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中学校 技術・家庭科 NEWS

中学校技術分野の未来を拓く ~教科書執筆者からのアドバイス~

新しい指導要領が導入されてから早3年が経過し、技術分野で教鞭を取る先生方は、その変化が授業にもたらす日々の影響を深く感じています。今回、「令和7年度中学校の技術・家庭 技術分野」の教科書を執筆した行天先生、近野先生、そして髙倉先生をお招きし、彼らが直面する技術教育の課題について深掘りしていただきます。

時間不足と指導内容の増加がもたらす技術教育の課題

技術分野の現場で新しい指導要領が始まって3 年が経ちましたがいかがでしょうか?課題点を教えてください。

行天先生 技術科の授業時数が少ないことは昔からの課題ですが、最近は問題解決型の学習が強調されているため、この時数の少なさが特に問題になっています。理想的には、生徒たちが問題を見つけ、解決策を設計し、それを実際に製作するまでのプロセスを経験することです。しかし、実際は週に1時間しかなく、この限られた時間内で生徒たちが一貫したプロセスを経験するのは非常に難しいです。少し進めばすぐに次の授業まで待たなければならない、そして行事などが入るとさらに停滞します。そのため、生徒たちの間で経験が断片化し、最初から最後までの流れをスムーズに教えることができないのです。これは、生徒の学習意欲にも影響を与えています。興味がある生徒にとっては1週間待つ間にさらに多くのことを考えたり観察したりできますが、苦手な生徒にとっては、その待ち時間が再び取り組むハードルを高くしています。

近野先生 私も行天先生の意見に同感です。加えて、技術分野における指導内容の増加も大きな課題です。業界や学会からの要望に応える形で、教えるべき内容はどんどん増えていますが、授業の時数は変わらないため、どう処理していいのか悩ましい状況です。特に、問題解決型の学習に移行したことでそれに伴う時間の確保が難しいです。それでも、問題解決型の学習を取り入れること自体は、生徒にとってメリットが大きいと感じています。ただ、問題発見が難しくなっていること、特に便利な生活をしている生徒たちが実際の問題を感じにくい環境にあることは、教える上での大きな課題です。

髙倉先生 時間に関しては、私も他の二人の先生方と同じ意見です。私の経験では、2時間連続の授業を試みたことがあり、その時は生徒たちがより深く没頭できる環境が整いました。しかし、様々な理由からその試みは続けられませんでした。特に、長期的なプロジェクトを扱う際、授業の中断がプロジェクトの成果を大きく左右します。また、問題解決型学習の導入は、単に何かを作るという古いスタイルからの脱却を促しましたが、新しい課題も生じています。具体的には、授業の準備や指導計画の見直しに対する技術教育に対する専門性が求められており、特に兼任教員や臨時教員が多くを担う現状では、どのようにしてこれらの要求に応えるかが問題です。


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ICTとプログラミング教育の新展開

情報教育の最前線では、双方向性コンテンツの導入や小中高の一貫した教育領域の強化が進んでいます。ICT、プログラミング教育、そして生成AIについて、現場からの報告をお願いします。

近野先生 ICTの活用が進んでいますね。以前はスマホの普及でキーボードを使わない子が増え、パソコンを使えないデジタルネイティブという問題がありましたが、最近はパソコン操作に慣れている生徒が増えてきました。GIGAスクール構想の影響もあり、生徒たちは一定程度、パソコンに親しんでおり、その状況が変わりつつあります。ICTを使いこなすための基本的な訓練時間は、もうそれほど必要とされていません。調べ学習やプレゼンテーションの指導にパワーポイントを使ったりと、情報技術の活用が教育に深く根ざしています。ただし、要求される技術レベルが年々上昇しており、教員としても継続的な学習と研修が欠かせません。プログラミング教育についても、生徒のレベルに応じた指導が求められ、生成AIなどの新しい技術をどう教えるか、大きな課題となっています。

高倉先生 ICTの導入は確かに進んでいますが、私たちの地域では、校内での日常利用が進んでいますが、家庭への持ち帰りについては、徐々に進めているところです。生徒の操作スキルは向上しているため、基本的な操作に関する指導時間を減らし、より発展的な内容に時間を割けるようになっています。プログラミングの教育では、さまざまなツールを試しながら、生徒たちが興味を持ちやすいテーマを見つけ出しています。また、生成AIの活用に関しては、生徒たちがAIと対話しながら創造的な作業を楽しむ機会を提供しています。これにより、AIの可能性と限界を実感できる貴重な体験となっています。

