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生活に関わる題材を学習と結びつけた授業を行い、生徒たちの未来を拓く!
真摯に技術と生徒に向き合う先生の実践事例を紹介します。
玉川学園 技術・家庭科教諭 (技術分野担当)
山田 真也
2003年より、横浜市立中学校に勤務。2010年、ロンドン日本人学校に3年間赴任。帰国後、横浜市立学校や現任校でも、企業とのコラボレーション授業やキャリア教育等を積極的に展開している。
目次
『輪の部分が紙を十分にはさめるほど広がり、手を放すと元に戻ってその紙をしっかりくわえていられる。』
さて、この説明文は何の道具の説明かわかるだろうか。正解は、紙を挟むためのゼムクリップである。この文章はヘンリー・ペトロスキーのゼムクリップから技術の世界が見えるという書籍の一節である。
私はこれまで、「A 材料と加工の技術」の金属の特性を学習する際、缶詰、金属製のフック、アルミ箔などを提示し、教科書で紹介される用語の説明をすることが多かった。生徒たちはそうしたものを普段の生活で目にしたり、使ったりすることはあっても、授業内で学習した材料の特性の用語とその性質を結びつけることが困難な様子が見て取れた。
日頃から、私が勤める私立玉川学園中学部では「触れて・感じて・表現する」という教育目標を掲げて、「本物」に触れながら教育活動を行っている。私も常にその目標を達成できる教材、授業内容や進行方法を検討している。この目標は、特に技術・家庭科の学習課程において重要だと考える。なぜならば、技術・家庭科は「生活」と密接に関わる教科であり、学習を通して生活をより豊かにする技能や知識を身に付けることができるからである。その中で、今回紹介する「ゼムクリップ」は生徒の生活と学習を結び付ける教材として有効であると考える。
「ゼムクリップ」(資料①)という文具は、使用方法を伝える説明書などついていないのに誰もが迷わず使用できることからも、その使用方法は単純明快であるといえる。しかし、一本の針金を3度曲げられただけの形にも関わらず、十九世紀後半から多くの改良が重ねられ、多くの特許が申請されている歴史があるとても奥が深い道具である。
授業内でゼムクリップの歴史に触れることはなかったが、この報告の最後に少し紹介したいと思う。なぜかというと、そのものづくりの歴史が生徒の興味関心を引き出す種になり得るからである。
昨年10月の中央教育審議会では、『急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について』諮問された。
「一人一人の実りある生涯と我が国の持続的な成長・発展を実現し、人類社会が調和ある発展をしていくためには、人材育成と知的創造活動の中核である高等教育機関が一層重要な役割を果たすことが求められます。とりわけ、今後の複雑に変化する社会においては、基礎的で普遍的な知識・理解と汎用的な技能に加えて、その知識を活用でき、ジレンマを克服することも含めたコミュニケーション能力を持ち、自律的に責任ある行動をとれる人材を育成することが特に重要となっています。」とされ、これは学校で学んだ知識・技能が生徒たちの生活を豊かにし、将来の生きる力を支える学力となることを改めて、考えさせられる内容であった。
ここにある「学校で学んだ知識・技能が生徒たちの生活を豊かにする」とは、学校で学んだ知識・技能が生活につながり、未来を豊かに広げてくれるものであってほしいと願い、私が行った授業実践を紹介する。
資料① 授業で使用したゼムクリップ
平成29年に告示された新学習指導要領解説 技術・家庭編において、学習内容A材料と加工の技術については【表1】のように示されている。特に、(1)生活や社会を支える材料と加工の技術について、「ア 材料や加工の特性等の原理・法則と基本的な技術の仕組み」を学習する際、弾性や塑性、加工硬化などについてその説明文を板書したり、それを補助するめに金属を利用した製品を見せたり(資料②)、金属の性質についてイラスト(資料③)を提示したりするなど、知識の理解にとどまってしまうことが予想される。
しかし、本実践は生徒にとって最も身近な文具であるゼムクリップを教材とすることで、生徒の興味関心を引き出すことにつなげることができると考えた。また、学習指導要領の記載の通り、材料と加工の技術について見方・考え方を働かせた実践的・体験的な活動を通して、生活や社会で利用されている材料と加工の技術について基礎的な理解を図ることができると考えた。
【表1】学習指導要領解説 技術・家庭編
資料② 教科書P.18 資料
資料③ 教科書P.18
こうした課題を解決するために身近で誰もが一度は手にしたことがあるゼムクリップという題材とした授業で、観察し、道具の特性を弾性や塑性、加工硬化などの言葉を使って説明する授業を展開した。
