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家庭科 NEWS

創業80周年企画「昭和から平成、令和へ 家庭科教科書クロニクル」

教育図書は1942年に創業し、2022年の今年、創業80周年を迎えました。文科省より付与された教科書会社の番号は「06」。つまり日本で6番目に認可された教科書出版社ということを意味します。

本企画では、教育図書の80年に渡る教科書のアーカイブを掘り起こし、主に家庭科教育とその教科書がどのような変遷をたどってきたかを探ります。

 

昭和42年発行の『家庭一般』

 

まずは昭和42年(1967年)に発行された高等学校『家庭一般』を見てみましょう。「家庭一般」とは昭和42年においては普通科女子の4単位必修科目でした。のち昭和45年(1970年)の学習指導要領改訂で、すべての女子の必修科目となります。ちなみに男女必修となるのは平成6年(1994年)まで待たなければなりません。

目次を見てみましょう。

家庭は経営?

「家庭生活と家庭経営」「計画的な経済生活」「能率的な家庭生活」「食生活の経営」「衣生活の経営」「住生活の経営」「乳幼児の保育」という章立てになっています。

まず目を引くのは「経営」という言葉です。家庭や生活について語るときに「経営」という言葉はこんにちあまり用いられません。家庭や生活を営むことがなぜ経営なのか。冒頭の「家庭生活と家庭経営」から引用してみましょう。

「従来,日本の家庭生活においては,衣食住・保育,その他の運営が,習慣によって行われてきたきらいがあったのではないだろうか。私たちはおのおのの家庭の事情に合わせて,経営の方針をたて,計画し,実行し,その結果が家族にどのような価値をもたらしたかを反省評価して,改善進歩を図る努力が大切である。」家庭004『家庭一般』p.4

ここから読み取れるのは家庭生活とは生活習慣や知恵の細々とした寄せ集めではなく、体系化されたひとつの学問であるというメッセージです。「計画、実行、反省、改善」のプロセスが重要だというくだりは最近の企業経営でよく使われる「PDCA(plan,do,check,action)」を連想させ、たしかにこの文脈では「経営」という言葉がふさわしいように思えます。

家庭の経営者は誰か?

では家庭生活を経営するのは誰でしょうか。上記、引用部分から次のように続きます。

「…家庭の経営は,家族の協同経営であるべきであるが,その中心となるものは夫婦であり,そしてふつうの場合,夫は職業に従事し,妻は家庭の運営に当たるのがたてまえであろう。すなわち,家族経営の中心は一般には主婦であり,主婦は,家庭生活を幸福にするために,家族の希望や意見を十分に取り入れ,家族経営の方針をたて,責任をもって家族の衣食住などのあらゆる経営活動を総合的に実行しなければならない。」家庭004『家庭一般』p.5

 主婦が家庭生活のすべてに責任を持つべし、という強い主張が見て取れます。読みようによっては、「主婦は家族のために奉仕する従僕」とも取れる内容で、現代では到底受け入れられないでしょう。とはいえ、現在の価値観で当時の教科書を批判しても意味はありません。そしてこの教科書で学び、家庭科教育を受けた当時の女子高生は現在70歳。彼女らが昭和の日本社会を家庭という縁の下で支えてきたことは間違いないところでしょう。

平成5年検定の『家庭一般』

では家庭科が男女必修になった平成元年以降に検定を受けた教科書では、男女の役割に関する記述はどのように変化したでしょうか。

まずは目次を見てみましょう。

まず第1章が「生きる」という章題に変わっています。以下、食・衣・住・保育という分野はその配置も含めて昭和42年版と並行していることから、やはり第1章の部分が改訂の重要ポイントだったと思われます。

冒頭の扉の「「家庭科」とは」から引用してみましょう。

「…わが国では,これまで家庭の仕事は女性が分担するという性による役割分担の考え方が強かったが,男女ともに職業に従事し,家事・育児は男女が協力しあっていくという考え方をもつ方向に進んでいる。また,一人暮らしや高齢者の家庭も増加し,男女ともに人間として生活的自立ができなければ暮らしていけないという状況が進んでいる。」家庭505『家庭一般』p.4

引用箇所以外にも「男女の協力」という言葉が繰り返し使われ、男女平等がかなり強調されています。

口絵のカラーグラビアでも男女が協力して育児をする様子や男子が調理実習する写真などが目にとまります。

平成の家庭経営

平成版でも「家庭経営」という言葉があります。「家庭経営の方針 職業労働と家事労働」より引用してみましょう。

「近年,社会の進歩とともに職業労働の分業化が進み,家庭生活にもさまざまな変化をもたらしている。これまでの男性は職業労働,女性は家事労働といった考え方が見直され,男女がともに協力して社会生活や家庭生活を築きあげていこうという考え方になってきている。しかし,女性の就業率が上昇している反面,家事労働はまだ女性が中心となって分担している場合が多く,働く女性にとって大きな負担となり,職業労働の面にも影響をおよぼしている。」家庭505『家庭一般』p.22

昭和42年版の「妻は家庭」という考え方は「見直され」たと明確に記述されています。また後段の女性の家事労働と職業労働のジレンマは、徐々に改善されてきているとはいえ、そのまま令和まで持ち越された課題ともいえるでしょう。

