢者施設と連携し「認知症サポーター養成」など外部学習も模索中。
- 「自分自身も高齢者になる」という観点を完全には伝えきれなかったと認識。
- 一方「高齢者の世話は自分の仕事ではない」と明確に距離を置く声もあった。行政制度頼みの意見も多い。
協議会参加者の意見
- 高齢者と関わる際の希望が持てる、前向きになれる考え方(ユマニチュード)を授業に入れるのはどうか。
- 高齢者分野はコマ数が足りず、制度理解(年金など)中心となりがち。
- スマホ依存や「考える前にAIに聞く」傾向への対応が授業設計上の課題。
- 「虐待」「認知症」など、生徒によっては個人的事情と結びつく可能性のある語句に配慮が必要。
渡瀬先生のまとめ・理論的視点
- 高齢者へのネガティブな先入観を変化させる試みとして今回の授業は意味があった。
ただし「自分の高齢期をどう生きるか」まで目標設定につながる仕掛けがあるとよい。 - 次期学習指導要領でも、家庭科領域Aで「少子高齢化・多様な高齢者像」を扱う必然性が強調されている。
- ライフデザイン、社会保障制度理解は今後も重要性が増す分野。「認知症基本法」が示すように、本人の尊厳と希望ある生活の保障が社会の大きなテーマになる。
- 若い頃から老いを理解することは、自分の将来の“生き方戦略”にも直接関係する。
高齢期を学ぶことは「自分の未来を考えること」そのものです。
弱さを否定せず、支え合う社会をどうつくるかを考える学びが、家庭科には求められています。
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