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2010年代以降、「どのように授業にアクティブラーニング(以下AL)を取り入れていけば良いのか?」という議論が学校現場で盛んに行われるようになり、ALの授業実践に関する教育書も多数出版されています。この言葉はもともと大学教育の質向上に関する2012年の中教審答申で登場したもので、現在の中学・高校の学習指導要領ではALではなく「主体的・対話的で深い学び」という表現が採用されていますが、今なおALは学校現場におけるホットトピックの一つとなっています。
こうした変化の中で、授業におけるゲームの活用にも注目が集まっています。これまで学校での学習と対立するものとして否定的に捉えられることが多かったゲームですが、最近では「学習意欲が高まる」「学びへの没入感が自然と生まれる」「チームワークスキルやチャレンジ精神を養える」といったゲーム活用の積極的な意義を指摘する研究が紹介されるようになっています[注1]。「モノポリー」「マインクラフト」「LEGO®」などを活用して遊びと学びを融合させた授業を行う学校も増えつつありますし、社会科においても「貿易ゲーム」など有名なゲームの授業実践があります。学習のためのゲームのデザインは、今後より重視されるようになるでしょう。
では、公民科の授業においてどのようにゲームを活用することができるのでしょうか。今回は、現在勤務している早稲田大学高等学院中学部の中3社会(公民分野)の授業で実施したゲームをご紹介したいと思います。
[注1] ライゲルース、ビーティ、マイヤーズ編(2020)第8章など
今回ご紹介するのは、戦後の国際情勢を理解するために行った交渉ゲームです。この交渉ゲームは戦後国際政治史の授業の初回で行ったもので、外交交渉の難しさや核兵器保有の意味を実感してもらうことを狙いとしました。
授業の最初に「ゲーム理論」と「囚人のジレンマ」について簡単に解説した後、2種類の交渉ゲームをペアで実施しました。
ゲーム1は、完全情報の繰り返しゲームです。生徒はA国とB国に分かれ、「平和」と「攻撃」のカードのうちどちらか一方を選んで同時に出します。出したカードの組み合わせによって、以下の表の通り点数を獲得します。このゲームを7回繰り返し、「できるだけ多くの点を獲得する」ことを目指してもらいました。今回は一般的な囚人のジレンマの利得表を用い、お互いに7回とも「平和」を選択できれば21点ずつ獲得できる設計にしました。
ゲーム2は、不完全情報の繰り返しゲームです。ゲーム1と同様に「平和」と「攻撃」のいずれかを選ぶゲームを7回行い、「できるだけ多くの点を獲得する」ことを目指してもらいましたが、今回はクラスのうち10名程度にランダムで「核兵器」のカードを配布しました(残りの生徒にはダミーのカードを配布しました)。核兵器のカードを受け取った生徒はゲーム中1回だけ核攻撃を行うことができ(必須ではない)、核攻撃を行うと相手国の点数が0にリセットされるという設計にしました。
ゲーム1と大きく異なるのは、相手が核兵器を持っているかどうかが分からないため、相手国との交渉がより重要となる点です。交渉を通じて「相手国が核を持っているか否か」の情報を引き出し、核を持っている国はその立場を最大限に活用しながら、核を持っていない国は弱みを握られないようにしながら点数を積み上げていくことが求められます。
【ゲーム1の得点表】
【ゲーム2の得点表】(R:得点リセット)
交渉ゲームの結果を記入したワークシートを提出してもらい、次の授業で集計結果を提示しながらフィードバックを行いました。以下、中3の生徒120名の結果を見てみましょう。
まず、ゲーム1の結果です。
注目すべき点は、4回目以降に3点(互いに平和)の割合が減り、その代わりに1点(互いに攻撃)の割合が顕著に増えていることです。7回目に両国とも「平和」を選択できたのは20%に留まりました。この結果から、どちらか一方が裏切り始めると互いに「攻撃」を選択する状況に陥りやすくなることが分かります。
続いて、核兵器を導入したゲーム2の結果です。
核兵器を導入したことで、より一層「平和」を選択しづらくなったことが分かります。7回目に至っては、両国とも「平和」を選択できたのは1.7%のみでした。核を使われるかもしれない不安から相手国を信用できなくなり、ゲーム1以上に「平和」を選択するインセンティブが弱まったことが窺えます。
また、核兵器を手に入れた国のうち、半数以上が7回目に核を使用しています。このゲームは有限繰り返しゲームのため、どうしても最後の7回目だけ攻撃することにメリットが生じてしまいます。しかし、実際の外交交渉の性質は無限繰り返しゲームに近いため、今回のゲームと現実の外交の違いについてはフィードバックで言及しました。ワークシートの感想欄でも、「ゲームの時は終わりが分かっていたから核も使えたが、外交のように終わりが見えない場合が冷戦なのだと気付いた」という繰り返しの性質に着目したコメントがありました。
最後に、両ゲームで生徒が獲得した得点の分布を見てみます。核兵器の導入により、ゲーム2の方が全体として得点が低くなっています。もう一つ注目したいのが、21点以上を獲得した人の割合です。両国とも「平和」を選択し続けると21点となりますが、今回21点以上を獲得できたのはゲーム1で21.6%、ゲーム2で10.8%に留まりました。より高い点数を得ようとして一度裏切ると、「攻撃」をお互いに選択する状況に陥ってしまい、結果として21点に届かないというジレンマが多くのペアで発生したことが分かります。こうしたジレンマの発生は、ゲーム理論や国際政治学の研究でも指摘されている通りです。
