これら17の目標を眺めてみると、家庭科の学習内容となじみの深いことがみえてきます。
目標1「貧困をなくそう」2「飢餓をゼロに」3「すべての人に健康と福祉を」は、家庭科の家族・家庭の学習や生活設計、生活経済、健康・快適・安全な衣食住の生活の実現、児童や高齢者・福祉の学習などと関わっています。目標5「ジェンダー平等の実現」8「働きがいと経済成長」は男女の平等な社会参画やパートナーシップ、ワーク・ライフ・バランスの学習がまさにその内容にあたります。目標6,7、の「安全な水とトイレ」「クリーンなエネルギー」、14、15「海の豊かさを守る」「陸の豊かさを守る」は、省エネや身近な環境への配慮の学習とつながります。11「住み続けられるまちづくり」は住まいやバリアフリー、12「つくる責任、つかう責任」は商品の選択・購入やリサイクル、リユース(5R)の学習など、消費者にかかわる学習全体とつながります。いわば、SDGsは家庭科の学習が目指す「より良い生活(ウェルビーイング)」とほぼすっぽり重なるのです。(本書p.15 図5) これは何を意味するのでしょうか。
家庭科には日常の生活行動を未来の社会設計につなげる視線がある
SDGsは、持続可能な世界をつくるため、地球上の課題の解決にむけて、各国が環境政策や産業、経済の在り方、社会の制度設計などの変革に取り組むことを促しています。と同時に、この社会の変革を担うのはひとり一人の意識や判断であることを忘れてはなりません。
たとえば、2「飢餓をゼロに」は食料の適正な自給や配分の平等性などの問題と共に、各家庭での栄養バランスの取れた食事作りや食品選択、食品ロスの徹底などが関わります。これらは12「つくる責任、つかう責任」や14,15の「海、陸の豊かさを守る」の環境保全ともつながります。つまり、ひとり一人が持続可能な社会のあり様を日常の生活レベルで考え、具体的にイメージし行動できることがその基本となります。家庭科が関わるのは、このひとり一人の生活に対する意識や行動、いわば根幹の部分といえます。と同時に、日常の生活行動を未来の社会設計につなげる、家庭科はこれを見通す視線を内包しています。
▲『SDGsと家庭科カリキュラム・デザインー探究的で深い学びを暮らしの場からつくる』p.15 図5
Q2 今の時代において家庭科を学ぶことの必要性とは
家庭科は、今日、明日、そしてこれからの暮らし方について学ぶ教科です。自分や家族の生活を安全で快適に整えたり、健康を保つ食生活を送るには、知識やスキルが必要ですし、それを応用したり活用したりする力も欠かせません。生活をより良くする力、つまりウェルビーイングを実現する力は、誰にとっても、生涯にわたって必要な力であり、このことを学校教育の中で学ぶのが家庭科という教科です。
自分や家族の生活を改善、改良する実践につながる
コロナの世界的な感染拡大により、この春から私たちは自粛生活を強いられました。長期にわたる在宅中心の生活のなかで、多くの人が、食べる、着る、住まうことに向き合い、丁寧に暮らすことの意味や、家族や他の人と助け合い、つながり合うことの大切さに気づかされたのではと思います。この間、ネット上には、部屋を整理する断捨離やベランダを活用した野菜づくり、様々な料理の工夫、手作りマスクなど、たくさんの生活の工夫や行動の様子がさまざまに発信されました。これら自分や家族の生活を改善、改良する実践に直結するのが家庭科です。
休校措置で家で過ごした期間、子どもたちもまた、家族に世話してもらう受け身の存在ではなかったはずです。食事作りや洗濯、部屋の清掃や、生活の中でできる問題解決など、学校で学んだことを実際にやってみる絶好の機会でした。家庭科の先生方が、休校中の学習として、生活実践の課題を出し、生徒の学習活動を支援する事例を多く耳にしました。生活のなかで判断し応用し実践することは、まさに教育が目指す「生きる力」にダイレクトにつながっています。家庭科は、児童・生徒の生活力を養い、生活を大切にする社会の一員を育てるという意味で、際立った特性を持つ教科であることが、このコロナの時代に、改めて明らかになったように思います。
Q3 新学習指導要領を家庭科の中でどう展開すればいいですか?
新学習指導要領では、子どもの考え判断する力、表現する力を育てることを重視しています。そうした力の育成は、子どもに知識を教え、正確な知識の量で評価するという従来の方法ではなく、子ども自身が「主体的」に仲間と「対話」しながら学ぶ方法が適しており、それを通して「深い学び」が実現するということです。いうまでもなく、主体的・対話的な学びは、毎時間の授業の組み立てや教師の発問によって生まれるものです。またそれらは、毎時間ごとのぶつ切りの授業でなりたつものではありません。生徒の思考が自然に深まる一連の学習の流れを設計する必要があります。そうした学習のなかで生徒がどのように考えたり工夫したり表現したりするか、最終的な作品や結果だけでなくプロセスをみることが、評価においても大事になります。こうして考えると、今改訂は、私たち教師に、授業観の大きな転換を迫っているといえるでしょう。では、具体的にどうしたらよいでしょうか。
新たな「カリキュラム・デザイン」の枠組みを提示
本書では、こうした学びを「探究的で深い学び」と捉え、それを実現するための教科全体を見通した学習内容・方法の包括的な組み立てと授業の構想を、「カリキュラム・デザイン」として提示しました(本書、第Ⅰ部-2)。この組み立ては大きく2つの枠組みからなります。ひとつは、授業の題材を、学習内容ごとに羅列するのではなく、見方・考え方の4つの視点で見通してマトリックス図で示す(本書p.21 表3)ことです。こうすることで、学習内容を俯瞰的に見通し、領域を超えた学習をイメージすることが容易になります。もうひとつは、学習の流れを「学びの構造図」を用いて構造化することです。縦軸を学習の視野(個人から社会へ)を捉える軸、横軸を学習の深まり(問題解決のプロセス)を捉える軸として、そのなかに生徒の学習の流れを想定しながら、個々の学習活動を位置付けていきます。
▲『SDGsと家庭科カリキュラム・デザインー探究的で深い学びを暮らしの場からつくる』p.22 図3
家庭科の限られた授業時間数の中で、たくさんの知識やスキルを詰め込むのではなく、生徒の探究的な学習のいくつかの大きなサイクルをデザインし、その学習プロセスの中で関連する知識やスキルを学べるような学習展開をつくることにトライしてみてください。学習内容については、各学習サイクルの中でマトリックス図のどこを押さえるか、全体を見通しながらデザインすることは、面白くて醍醐味のある取り組みになるのではと思います。