この教科書で学んだ高校生は現在44歳、社会の中核を担う世代になっています。男女平等の考え方がどの程度実現できたか、まだ道半ばといっていいでしょう。

令和3年検定『未来へつなぐ 家庭基礎365』

「家庭基礎」という科目は、平成11年(1999年)の改訂により「家庭一般」にかわり設置されました。家庭基礎が2単位、より専門的な科目としての家庭総合が4単位、男女ともにいずれかを選択必修するという形になり現在も継承されています。

目次から見ていきましょう。

オールカラーになり紙面の雰囲気もかなり明るくなりました。章立ても平成5年版から大きく様変わりしていますが、ここで注目したいのは冒頭A編の導入部分です。昭和版、平成版はともに「家族とはなにか」「家庭生活をどう営むか」という視点から始まっていたのに対し、令和版では「私とはなにか」「どのような人生を生きるか」という個人の自立が大きくクローズアップされています。家族や家庭は自立した個人としてどう生きるかという文脈のなかで扱われています。

なかでもA編第1章の扉が象徴的です。2022年4月より始まった18歳成人を強く意識した構成といえるでしょう。

令和の家族とは

家族と家庭に関する記述はA編第2章「青年期の自立と家族・家庭」で扱われています。

「小さくなっていく家族」「結婚しない人々」「家族関係の変化」「ひとり暮らしか,家族との暮らしか」などの見出しからも、家族のなかで生きること、家族をもつことが必ずしも規範的ではなく、相対化されていることが見て取れます。

コラム「家庭の機能はどう変わってきた?」より引用してみましょう。

「かつての家庭は,生活に必要なものや商品をつくりだす生産の場であり,子どもの教育の場であり,病人や高齢者の世話をする場でもあった。しかし,社会が発展すると,家庭の機能の一部は自治体や企業,社会福祉施設など,家庭の外に移っていった。これを,家庭機能の社会化または外部化という」家庭702『未来へつなぐ家庭基礎365』p.19 ※太字は原文ママ

具体的には料理は惣菜店で購入できたり、洗濯物はクリーニング店に頼んだり、幼稚園や児童施設に子どもを預けたり、最近では介護も福祉施設に委託することが普通になってきました。家庭機能の社会化・外部化が昭和から平成、令和へと進み、家族の価値観もまた大きく変わってきたといえるでしょう。

興味深いことに昭和42年版でも「家族機能の社会化」について言及されています。しかしその記述は明確に否定的です。

「現代の家庭は,過去の家庭に比べて,しだいにその機能が社会化されてきており,こどもの保育まで社会の施設にゆだねようとする傾向にある。しかし,施設において養育することは,たしかに経済的,能率的であるが,正常な家庭で育てられたこどもと比較して,精神的に,また身体的に欠陥のあることが認められている。」家庭004『家庭一般』p.3

今の保育士の方が読んだら卒倒してしまいそうな内容ですが、このような家族と社会の関わり方に対する認識の変化が、そのまま家庭科教育の変化に表れています。

男女共同参画社会

男女の役割分担については令和版ではどのような変化があるでしょうか。

平成11年(1999年)に制定された男女共同参画社会基本法や平成31年(2019年)に施行された働き方改革が中心の構成になっています。またワーク・ライフ・バランスが重視されていますが、これは平成版で前述した「家事労働と職業労働のジレンマ」のパラフレーズといってよく、問題の本質は変わっていないように思えます。ただし「男女が協力して職業労働・家事労働をこなすことは当たり前という意識が社会に定着しつつある」という記述や「仕事と子育ての両立に悩みを抱える女性はいまだに多く,結婚や出産に踏み切れなかったり,出産を機に女性が離職したり働き方を変えたりしなければならないこともあり,自分の望むキャリアを実現しづらい。」など、さらに踏み込んだ内容になっています。

思うに社会の変化は漸近的にしか実現しません。たとえば男女雇用機会均等法が制定されたのは1985年でしたが、女性たちの熱心なはたらきかけにより何度も改正され、実効性のある形になったのは最近のことです。同じように男女共同参画社会基本法も目標とする指導的立場の女性比率30%を実現するためには、男女平等という基本的価値をより多くの人が共有し社会変革を促していくほかありません。そのために家庭科教育が果たす役割は今後も大きいと思われます。

まとめ

昭和、平成、令和の家庭科教科書を比べながら、家庭生活や家族、男女の役割分担などの変化について見てきました。総括すると、「家族から個人へ」そして「家庭から社会へ」という大まかな見取り図が描けるのではないでしょうか。それは同時に、女性を家族や家庭から解放し、個人として社会へと送り出す歴史だったとも言えます。

ただし昔の考え方は間違っていて、今の考え方だけが正しいという見方は浅はかというべきでしょう。社会が少しずつしか変わらないように、教育も少しずつしか変われません。教科書の歴史を振り返れば、家庭科教育に心血を注いだ先人たちが、社会の変化に対応しながら、教育内容をより良いものへと磨きをかけていった軌跡を見てとることができます。

今の教育図書は、そのような80年の積み重ねのうえにあります。

令和版の最新家庭科教科書ではSDGs、環境問題、消費者教育、金融教育、高齢者社会など扱う分野はさらに広がり、個人<家庭<社会のなかで、人生をどう生きるかを考える重要な科目となっています。それは教育図書が社是として掲げる「人生の必修教科」としての意味合いをますます強めているとも言えるでしょう。

〈了〉

文/教育図書編集部


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