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持続可能な世界を実現するために、国際的な連携の下で策定されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。日本でも、目標達成年である2030年に向けてさまざまな取り組みが行われ、SDGsの周知はますます広がっています。新学習指導要領にも「持続可能」という言葉が明記され、教育の現場でもSDGsが取り上げられることが多くなりました。
SDGsと家庭科の関わりを理論と実践で示した2020年発行の『SDGsと家庭科カリキュラム・デザイン』は、好評を博して増版を重ね、今年、新たなページを加えた増補版が発売されました。代表著者の荒井紀子先生に、今の時代に求められるSDGsと家庭科の学びについてお伺いしました。
『SDGsと家庭科カリキュラム・デザイン-探究的で深い学びを暮らしの場からつくる 増補版』好評発売中
目次
Q. 『SDGsと家庭科カリキュラム・デザイン』発行のねらいは?
2020年6月発刊の「SDGsと家庭科カリキュラム・デザイン」では、大きく次の2つを柱としました。家庭科とSDGsとの関連を理論的に整理し教育実践の可能性を明らかにすること、また、新学習指導要領で示された「主体的・対話的で深い学び」を家庭科でどう展開するかを理論と実践で示すことです。幸い、多くの先生方が関心をもって読んでくださり、感想を聞かせてくださいました。
Q. 増補版発売の経緯と目的を教えてください
この度、増補版を作りたいと考えた理由は次のようなものです。
日本の家庭科は、周知のように小学校5年生から中学校、高等学校まで、男女が必修で学ぶ普通教科です。私たちにとってこのことは当たり前ですが、世界に目を向けると、当たり前ではなく、家庭科内容が分解され、ばらばらに別教科で部分的に扱われていたりする国もあります。我が国の豊かな衣食住の生活文化を背景としながら、生活を大事にする視点を、誰もが必修で小、中、高校と一貫して学ぶことができる日本の家庭科は、世界を見通しても、誇るべき教育課程といえます。
とりわけ、新学習指導要領では、小学校から高校まで、学習内容が、「A家族・家庭生活」「B衣食住の生活」「C消費生活・環境」の3つに統一され、各学校段階を通じて、学習項目を系統的に学ぶことができるようになりました。小学校から高校までを見通して家庭科の学習内容や方法を工夫することは、一人の生徒の成長に寄り添って生活能力(コンピテンス)をとらえ、各学校段階でつけさせたい力を考えることでもあります。
Q. 増補版ではどのような視点が加わったのでしょうか
この度の増補版では、高校家庭科を中心に置きながら、小学校、中学校、高校までのつながりを1冊の本の中で見通せるよう、内容を加筆しました。また、家庭科と他教科との関係や、家庭科と背景学問との関係についても俯瞰できるよう工夫し、内容の充実を図ることを目指しました。
Q. 増補版のポイントを具体的に教えてください
大きくわけて次の4点です。
①学習内容と学習視点のマトリックスの表
第Ⅰ部-2の「『探究的で深い学び』をつくる家庭科のカリキュラム・デザイン」の「学習内容と学習視点のマトリックス」の表について、増補版では「小学校(家庭)」と中学校「技術・家庭」家庭分野についてもマトリックス表を掲載しました。これにより、前項で述べた「家族・家庭生活」「衣食住の生活」「消費生活・環境」の内容ごとの実際の学習題材例が生徒の成長に即してどう変わるかを小、中、高校と見通したり比較したりすることが可能になりました。
②小学校も含めた全体を通す視点
第Ⅱ部-1の「家庭科の4つの視点とSDGs」、第Ⅱ-2の「現代的な生活課題と授業化のポイント」の各内容について、小学校も含めた全体を見通す視点から加筆を行いました。また、全体を通じて各種データを更新しました。
③授業実践事例の追加
第Ⅲ部の授業例に小学校の消費生活の学習「考えよう!物の使い方・買い方」と住環境の授業「何とかしたい教室の空気調和-切実な思いから始まる探究的な学び-」を加えました。
④家庭科と他教科、家政学、諸科学との関連を新設
「付論」の見開きページを新設し、家庭科と他教科との関連、家庭科と家政学、諸科学との関連についての解説と図を掲載しました。家庭科を他教科との関連や背景学問の中に位置付ける新しい試みとして、編著者らで検討して作成したオリジナルの図解です。
Q. 新設ページの内容を教えてください
○p.168図 家庭科をハブとした防災の学習(教科横断型)
ここでは、SDGs11のターゲット5「防災」をテーマに、児童・生徒が自分の身近な生活から学ぶ家庭科の学習題材を中心に置きながら、理科や社会、保健・体育などの他教科や総合、学校行事との関連を示したものです。その真ん中には行動する主体(生活主体)である「私」を置いています。
○p.169図 家庭科と家政学、諸科学、現代的課題との関連
家庭科で習得する知識や認識は、その背景学問とつながっています。もっとも関係の深いのは家政学の諸分野ですが、環境学や農学、社会学、法学、地理学、建築学など他の諸科学とも関連があります。そして、図の外円にはSDGsともつながる「持続可能性」「環境保全」「共生社会」「ジェンダー平等」などの現代的な課題を配置しています。