冷戦の性質について、「安全保障のジレンマ」「核抑止」「相互確証破壊」などの用語を紹介しつつ講義形式で解説することも可能でしょう。しかし、交渉によって他国と協力関係を築く難しさを体感し、ゲームの集計結果を見ながら振り返りを行うことで、「なぜ核が重要な外交カードになるのか」「なぜ大国間の核軍縮は困難なのか」という点が理解できるようになり、戦後国際関係史の全体像も見通しやすくなります。このように、ゲームの活用によって自然と学びが発生する場を創り出すことが可能となるのです。
さらに今回は、希望者を募って「ディプロマシー」というボードゲームを特別授業で実施しました。このゲームは、プレイヤーが第一次世界大戦前の緊張関係にある欧州列強7ヶ国をそれぞれ担当し、覇権を巡って争う戦略ボードゲームです。運の要素は一切なく、他国との交渉のみでゲームが進んでいきます(1959年に発売された古典的ボードゲームで、キッシンジャーが愛好したことでも知られています)。所要時間が5時間超という大作のため、通常の授業内で取り組むのは困難ですが、時間さえ確保できればプレイする価値が大いにあるゲームだと思います[注2]。
先ほどの2種類の交渉ゲームはいずれも相手が一ヶ国であり、行動の選択肢も限られていました。しかし、ディプロマシーでは全体の情勢を見ながら仮想敵国や同盟国をその都度決めなければなりません。当然交渉も複雑になり、一度結んだ同盟を破棄して裏切らないと勝てない場面も出てきます。外交のリアリズム的な側面を強調したゲームである点には注意が必要ですが、このゲームを通じて外交戦略の重要性や交渉を実現させるコツなどを学ぶことができます。
ディプロマシーやモノポリーなど、長く遊び継がれているゲームはルールやパワーバランスが適切に設計されているものが多く、交渉や協力などの要素も上手く織り交ぜられています[注3]。「独自のゲームを考案するのは難しい」と感じられる先生も多いと思いますが、既存のゲームを取り入れることでゲーム活用のハードルも下がるのではないかと思います。
[注2] 麻布高等学校の先生が、ゲーム理論を踏まえてディプロマシーを行う授業実践を紹介されています。以下の「ディプロマシーで体感するゲーム理論」を参照。https://www.slideshare.net/takayukihayashi965/ss-233426570
[注3] 既存のボードゲームのメカニクスを仔細に分析したものとして、シェレブ、エンゲルステーン(2020)があります。
新科目「公共」では他者との協働や合意形成が重視されており、学習指導要領の解説にも「他者と協働して多面的・多角的に考察、構想するとともに、協働の必要な理由、協働を可能とする条件、協働を阻害する要因などについて考察を深めることができるようにすること」という記述があります。こうした他者との協働や合意形成のあり方を学ぶうえで、ゲームを活用できる余地は大いにあると考えています。
また、中高生が熱中しがちなスマホゲームの多くはあまり思考を働かせずに遊ぶことができてしまう「消費」の側面が強いものですが、今回ご紹介したような交渉ゲームは自分なりに戦略を編み出したり他者と連携したりすることが必要な「創発」の側面が強いものといえます[注4]。WHOがゲーム依存症を正式に疾病として認定するなど、ゲームの中毒性との向き合い方は大きな課題となっていますが、こうしたゲームの性質の違いを意識することで学習にも上手くゲームを取り入れていくことができるのではないかと思います。
もちろん、何でもゲーム形式にすれば良いというものではなく、ゲームだけで全ての学びを完結させられるわけではありません。単に「楽しかった」で終わらないようにするためには適切な目標設定やフィードバックが求められますし、どのような学びの文脈の中にゲームを位置づけるかが重要となります。また、授業内でゲームを活用する場合、「相手に勝ちたい」という競争意識が前面に出てしまうことが多いため、過度に競争を煽ってしまうようなゲームではクラスの人間関係を崩してしまいかねません。競争だけではなく、他者との協働を実現できるようなゲーム設計がカギとなります。
しかし、ゲームの設計さえ適切に行うことができれば、ゲームの活用は大いに学びを豊かにしてくれることでしょう。遊びと学びの融合が今後どのように進んでいくのかに着目しつつ、私自身もゲームを活用した授業のあり方をさらに模索していきたいと考えています。
[注4] かえつ有明中学高等学校などでは、探究学習の一環として新しいボードゲームの開発を行っています。制作にあたっては、ゲームのメカニクスを理解したうえで自ら適切なルール設計をする必要があるため、新しいボードゲームの開発は教員が用意したゲームをプレイする以上に「創発」の側面が強い活動といえます。
〔参考文献〕 C.M.ライゲルース、B.J.ビーティ、R.D.マイヤーズ編(鈴木克明監訳),2020,『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』北大路書房.
I.シェレブ、G.エンゲルステーン(小野卓也訳),2020,『ゲームメカニクス大全 ボードゲームに学ぶ「おもしろさ」の仕掛け』北大路書房.