マンガで考える授業 「自由」の境界線はどこにある?
高校公民

権利や自由、法の役割といった概念を現実社会の問題と結び付けて理解することは、公民科における課題の一つです。
今回は、城北埼玉中学・高等学校の渥美龍嗣先生による、マンガを用いた授業レポートをお届けします。法の授業の第2回目として教科書のマンガを導入に「ルールとは何か」を考え、生徒自身で新しい競技のルールづくりにも挑戦しました。

「見えないルール」
授業開始、教室には漫画のひとコマが映し出されました。画面には、3つのボールを独占する人、ボールを持ちながら1人でゲーム機に興じる人、ボールを埋めてしまう人など、それぞれが自由に振る舞いながらも、「サッカー最高!」と笑い合っている絵が描かれています(教育図書「新訂版 高等学校 公共」p.70)。
一見すればバラバラな行動ですが、彼らの間で特にトラブルは起きていないようです。

「好き勝手にやっているのに、なぜ衝突が起きていないのだろう?」
先生の質問に対し、ある生徒が答えました。
「他人の持ち物を奪わないという倫理観があるから」
先生は問いを深めます。「確かにそうですね。しかし、果たしてそれだけでサッカーは成立するのでしょうか? 漫画の中では自由に振る舞っているようでいて、実は『見えないルール』は存在していませんか? 漫画ではボールがたくさん描かれていますが、もし1つしかなかったら奪い合いになります。ほかにも、グラウンドという共通資源があるからこそ、個人の自由が衝突せずに済んでいます。この共通資源は誰が管理し、整理するのでしょうか?」
生徒たちからは「国」「自治体」「学校」といった答えがあがります。
ここでまず、自由とは単に各自の好き勝手を放っておかれる状態ではなく、自分たちの自由は何かによって支えられていること、誰かが支えることで初めて成立しているものであることが浮かび上がってきました。教室では、「自由を最大限に実現するためには、それを支える公的な枠組みが不可欠である」と整理しました。

ミルの自由論と、他者危害原理
次に、もう一歩具体的な問題へと議論を進めます。
先生はJ.S.ミル『自由論』の文庫本を手に取り、生徒たちに見せながら、自由を定義した箇所を引用して朗読しました。
「壊れて崩れそうな橋を渡ろうとする人がいても、注意はしても強制的に止める権限はない。渡る本人の自由を強制的に奪う権限はないのである」。
先生は、自転車のヘルメット着用の努力義務や米国の銃規制をめぐる論争に触れながら、法律とは社会の調和を実現するために設計されるものであり、「どこまでが個人の自由で、どこからが社会による介入として正当化されるのか」という境界線を考えることが重要だと説明しました。
教室では、自由は無制限に認められるものではなく、他者との関係や社会全体の納得の上に成り立つものであること、そして、法規範はそのバランスを探りながら形成されていくものであることを共有しました。

新しい設計思想でサッカーを創造してみよう
授業の後半は、グループごとに「オリジナルサッカー」を考案し、名称をつけるグループワークに12分間の制限時間で取り組みました。
先生はマンガを例に、「グラウンドでカップラーメンを食べるのはサッカーでしょうか? 設計思想が論理的に説明できるのであれば、それもまた一つのルールになり得ますよ」と生徒の発想を促します。



生徒たちのアイデアを少しご紹介します。
A班 ドローンサッカー
科学技術とサッカーを融合させ、個人の身体能力ではなく、センサーでの操作性を競うサッカー。ボールに遠隔操作センサーを取り付け、ピッチ外の6人がコントローラーでボールの動きを操作する。ピッチ内の5人のプレイヤーは、変幻自在なボールの動きと連動しながら走り回るという、未来型のハイブリッドスポーツ。
B班 ファミリー・サッカー
大人と子どもが混ざってプレーする。大人と子どもの身体的格差はルールで調整し、誰もが安全に楽しめるように工夫。大人には「シュート禁止」「走行禁止」「3タッチ制限」という厳しいハンデを課す。逆に子どもは走行もシュートも自由でタッチ制限もなし。ケガを防ぐためにキーパーは置かず、スローインはすべてキックインに変更。参加者の属性に合わせた大胆な制度設計がなされた。
C班 ビリヤード・サッカー
広大なサッカーコートを巨大なビリヤード台に見立て、交代制でビリヤードの要領でボールを転がすサッカー。11人対11人のチーム戦だが、全員が同時に動くのではなく、1人ずつ交代でボールを蹴り合い、交互にゲームを進めていく。2つのスポーツのルールを融合させることで、参加者全員に活躍機会が与えられている。
D班 タグ・サッカー
6対6で対戦し、フィールドにはボールは2つ投入する。プレイヤーは全員腰にタグをつけ、相手のタグを取りながらボールをゴールへ運ぶ。ゴールを決めると、取ったタグの分だけ点数が加算される。単にゴールを狙うだけでなく、鬼ごっこのようなディフェンス能力や戦略性も要求される。

各班の発表は、タブレットを通して生徒たち全員で採点をしました。採点項目は➀独創性、②目的との整合性、➂実現可能性です。1位は独創性で高得点をとったビリヤード・サッカー、2位は実現可能性で高得点だったファミリー・サッカーとなりました!

主権者としての役割
発表後、先生は黒板に「主権者」と書き、生徒全員がそれを確認すると、続けてこう書き加えました。
主(体的に)権(利を行使できる)者
最後、中学校公民で学んだハンセン病問題を再び取り上げました。
国家は自由を制限する存在なのか、 それとも自由を支える存在なのか、今後の授業展開への布石を打ちつつ、生徒たちの視点は目の前の人との関係から社会や政治の場へと広がり、授業は締めくくられました。
社会を構成する全ての個人が最大限に尊重され、一人ひとりの幸福が実現できる社会の形成と維持に向けて他者と協働できる主体となるためには、何が必要なのか。本時では、オリジナルサッカーを考案する活動を通して、与えられたルールに従う立場ではなく、ルールを設計する立場を体験しました。
12分間という限られた時間であっても、生徒たちは競技の目的を設定し、それを実現するためのルールを構想しました。その中で、多様な人々の参加や公平性、協働のあり方について考えを巡らせながら、ルールや制度が特定の価値や目的を実現するために設計されていることを理解しました。
渥美先生は、「社会の制度や仕組みを自明のものとして受け止めるのではなく、それらを主体的に構想していくことができるよう、よりよい社会の形成に参画する主権者としての資質・能力を育成する契機にしたいと考えています。法規範は政治家や専門家のみが形成するものではなく、そのあり方は主権者である国民によって決定されるものであるという認識を育むむことが、本時のねらいです」と教えてくださいました。

城北埼玉中学・高等学校では、総合的な探究の時間と連携し、入学後に自己分析アセスメントを実施しています。自らの特性について、自己評価と他者評価を比較しながら客観的に見つめ直す機会を設けることで、相互理解を深めています。こうした取り組みも、生徒同士が主体的に学び合うクラスづくりにつながっているようです。
先生は、過去の授業で漫画の続きを生徒たちに執筆させ、さらにカツラなどの小道具を使って寸劇(身体表現)で再現させるというアプローチも試みたことがあります。
先生曰く「表現力の評価はどうしてもレポートなどの言語表現に偏りがちですが、演劇の手法も含めて身体性を取り入れることで、普段遠慮してしまう生徒の殻を破ることもでき、反対に、賑やかなタイプを集中させる効果もあります」とのことでした。
渥美先生、クラスの皆さん、ご協力ありがとうございました!
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