Q. 社会情勢の変化に伴い、家庭科に求められることに変化はありましたか?
初版の2020年6月は、コロナの脅威が世界中に広がり始め、ステイホームやオンライン授業が開始されたころでした。それから2年、ウィズ・コロナの生活は今なお続いています。この間、非正規雇用による貧困格差、とりわけ女性の貧困などの社会問題が顕在化してきました。と同時に、個人のレベルでは、日常の生活に目を向け、精神的な意味でも衣食住のレベルでも、生活を丁寧に営もうという意識がより強くなってきたように思います。家庭科が目指す「より良い生活」の学びは、その重要性を増しているのではないでしょうか。
Q. SDGsと社会の変化はどうでしょうか
SDGsについての社会的な認知度もより高まってきています。SDGsに関わる家庭科の授業も様々な学校現場で実践されるようになってきました。そうしたなか、改めて、「その授業はSDGsの中身や理念とどうつながるのか」「つけたい力がSDGsとどう関わるのか」といった視点がより大事になってきていると思います。国連のSDGsが各国に求めているのは、SDGsへの理解にとどまらず、実際に17のゴールに向けてどう行動し目標を達成するかです。具体的には、貧困や飢餓やジェンダー平等や持続可能なまちづくりなどに、個人として、社会として、国として何をどうするのか、考え、行動することが求められています。
Q. 家庭科とSDGsを具体的にどう結びつけていけばいいですか?
家庭科は個人としてSDGsで提起されている目標を理解し、生活の中で何ができるかを考えて実践する力を養うことができる教科で、そこに家庭科の強みがあります。これからは、各ゴールの標語だけでなく、各ターゲットにも目を向けてください。より具体的で、授業で考えさせたい視点も絞りやすいのではないでしょうか。本書が提示してきた家庭科とSDGsとの関連についての解説や図、またSDGsのテーマを含む探究型の授業デザインや実践事例は、こうした核となる点について多面的に語っており、参考になるものだろうと思います。
Q. 2022年4月から開始された新学習指導要領のポイントを教えてください
小・中学校に続き、今春から高等学校でも新学習指導要領のもとでの学習がスタートしました。改訂の大きなポイントは3つありました。
① 学習指導要領において、学習項目ごとに、学習内容と資質・能力との関連がわかるように示されたこと
② 学習内容を横断的に貫く視点として、見方・考え方の4つの視点「協力・協働」「健康・快適・安全」「生活文化の継承・創造」「持続可能な社会の構築」が示されたこと
③ 問題解決型の学習プロセスと方法が具体的に示され、「主体的・対話的で深い学び」が推奨されたこと
これらの3つのポイントは、相互に関連しており、「教え込み」から生徒自身が考え行動する「深い学び」への転換を、具体的にどう図ったらよいかを示しているものです。
まず、①については、学習内容が資質・能力の「知識及び技能」だけでなく、「思考力、判断力、表現力等」や「学びに向かう力、人間性等」と関わらせて述べられています。このことは、学習内容にかかわる知識、技能を「しっかり教えなければ」というある種の呪縛(責任)から教師を解放してくれます。また、②の見方、考え方は、教師にとって、家庭科の授業を横断的に見通してデザインする自由度が保証されたとみることができます。さらに、③の問題解決型の学習の推奨は、授業の組み立て方の大枠を示してくれています。
Q. 授業の中で大事なことは何でしょうか
身近な問題から生徒の問いを出発点にして学習の流れを想像してみること、その流れのプロセスで生徒が何をどう学ぶかを考えて関連する知識や技能の習得を組みたててみることが大事になります。その学習が、領域を超えて他の学習とつながることはごく自然なことです。
例えば高校であれば、家庭基礎なら1年間、家庭総合なら2年間での題材ごとの学習が、本書(増補版p.23)に示したマトリックス表のどのあたりをカバーしているかを確認し、限られた授業時間の中で、大枠として、できるだけ全域をカバーできるよう、学習計画をたててみてはどうでしょうか。
