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学校教育の問題点としてよく指摘されるひとつに「教科の縦割り」があげられます。各教科の授業がタコ壺化しており横のつながりがほぼないため、学習内容を俯瞰する広い視野や知識の応用力が身につきにくいという問題です。これは今の学校システムやカリキュラム構成に原因があるため、一朝一夕に解決できるものではありません。
そんな中、家庭科と公民科の先生が協力してコラボレーション授業を実践している高校があります。本稿では、東京都立国際高校の家庭科・岩澤未奈先生と公民科・宮崎三喜男先生のコラボ授業のレポートをお届けます。
目次
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そもそも家庭科と公民科にどのようなつながりがあるのでしょうか。
「たとえばお金や消費の授業は、かなり重なる部分が多いんです」と宮崎先生。「私は現代社会を教えていますが、公民の授業ではお金の役割や金融の仕組みを社会的な視点から捉えます。一方、家庭科では家計という身近な視点からお金について考えます。当然、このふたつは密接につながっていて、どちらの授業も大切なのですが、別々の教科で学ぶよりも同じ授業で一緒に教えた方が効率よく、また生徒の理解が深まるのではないかと考え岩澤先生とコラボ授業を始めました」
「そうですね、家庭科では18歳成人が2022年に迫っていることもあり消費者教育、金融教育に重点が置かれるようになってきています」と岩澤先生。「それで公民科の宮崎先生にいろいろ相談しているうちに、だったら一緒に授業をやってみようとなったのがきっかけです。二人の時間が合うときに、年数回実施しています。今年で3年目になりますので、息が合ってきたこともあり生徒の評判も上々ですね。先生がふたりも登壇するので特別な授業という印象もあるみたいですね」
今回は高校2年生を対象にした「家庭総合」の授業に公民科の宮崎先生がスペシャルゲストとして参加する授業を見学しました。
テーマは「家計と投資」。教科書でいうと図1のページになります。
最初の10分は岩澤先生が家計の基礎についての講義を行いました。お金が家庭の中で、どのように入り、出て、貯まっていくのかパワーポイントを使いながら分かりやすく解説していきます。
では支出に回らない余ったお金はどうなるのか?お金は持っているだけではインフレになった場合に価値が目減りしてしまいます。では資産運用にはどのような方法があるのか?
ここで宮崎先生にバトンタッチです。
宮崎先生からは次のような問いが投げかけられました。「みなさん、もし自由にできるお金が100万円あったら何に使いますか?」さっそくグループに分かれて活発な話し合いが始まりました。
5分後、さまざまな意見が出されました。「半分は好きなことに使って、半分は株を買う」「100万円ぜんぶ使って世界中を旅する!」「塾代にあてて、残りは金(きん)を買う」などなど。ちなみに岩澤先生は「高校生になった息子の教育費にあてる。みんな教育費ってけっこうお金かかるんだよ」とユーモラスなやりとりもありました。
全体的にはやはり貯金という答えが多いようです。「なぜみんな貯金をするのか?」と宮崎先生はさらに問いかけます。「貯金する理由は将来の消費のため、このような人がほとんどだと思います。しかし投資という考えもあるのは知っていますか?」という解説が続き、さまざまな投資について授業が進んでいきました。
貯金、債券、投資信託、株式それぞれのリスクとリターンについて説明があります。ポイントはリクスとリターンは相反関係にあって「ローリスク、ハイリターン」な投資はないという点にあります。
さらに「投資されたお金はどう使われるのか?」と授業は展開していきます。国債などは公共事業や社会保障に使われ、投資信託や株式は企業活動に使われます。つまり貯金や投資に回ったお金は、自分の将来のために取っておくだけでなく、広く社会の経済活動のためにお金が使われるという宮崎先生の解説に、生徒のみなさんも真剣に耳を傾けていました。
自分のお金が社会のために使われるのであれば、より良い社会をつくるために活動をしている企業に使ってほしい、その目安となる「ESG投資」(Enviroment/Social/Governance)についての説明があり宮崎先生のパートは終了です。
再び岩澤先生が登壇します。宮崎先生の話を引き継いで、家計の観点から投資についてもう一度考えていきます。
「投資に回せるお金はどんなお金か?生活費や医療費などの急な支出を含む短期的に備えるお金、教育費、老後の資金など中長期的に使い道が決まっているお金は投資に回せません。これらを差し引いて当面使う予定のないお金だけが投資に回すことができます。また投資詐欺などの被害にあうことも考えられます。必ず儲かる話はないので騙されないように注意しましょう」さらに宮崎先生のESG投資の話を引き継ぎ、エシカル消費についての講義で締めくくられました。
投資について宮崎先生の授業で学んだ直後なので、生徒のみなさんは深く理解できていたように感じました。
最後に質疑応答がありさまざまな質問が相次ぎました。
「仮想通貨はハイリスク・ハイリターン?」「FXは?」「なぜ金(きん)の値段は変わるのか?」「そもそもなぜ金(きん)に価値があるのか?」などなど。
先生がふたりいるので短い時間ながら的確に答えているのが印象的でした。また質問内容が授業に触発され、そこから派生したものが多かったのは、生徒が授業を深く理解しさらなる学習意欲を刺激されたからだと思います。
先生ふたりが入れ替わり登場するので、飽きがなくテンポよく進み、40分間生徒の関心をひきつけていたように思います。また冒頭の宮崎先生の説明にあったように、お金について身近な家計の視点と、社会における投資の視点がリンクし、より広く深い学びが実現されていました。まさにコラボ授業のメリットだと思います。
生徒のみなさんの感想をいくつかご紹介しましょう。
「貯金は安全と思っていたけど違った」
「投資は危険性が高いと思っていたが、ESG投資など社会のためになるなら興味を持った」
「100万円もらえたら投資を含め積極的に使いたいと思うけど、働いてためたお金だと実際には貯金しちゃうかもしれない」
「子どもの教育に使うのはハイリスクかも。親には戻ってきませんよ(笑)」
いかがでしたでしょうか。科目を横断する授業は家庭科、公民科に限らずいろんな効果があると考えられます。
最後に岩澤先生からアドバイスをいただきました。
「事前の細かい打ち合わせはなかなかできません。厳密にやろうとするとやっぱり大変なので、むしろ思いつきでトライしてみたのが良かったと思います。もちろん改善点もいっぱいありますけれど、生徒が興味をもって主体的に授業に参加しているという手ごたえはしっかり感じています。これからもこのコラボ授業は別のテーマで拡大したいと考えています」
取材・文/篠宮祐介(教育図書編集部)