行天先生 私が技術科の教員としてスタートした20年前の情報教育は比較的シンプルでした。WordやExcelを使って基本的な文書作成や表計算の技術を教えることが中心でした。しかし、現在はプログラミング教育が重要視され、ネットワークに関する知識も必要とされています。これにより、教員が持つべき技術的な知識の範囲が広がり、追いかけるのが難しくなっています。教育現場での最大の課題は、生徒たちが日常生活で直面するような実践的な問題を解決できる能力を育てることです。最先端の技術を追求することも重要ですが、何よりも生徒一人一人が理解しやすい方法で情報技術を活用し、問題解決に役立てられることが最終目標です。生成AIについては、これから数年でその活用方法が確立されていく過渡期にあります。しかし、私はその将来性に期待しています。生徒たちが自ら新しい使い方を見つけ出し、それが社会に受け入れられるようになるでしょう。


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生徒たちに期待すること:技術教育の夢と願い

技術分野での教育を通じて、どのような生徒を育てていきたいと考えていますか?

髙倉先生 技術を通じて、生徒たちが最終的に幸福になってほしいと思っていますSNSで若いお母さんたちがDIYを楽しんでいるような動画がたくさん流れてきますね。さしがねの使い方が間違っていたりすることもありますが、それでも何かを作る楽しみがあることは良いことだと思います。今は、消費者としてものを購入するだけでく、パソコンの普及や安価な3Dプリンターなどの登場によって、多くの人が生産者になれる時代です。インターネットで作り方を学べるので、家庭菜園だってそうです。可愛らしい動画があったり、おじいちゃんおばあちゃんが野菜の育て方を教えてくれたり。自分のものづくりを通じて楽しんでいる人生を人に発信し、それを共有できる時代です。この教科がそのきっかけになれば嬉しいですね。そして、ものづくりが手軽にできるからこそ、その技術の考え方、つまり作って捨てて終わりではなく、材料を仕入れる時や生産する時、廃棄する時にどんな影響があるのかまでを含めて学ぶことが、技術教育ならではの価値だと思っています。

行天先生 新入生にはもちろん、2・3年生にも、学年の最初の技術授業ではいつも同じ問いを投げかけます。「今日食べてきたものの中で、技術が使われていないものはありますか?この教室の中で技術が使われていないものは、どれだけあるでしょうか?」こう問いかけると、生徒たちは、私たちの生活は技術に囲まれていることに気付くのです。技術は中学校の3年間しかない教科ですが、この短い期間の中で生徒たちに、技術とは何か、我々の生活において技術がどのような役割を果たしているのかを理解してもらいたいと思っています。そうすることで、同じ困難に直面したとしても、工夫をこらして解決しようとする姿勢が身につくでしょう。お互い協力し合いながら、より良い社会を築くための一歩となるはずです。

近野先生 私は、生徒たちには地球を救うような存在になってほしいと願っています。実は、世界を変える力を持つ生徒はすでにいます。例えば、数値解析ソフトのMATLABを使いこなせば、自動運転などの技術開発に貢献できます。私たちの高校では、MATLABを使ったプロジェクトで、大学教授や専門学校のプロジェクトを押しのけて高校1年生が優勝するなど、生徒たちの可能性は計り知れません。私は、生徒たちが日常生活の中で、なぜこれがこうなっているのかという疑問を持ち、それを解決するための視点を育ててほしいと思っています。そして、その学びを他の教科と接続して、さらに深い知識へと発展させることができる人になってほしいです。


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未来を見据えた技術分野の授業:10年後に望む姿

近野先生 10年後の技術の授業については、現代の流れを見ると、ますます情報技術の影響が大きくなっていくことは予測できます。しかし、リアルな体験を通じたものづくりの価値が失われることはないと強く信じています。クリエイティブな作品を作り出す過程で、生徒たちがより良い生活を送る方法を学ぶことは非常に重要です。ものづくりを通じた学びは、社会的な格差を解消し、全ての人に平等なチャンスを提供するためのキーになり得ます。技術の授業がこの大きな変化に寄与できるなら、それは教育者として大きな喜びであり、達成感につながります。

髙倉先生 10年後の技術分野の授業について考えると、明確な答えは出せないものの、技術教育がなくなるとは思えません。私は、技術教育が問題解決型学習をさらに強化し、生徒が達成を目指す際に、多角的な視点からアドバイスを提供できるような教員でありたいと願っており、技術の視点で子供たちの学びをサポートし続けることが重要だと思っています。試行錯誤して、自ら課題を解決しようとする、その価値ある作業を未来に渡って残していくことが私の願いです。