Q. 新学習指導要領の下で具体的にどう授業を展開していけばいいですか?
例をひとつ挙げてみます。2022年夏の猛暑と電力のひっ迫は、生徒にとっても切実な生活の問題です。
節電を学習テーマとしたとき、どのような学習の流れが考えられるでしょうか。まず身近な問題から生徒自身に問いを立てさせて、探究させてはどうでしょうか。涼しく過ごす生活の工夫を日本の生活習慣(衣食住の知恵)から探ること、室温や湿度、通風などの科学的知識を学びながら衛生、安全、健康の観点から考えること、電化製品の節電機能や消費電力を商品情報から読み取り商品比較すること、SDGsとつなげて省エネや将来の電力確保について考えることなど、衣食住、消費、環境の領域を横断して様々な学習が可能です。
これらの中には多くの知識や技能も自ずから埋め込まれています。教え込みではなく、生徒の探究の筋道を想像しながら、学びの構造をデザインしてみてください。
Q. 本書をどのように授業実践に活かせるか教えてください
増補版では「2.増補版のポイント」に述べましたように、小学校から中学校、高校まで見通すことができる題材のマトリックスの表を入れています。生徒の小、中での学習の確認に使ってください。と同時に、高校といっても、学校によって生徒の実態は様々で、生活実態や生徒の関心の所在によっては中学校の題材を応用するほうがしっくりする場合もあるかもしれません。そうした視点からも授業づくりの参考にしてください。
Q. 増補版で新たに追加した他のページはいかがでしょうか
今回、新たに小学校実践を2例加えました。探究型にデザインされた授業で、内容的には中学、高校でも応用がききそうです。こちらも、ヒントとしてご活用いただければと思います。
最後に、付論の2つの図は、家庭科をより広い視野から捉えるのに参考になります。折に触れて目を通して家庭科について考える手立てとしてご利用ください。また、他教科や他分野の方たちに家庭科について理解してもらう手立てとしても有効だと思います。話題提供や資料としてもご活用ください。
Q. 家庭科教育の魅力や、やりがいはどのような所でしょうか?
家庭科は、生徒を幸せにできる教科だなと思います。
大学の小学校教員養成課程の家庭科の授業で、ご飯炊きと味噌汁の実習をしたときのことです。昆布とかつおの削りぶしでだしをとり、大根、人参、豆腐、ねぎの味噌汁に仕上げ、それを味わったとき、ひとりの男子学生が「なんか久しぶりに幸せな気分だな…」としみじみつぶやくのを耳にしました。また、手縫いの学習をしていた時、授業後に部活のジャージの繕いをしている男子を見かけました。いずれも下宿暮らしの学生たちです。
以前、高校で家庭科の先生と一緒に授業づくりに取り組んだ際に、親の離婚問題の渦中にいる女子生徒がいました。精神的に不安定で休みがちな生徒でしたが、家族や自立を扱っていた授業のときに「今日は家庭科があるから来た」と教師に話しかけていました。こうしたことを目にするとき、わたしたち教師は、心の中で「やった!」と声を上げ、頑張ってよかったなと思います。
Q. 家庭科の先生に、メッセージをお願いします
日々接するのは、多感な思春期の子どもたちです。どの子も、何とか、よりよく生きたい、成長したい、自信を持ちたい、と思っていることは確かです。家庭科の学習は、生徒の日々の生活をより良くする知識やスキル、そして家庭や地域社会の暮らしをより良くする価値観や思考、実践力を育てようとしていますが、これらの学びは、生徒たちの心と体の成長にまともに向き合っているものです。
毎日の忙しい授業準備や生徒指導で、このことは忘れられがちですが、時々思い出しながら、ほんの少し、授業を工夫してみてください。授業の流れを探究型に少し変えてみる、問いを工夫してみる、資料の収集を生徒にゆだねてみる、そんな小さな一歩が、新たな発見につながります。「家庭科」の可能性を、生徒と一緒に探っていきましょう。
【書籍情報】
『SDGsと家庭科カリキュラム・デザイン ー 探究的で深い学びを暮らしの場からつくる(増補版)』
[仕様]:B5判/176ページ/並製本/カバー付
[定価]:2,860円(本体2,600円+税)
[編著者]:
荒井紀子(福井大学名誉教授)
高木幸子(新潟大学大学院教育実践学研究科 教授)
石島恵美子(茨城大学教育学部 准教授)
鈴木真由子(大阪教育大学大学院連合教職実践研究科 教授)
小高さほみ(上越教育大学大学院学校教育研究科 教授)
平田京子(日本女子大学家政学部 教授)
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