高校生はショート動画と新聞をどのように比較するのか? – デジタル・シティズンシップの育成をめざす「政治・経済」の授業レポート(前編)
高校公民
現代のSNS社会における「主権者教育のあり方」を問いなおす。
若者のSNS利用が進む中、主権者教育の課題は単なる「投票行動の促し」や「政治的無関心の克服」だけとは言い切れないのではないでしょうか。
ショート動画などがもたらす情報構造を理解し、批判的に捉える力が求められています。
今回は、東京都立大崎高等学校・全日制の野呂航平先生に、ショート動画と新聞の比較を通してデジタル・シティズンシップの育成をめざす授業づくりをご紹介いただきます。
前編として、主権者教育の課題の問いなおしと、授業のねらいをご紹介いただきます。
主権者教育の課題は「政治的無関心」なのか?
はじめに、18歳選挙権(主権者教育)の前提について改めて考えてみます。
明るい選挙推進協会の調査によると、日本の選挙投票において、とくに10〜20代の若い世代の情報源として、SNSの影響力が高まっています*1。
そして、社会学者やジャーナリストをはじめとする複数の専門家によって、SNSでの情報発信や広告戦略により、ポピュリズムや印象操作・人気投票による世論形成が少なからず行われていることは指摘されています。
とくに2025年の参議院選挙では、陰謀論・ヘイトスピーチ・過激デマ・排外主義・性差別といった言説が「一つの立場」として躍進したことについて、SNSの影響が指摘されました*2。
日本の学校教育では、総務省や文部科学省により、選挙権年齢の18歳への引き下げを機に、投票行動を中心とした、外部機関との連携を視野に入れた主権者教育が奨励されるようになりました。
そして、そこでは「若者の投票率の低下」が定型的な課題として共有されてきました*3。
「政治的無関心」が主権者教育の課題であることは間違いないですが、本当に考えなければいけない課題は「政治的無関心」よりも、もっと根本的なところにあるのではないでしょうか。
まず投票行動を中心にしたアプローチには、「日本国籍保有者による投票行動」を政治参加の暗黙の前提とする消極的な論理があります。
これは、既存の制度や前提を無批判に受容・適応する態度を良しとする「かくれたカリキュラム」になりうるとして、背景や前提にある社会構造を批判的に問う必要性が主張されてきました*4。
さらに、現在のSNSにおいては、情報の単純化・感情化・断片化による、意見や思想の偏り・社会の分断・民主主義の危険の可能性が指摘されています*5。
実際に、勤務している高校や大学院生時代に勤務していた中学校で、
「おにぎりの食べ方が汚いX首相や国民に増税ばかりするY首相とは違って、親しみやすくて日本を変えてくれるZ首相」
「新しく創設されたα庁は税金を無駄づかいしている」
といった情報が、授業内に生徒から発せられることもありました。
情報源をたずねると、いずれもショート動画(YouTube・Instagram・TikTokなどのSNSに掲載される数十秒〜数分の短い動画)とのことでした。
背景には、現代の私たちがSNSによって設計された情報環境に深く組み込まれていることがあると考えられます。
メディア研究などにおいて、これは次のように説明されます。

以上から、この記事の執筆時(2026年9月)における主権者教育の喫緊の課題は、「政治的無関心」ではなく、SNSのしくみや特性を理解できていない、そして、自己や他者への想像力を政治参加の前提として共有できていないことではないでしょうか。
ここで、現在の状況そのものを立ち止まって批判的に捉える授業を構成する視点としてデジタル・シティズンシップというキーワードに注目してみたいと思います。
この記事は投票体験・外部機関との連携による主権者教育を否定するものではなく、その前提として必要であると考えられる社会認識形成を構想・実践するものです。
「ショート動画と新聞の比較」のねらい
デジタル・シティズンシップとは?