行天先生 10年後に技術の授業がどのように進化しているかについては、多くの可能性がありますが、情報技術ばかりがクローズアップされてしまい、情報技術のみを扱う教科となっていくのではないかという懸念を持っています。確かに情報技術は非常に重要ですが、技術教育が持つ独自の価値、例えば外的要因や環境変化を考慮に入れる思考、またはユーザーがどのように製品を使用するかを予測するなど、技術特有の考え方を教えることの重要性を忘れてはなりません。プログラミングの技術だけではなく、その周辺知識や応用を含めた全体的な学びを提供することが、技術教育の本質です。数学とは異なるこのユニークな視点を未来に渡ってどう継承し、発展させていくかが、私たち教育者にとっての大きな課題となるでしょう。


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若い教員へのエンカレッジメント: 技術教育の充実へ向けて

高倉先生 アドバイスというより、実は羨ましいと感じています。私が教員になった当時は、技術に関する資料や書籍が極端に少なく、手に入れようと思っても高価で手を出しにくいものばかりでした。しかし、現在はインターネットを通じて、全国の先生方と簡単につながることができ、豊富な動画コンテンツが手軽にアクセス可能です。この恵まれた環境をいかして、多様な情報を収集し、授業づくりに役立ててほしいと思います。たとえ臨時教員であっても、この経験は将来、他の教科を教える際にも大きな価値をもたらすはずです。前向きに取り組んでいただければ幸いです。

行天先生 若い先生方へのアドバイスとしては、他の教師の授業を参観することの重要性を強調したいです。特に、効果的な指導法や興味深い授業を実践している先生の授業を見学することは、新たな視点やアイデアを得る上で非常に価値があります。参観の機会を作ることは大変かもしれませんが、年に1、2回でも積極的に授業を参観することで、多くを学ぶことができるでしょう。

近野先生 若い先生や臨時教員の方々へ、私が特に強調したいのは二点です。一つ目は、公開授業や研究活動への積極的な参加をお勧めします。大変ではありますが、限られた時間の中で多くを学べる絶好の機会です。二つ目は、日常生活においても技術を活用し、問題解決を試みてください。例えば、車が故障したら自分で修理を試みる、棚を自作する、壊れたフレームを溶接してみるなど、大学で学んだことや授業で指導したことを実生活でいかすことで、技術教育への情熱を育むことができます。このような経験が、教師としての仕事をより楽しく充実させることにつながると信じています。


別冊スキルアシスト

新しい教科書の役割と可能性 ~教科書編集に関わって~

近野先生 現在の教科書には、良いところがたくさんあります。でも、学習指導要領の内容が濃くなり、難しいと感じる生徒が多くなっていると感じています。今回我々が作った教科書には多くの工夫がされています。実習に必要な基礎技能を別冊にすることで、基礎となる知識と問題解決のための実習部分を明確に区別しています。教科書を手に取った時、生徒も先生もワクワクするような内容になっています。教科書がただ情報を羅列するだけでなく、授業に取り入れやすく、学びの楽しさを伝えられるものであれば、自然と使われるようになるでしょう。

髙倉先生 今回、動画コンテンツの制作やワークシートの編集に携わりました。特に、GIGA端末を意識して、従来の縦型のワークシートから横型へのシフトに力を入れました。これは、形式を変えるだけではなく、新しい学習指導要領の理念を反映した変更です。動画やワークシートのデザインが、先生方が授業や教材をアレンジする際の参考になればと思います。新しい教科書に対する私の期待は、これらの教材が直接使用されることはもちろん、先生方が自由にアレンジしやすい基盤となることです。

行天先生 若い頃は、教科書を使わずに授業を行うことが良い授業の象徴だと思っていました。私の中に理想の授業象があり、教科書よりも自作のプリントの方が優れていると考えていました。しかし、ある日、教科書を巧みに使いこなして素晴らしい授業を展開する先生の授業を見て、目から鱗が落ちました。教科書の使い方を見直すきっかけとなりましたね。確かに、教科書には授業で直接使わないページもありますが、編集者として深く考え抜かれた文章が多いことも知りました。それを読むだけでも学びになるようになっています。教科書を適切に授業に取り入れることで、より良い学びの場を提供できると信じています。特に、各教科書が独自の特色を出し、より現場のニーズに合った内容を提供していけば、教師にも生徒にも積極的に活用される存在になるでしょう。


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