これまで通り、資料②をPCで提示しながらイラストに合わせて、その語彙を説明した。その後、2つの大きさの違うゼムクリップ(資料①)を配付し、
① 大きさの違う2つを比較して気が付いたこと
② 金属の性質について
以上2点についてイラストを使って説明する課題を出した。(以下、生徒の作品)
【A】
①
②
Aさんは、ゼムクリップを使用する際、横からみた図を描いている。図から内側の楕円形を上に持ち上げるという具体的な使用方法が見て取れる。
【B】
①
②
Bさんは大小のゼムクリップの寸法を測っている。これにより、曲げられた部分の長さの比が同じであり、2つは相似な図形であることに気が付く。
【C】
①
②
Cさんは大きいゼムクリップには線が刻まれていることが明記されている。
【D】
①
②
Dさんは大小二つの楕円形に着眼しているだけでなく、太さの違いも伝えることができている。また、その伝え方、表現の仕方に工夫が見られる。
【E】
①
②
Eさんは、部分的な説明を〇、△、□の記号を用いたことが分かりやすい。
そして、金属の特性である「弾性により紙を挟むことができる。」とゼムクリップの説明が明記されている。
生徒たちが2つの異なる大きさのゼムクリップに実際に触れることで、
・ 寸法の違いから気が付くこと
・ その他の違いから気が付くこと
を、授業のねらいとした。
例えば、多くの生徒は、大きいゼムクリップには細かい溝が彫られていることや太さが違うことに気づいた。また、全体の大きさは違うが、曲がる箇所の長さの比は変わらないことに気づいた生徒もいた。そうした気づきから疑問を持つことを大切にしたい。
次に実際に紙を挟んでみる生徒もいた。小さいものと大きいものでは何枚まで挟むことができるのか、また何枚以上挟んだ後、挟んだ紙を取り除くと、ゼムクリップは元の平らな形に戻るのか、元の平らな形状に戻らなくなってしまうのかを実際に確かめてみる。元に戻るのは、金属の弾性、戻らないのは塑性の働きによる。このようにものに実際に触れて考えることで、弾性や塑性といった概念に気づき、理解を深めることができた。
また小さい方のゼムクリップを広げて元の針金状のまっすぐな形にしてみるが、手の力だけでは、元通りまっすぐになることはない。これにより、曲げられた部分の内部構造が変形して硬くなる加工硬化を実際に感じ取ることができた。
そして最も大切なことは、学習した用語を使ってゼムクリップとはどのような道具であるかを説明できることであると考える。
解答例として次のようなものが考えられる。「ゼムクリップとは、内側と外側、2つの大きさの違う楕円形があり、紙を挟むときにはこれらの楕円を上下に広げる。挟むと2つの楕円形は元の位置に戻ろうとする力(弾性)が働いて、紙を留めることができる道具である。しかし、それは紙の量が一定数を超えると、元にも戻らなくなり(塑性)紙が留められなくなる。一度広がってしまったそれは、加工硬化という性質から元の形状に戻らなくなってしまう。このようにゼムクリップとは金属の特性を利用した紙を留めるための道具である。」
引用:KTC ねじの基礎知識[番外編]
https://ktc.jp/torque/torque.html
このように、普段何気なく使用しているものに目を向け、学習した内容と関連付けることで生徒たちはものづくりへの基礎的で普遍的な知識・理解と汎用的な技能を習得できるだけでなく、ものづくりへの興味関心を高めることができると考えた。
また、私は以前、吸引力の落ちない掃除機で有名なダイソンが設立したジェームズ・ダイソン財団(https://www.jamesdysonfoundation.jp/who-we-are.html)に協力いただき、問題解決 課題解決型学習授業を行ったことがある。その際「エンジニアリングとは、これまでの困ったことに着眼し、それを解決するために考え、形にしていくことである」という言葉が今も強く印象に残った。技術分野の教員としてこの言葉は生徒を教える上で大切にしている言葉である。実際に、ジェームズ・ダイソンも、これまでの掃除機の吸引力低下を改善するためにサイクロン式の掃除機を生み出したしたことは有名である。今回の紙を留めるためのクリップも、問題点を考えその点を解決しながら、あらゆる形状が特許申請されている。
十九世紀後半、コネティカット州ウォーターベリーのウィリアム・ミドルブルックがクリップを作る機械の特許を取得し、その説明に現代の私たちが知っている形のゼムクリップが描かれていることをみると、約百年の間、様々な改良がくわえられたと思われるが、その形状を大きく変更することがないまま今日に至っている。
シンプルかつ誰もが一度は見たことがあるこの道具に触れて、感じて(考えて)、表現することで、生徒たちは大きな気づきと学びを得たと実感した。
※本ページに掲載した画像はKTC より転載許可を得て掲載しています。