デジタル・シティズンシップとは、2010年代から欧米で論じられるようになった、デジタル時代に中心的に求められる教育目標の一つです。
日本でもICT機器やSNSの使用方法、オンライン広告の批判的検討などの授業実践が蓄積されてきました。
中央教育審議会においては次のように定義されます。
ICT機器の使用に抑制的になりやすい従来の「情報モラル教育」と比較されることが多い概念であり、次期学習指導要領に向けた議論でも話題に上がっています。
デジタル・シティズンシップ:自分たちの意思で自律的にデジタル社会とかかわっていくための資質・能力
各種の研究会による実践も蓄積されていますが、直接的に政治・選挙に踏み込んだ実践、とくに公民科という特定の教科にフォーカスしたものは、希少なものになっています。
そこで本稿では、主権者教育の中心的教科である公民科にフォーカスした、デジタル・シティズンシップの育成をめざす授業を開発・実践することで、これまでにあまり論じられてこなかった、教科の授業に注目することにします。
学習指導要領との対応
公民の学習指導要領の「第2章 公民科の各科目>第3節 政治・経済>2 内容とその取り扱い」の下記の箇所の学習として、「世論・マスメディア・第四の権力・SNS」といった概念を、先述した問題意識と結びつけて扱います。
これは該当部分の「内容の取扱い」における「世論の形成などについて具体的な事例を取り上げて扱い、主権者としての政治に対する関心を高め、主体的に社会に参画する意欲をもたせる」というねらいに合致します。
| A 現代日本における政治・経済の諸課題 (1)現代日本の政治・経済 イ 次のような思考力,判断力,表現力等を身に付けること。 (イ)政党政治や選挙などの観点から,望ましい政治の在り方及び主権者としての政治参加の在り方について多面的・多角的に考察し,表現すること。 【公民編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 (pp.128-129) |
| (内容の取扱い) (2)内容の取扱いに当たっては,次の事項に配慮するものとする。 ウ 内容のAについては,次のとおり取り扱うものとすること。 (カ)(1)のイの(イ)の「望ましい政治の在り方及び主権者としての政治参加の在り方」については、(1)のイの(ア)の「現代政治の在り方」との関連性に留意して、世論の形成などについて具体的な事例を取り上げて扱い、主権者としての政治に対する関心を高め、主体的に社会に参画する意欲をもたせるように指導すること。 【公民編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 (p.129) |
さらに、公民の学習指導要領の「第3章 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い>2 内容の取扱いに当たっての配慮事項」の下記の箇所の学習として、公民科全体の1年間の授業を通して情報活用能力を育成したいと考え、ICT機器と学校図書館に注目しました。
| (4)情報の収集,処理や発表などに当たっては,学校図書館や地域の公共施設などを活用するとともに,コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を積極的に活用し,指導に生かすことで,生徒が主体的に学習に取り組めるようにすること。その際,課題の追究や解決の見通しをもって生徒が主体的に情報手段を活用できるように するとともに,情報モラルの指導にも配慮すること。 【公民編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 (p.166) |
なぜ、ICT機器と学校図書館なのか?
ICT機器は、リフレクション記入や単元レポートの作成などで日常的に使用しています。
しかし、情報を調べたりまとめたりする際に、生徒が生成AIに大量の情報を出力させ、その処理が十分にできないまま、そのまま成果物として提出する場面が何度かありました。
教育学者である佐藤学による、学びは「対象・他者・自己との対話による意味と関係の編み直し」であるという立場に立てば*8、情報を整理して自分の言葉に落とし込めるような教育的介入が必要な状況であると捉えられます。
そこで、学校図書館における新聞の配備に注目しました。
文部科学省の調査データによると、95.1%の高校の学校図書館で、平均して3.5紙の新聞が配備されています*9。
私が勤務している高校では、全国紙5紙とブロック紙(朝日・読売・毎日・日経・産経・東京)を配備し、学校司書との連携のもと、「情報センター」や「学習・探究センター」として活用できるようになっています*10。
また、先に紹介した明るい選挙推進協会の調査においても、若者の情報源としてSNSに大きなシェアがある一方で、新聞のような活字メディアの使用率は極端に低いというデータがあります*1。
さらに、20年以上にもわたって学会として蓄積・共有されている、新聞活用の授業実践に視点を広げてみると、デジタル時代における実践の具体や価値を探究することが現代的課題とされています*11。

3つのポイントを押さえた公民科「政治・経済」の授業開発
以上を踏まえて、次の3つのポイントを押さえた「政治・経済」の授業を開発・実践することにしました。
- ショート動画による印象的・断片的な政治認識に対する批判的視点を共有するために、取材・編集を経たジャーナリズムによるマスメディアである新聞記事を対照的で信頼性の高い情報源として比較させる。
- 特定の正解や抑制的な態度ではなく、自分の考えをもって議論することを重視するデジタル・シティズンシップの性格を意識して、「SNS=悪/新聞=善」の二項対立に回収しないオープンエンドな展開を意識する。
- 若者やマイノリティの声といった、これまでの主流メディアが十分に拾うことができていなかった社会の側面を可視化するツールとしてSNSが機能してきた事象(性暴力被害を訴えるフラワーデモ、各種のクラウドファンディング、入学しない大学の入学金支払を批判する学生団体など)にも着目し、「SNSと政治の良好な関係に必要な社会のルール」をデジタル時代の最前線の当事者である高校生の日常生活を起点に考える。
後編は、実際の授業の計画と実践をご紹介いただきます。
授業のおおまかな流れは以下になります。
1時間目 SNSによる世論や選挙への影響と課題を共有し、SNSで見た政治に関するショート動画を提出する
2時間目 ショート動画を分析する
3時間目 ショート動画の題材に近い新聞記事を分析する
参考情報
- 第50回衆議院議員総選挙全国意識調査 ―調査結果の概要― | 公益財団法人 明るい選挙推進協会
- 「あの選挙」はなんだったのか 2024衆院選・2025参院選を読み解く | 青弓社
- 総務省|高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来」
- 主権者教育論―学校カリキュラム・学力・教師 | 春風社 Shumpusha Publishing
- 関係情報:情報通信関連:情報通信白書令和5年版
- 操られる民主主義 | 草思社
- フェイクニュースを哲学する/山田 圭一|岩波新書 – 岩波書店
- 新版 学校を改革する/佐藤 学|岩波ブックレット – 岩波書店
- 第6次「学校図書館図書整備等5か年計画」:文部科学省
- 東京都子供読書推進計画 » 東京都子供読書活動推進計画
- 探究の学びを拓くNIE – 京都新聞出版センター
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