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現在、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構は、宇宙活動を通じて得られた知識や技術、データ、成果を基に、学校や地域社会と連携し、教育活動を展開しています。今回は、宇宙教育センターの塚脇さんと広報部の宮里さんにお話を伺いました。
目次
編集部:JAXAは、プログラミングの授業などで相模原市の先生方と協力してきたと聞いていますが、プログラミング教育の支援について現状を教えていただけますか?
塚脇 最初はJAXAの衛星の部門が、ビジュアル型プログラミング言語「Scratch」で動かせるプログラミング教育コンテンツを考えようということで、宇宙教育センターに企画を持ち込み、Scratchでプログラミングすることで宇宙開発について体験できるような教材をいくつか開発してきたという経緯があります。今でも相模原市の中学校の技術の先生方との連携はありますが、特に教科にこだわりはなく、先生方が扱いやすいような動画や、授業で使えるスライド、学習指導案のたたき台などを含めたパッケージ教材を作っています。まだそんなに多くはないですが、色々な分野でいくつかのコンテンツを用意しています。例えば、技術分野に関わりそうなところで言うと、衛星のデータを使って森林について学ぶというものがあります。メインは社会科で使ってもらうことを想定しているのですが、地球観測衛星が日本の森林の観測をしているという話を導入として、日本の森林について学んでいくという内容になっています。学習指導案についても、相模原市教育委員会と連携して内容を監修していただき、学習指導要領に基づくものになっています。動画に出てくるスライドは編集可能なパワーポイント形式でダウンロードができ、ワークシートもダウンロードできるようにしています。
宇宙で授業パッケージ | 宇宙から見た地球って?【森林とともに生きる】 | JAXA 宇宙教育センター
編集部 宇宙教育には、学校教育支援や社会教育支援、体験的学習活動の提供など色々あると思いますが、そうした支援について教えてください。
塚脇 教材を作った時は授業連携という形で、実証も兼ねてより広く使ってもらえるように、全国各地の学校で授業、実習などを行っています。例えば、こちらはScratchを使って人工衛星が地球の周りを正しく周回できるようにするという教材です。この教材についても、実際にいくつかの学校にJAXA職員が伺って授業を行いました。
JAXA 宇宙教育センター:宇宙教育教材:人工衛星・地球観測を学ぼう!(人工衛星編)
編集部 これまで中学校でそうした支援をしたことによって、特に成果のあった事例はありますか?
塚脇さん 宇宙教育というと先生方は理科の宇宙分野を教えてくれるのではないかとか、 宇宙開発の担い手となるきっかけとなるような話をくれるのではないかということを期待されていますが、そのようなことは全くありません。宇宙という素材を導入に使うのもいいですし、授業全体に組み込ませてもいいのですが、宇宙を一つの手段として、いろいろなことを学んでいこうということをコンセプトに、宇宙教育センターは活動しています。宇宙教育には「好奇心、冒険心、匠の心」などの理念があります。根底ではリテラシーの部分を含め、「いのちの大切さ」というものを大事にしながら、自分で試行錯誤できるようになってほしいと思っています。宇宙はそのきっかけである、というコンセプトで現場に向かいますので、そのギャップに驚かれることが多いかなと思います。
編集部 宇宙教育といっても、宇宙やロケットだけに興味を持ってほしいというわけではないのですね。
塚脇 そうですね。宇宙教育センターでは、我々が先生方にいろいろな教材を紹介することで、宇宙をきっかけとしていろいろなことを考えてもらい、心豊かな青少年が育っていけばというところで活動しています。
編集部 宇宙教育を通じて、未来を創造できる生徒になるためには何が大事ですか?
塚脇 宇宙に絡めた話であれば、多様な視点で物事を見てみることが大事だと思います。例えば、国際宇宙ステーションなどの微小重力空間では椅子に座る動作は全くない、というよりほとんどできません。私たちは小・中学校で授業を受ける時に椅子に座っていますが、その概念自体が宇宙ではないということも一つのヒントになるのではないかと思い、よく導入で話をします。
宮里 未来ってどのぐらい先を考えられていますか?
編集部 今の中学生が大人になった2050年くらいでしょうか……。
宮里 国際宇宙ステーションは2030年まで運用を延長し、その後は民間企業が微小重力環境の中でいろいろな実験をしていきます。JAXAはどうなるかというとアメリカや諸外国と一緒になって月に行こうとしています(アルテミス計画)。我々は将来、月に滞在して持続的に探査を行うということを考えています。そうなった時に地球上にある全てのものが月で必要となります。つまり、これからは学んできたことが月で必要になるのです。例えば、ある料理人が「その料理を作るのは誰にも負けません」というものであれば、「ぜひ月に行ってレストランで働きませんか」となるのです。そしてそれは、そんなに遠い未来ではないのです。ですから、今の学び全てが必要になってくると思います。
将来の月面基地(イメージ図)「提供:JAXA」
編集部 中学生や高校生へのメッセージなどがあればお聞かせください。
塚脇 私自身、全然未来を予測できていませんでした。例えばYouTuberやVtuberなどの動画配信をするような人が台頭してくるということも全然予想していませんでした。いろいろな職業が多様化しても、やはり根っこにあるのは学びであり、好き嫌いせずいろいろなことを自分ごととして学んでいくのが大事なのかなと思います。学んだことがどこで生きるかは本当にわかりません。例えば、高校の頃は微分・積分なんて使う場面があるのかなと思ったりしていましたが、微分・積分自体よりもそうした考え方や、そこに行き着くプロセスが大事で、気づいていなかったところでそれが役に立っていることを実感しています。私自身、元々宇宙関係のことを学んできたわけではなく、大学も農業系でした。農学部出身で今宇宙のことに携わっていています。本当に人生何があるかわからないので、いろいろなことを学ぶこと、好きなことをやるために嫌いなことも含めて知っておくことが大事ではないかと思います。
将来的に人類の活動領域を火星へ拡大(イメージ図)「提供:JAXA」
編集部 今年の2月中旬に各新聞紙でも報道されたように、全国の公立中学校で技術を教えている先生のうち、約23%の先生が正規の教員免許を持っていないという現状があります。このような状況についてどのように感じられますか?
塚脇 我々にできることは誰もが扱いやすく、学習指導要領からも外れずに使える教材開発になるかと思います。
編集部 今年の8月に文部科学省の夏季開催研修「未来を創る技術教育」では、はやぶさ2拡張ミッションチーム長の津田雄一さんも講師として参加されます。「『技術』授業が変わる!教員向けスキルアップ」ということです。文科省としては、技術のおもしろさを伝えたいのだと思いますが、中学校の技術分野で教えてほしいと思われることは何でしょうか?
塚脇 技術分野についてはものづくりのイメージがあり、その中に木材加工や金属加工、栽培、回路のしくみや、情報技術などがあります。例えば、宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで行っていることを思い浮かべると、全てが直結しているのが技術分野だと思います。特に自分の手で動かして作り出すことや、作り出す中で試行錯誤するということは、とても重要だと思っています。いろいろな実習をしたりとか、ものを作ったりということがこれからも変わらず重要なのかなと思います。
編集部 今技術分野に限らず、いろいろな教科で問題解決的な学びというものが重要視されていますが、問題解決についてはどのようにお考えでしょうか?
塚脇 いろいろな課題があってそれをクリアするという問題解決においては、例えば宇宙のことを解決するにあたって国語の知識が必要だったり、場合によっては英語が必要だったりするように、まんべんなく小学校や中学校で勉強してきた事が下地になるということが、今も昔も変わらないのではないかと思います。
宮里 例えばはやぶさ2のミッションは、問題を解決することよりも問題を起こさないための訓練をどれだけしたかが重要でした。コンピューターが想定外なことを起こしてしまった場合に、運用する側がいかにそれを的確に処理していくかという訓練をやってきたわけです。「ここではこういう問題が発生するかもしれない」という予想に対して、搭載されているコンピューターが自分で解決する。それができないのであれば、地上からこういうコマンドを打って、こういうリセットをかける。あるいは、こことここをつなぎ直せば……と、そういうのをずっと積み上げています。問題が起きた時にすぐに対処できるように事前の準備がなされているのです。
編集部 今中学校の現場の先生たちと話をしていると、問題解決型学習が叫ばれていますが、そもそも問題が見当たらないということが多いように感じます。今のお話を聞いていると、問題があるという想定をしながらそれをクリアしていくためのストーリーをきちんと積み上げていると感じました。これを教育現場で実践するためのアドバイスなどはありますか?
宮里 正直難しいかと思います。学校で、というのは時間がないですよね。しかし、物事を進めていく上でどのようなリスクがあるかという議論はできると思います。すでに先生たちはされていると思いますが……。
編集部 最後に先生への応援メッセージをお願いします。
塚脇 日々のいろいろな業務に忙殺されていて頭が下がる思いです。ライフワークバランスをしっかり保って、体に気を付けていただきたいと思います。われわれもお役に立てられるような教材をさらに開発できればと思います。
宮里 先生にぜひお願いしたいことは、教わることを学ぶ生徒ではなく、考えることを学ぶ生徒を育ててほしいということです。社会人になって何か問題があったときに、先輩や上司に「どうしたらいいのでしょう」ではなく、「こういうことが起きて、私はこういう風に考えるのだけれども、これでどうでしょう」と聞ける人になってほしいと思います。そういう生徒を育ててほしいなと思います。生徒たちは、教わることを学んで社会に出るのではなく、考えることを学んで社会に出てきてほしいと思います。
宇宙ステーションと将来活動(イメージ図)「提供:JAXA」