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現役の若手公民科教員によるアクティブ・ラーニングの実践レポートをお届けします。公民科目のなかでも抽象度が高く生徒の関心をかきたてずらい「経済」の分野で、身のまわりにある経済事象を教材に用い、工夫を凝らした授業を展開しています。教員1年目の失敗を経て、来るべき「公共」の授業を見据えたアクティブ・ラーニングな経済の授業とは?
目次
公民科の教員として、教壇に立ち始めて5年目を迎えました。現在の勤務校では、「経済入門(高3)」という選択科目を担当しており、経済や経済学がどんなものか知りたい、という生徒を対象に、高校から大学への橋渡し教育のような授業をしています。
大学入試において、文系学部の中では経済学部は人気学部のひとつである一方で、経済分野自体は「抽象的でイメージが湧きづらい」など、苦手意識を持たれやすい分野です。実際に、高校の教科書は用語の説明が中心となっており、現場の教員にとっても授業を面白くするための「切り口」を見つけること自体がまず一苦労ではないでしょうか。
こうした中、2022年度には新科目「公共」が新設され、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点に立った授業改善が求められることになります。経済学習でも単に用語を覚えさせる授業から、何を変え、何を変えるべきでないか、現場レベルで試行錯誤を積み重ねていかねばなりません。本稿では、私自身の実践やその反省を紹介しながら、経済分野の授業で押さえるべきだと考える「3つのポイント」について論じます。
第1のポイントは、「議論したくなるように教える」ことです。教育系の講演会では「教えないで議論させる」実践が紹介されることもありますが、経済分野では例えば「アベノミクスについて調べて話し合ってみよう」といっても、生徒にとってはとっつきづらいものがあります。議論の前に、学習内容を面白い「切り口」で提示し、問題提起をすることで生徒の興味・関心を喚起する工夫が不可欠です。
例えば今年度の授業で「市場経済の機能」を扱った際に、時間帯によってメニューの価格が変わる定食屋(図1)を、切り口として用いました。このお店は、客の数が座席数を上回る(超過需要の)時間帯になると価格を引き上げ、ランチに「1500円支払っても良い」と思える客に来店してもらおうという仕組みをとっています。まさに、教科書にある市場メカニズムを体現したような販売方法です。
この事例を紹介した後、一部の生徒からは「理屈は分かったが、こんなのは嫌だ」という声が寄せられました(笑) 彼らの意見は、「1500円支払えるか否かはお客の支払い能力に依存するので、このやり方は公平ではない」というものでした。経済学習では、こういった反発や違和感が生徒の側から出てくることが大切で、市場メカニズムを暗記させるのではなく、価格を通じた資源配分の仕組みとして捉えさせることに勘所があります。
図1 高3「経済入門」スライド資料
出所:Yahoo!ニュース(https://news.yahoo.co.jp/articles/ef7919015edf29fe35fc6cf9c41451445aee1f5f)を参考に筆者作成。
参考までに先ほどの定食屋の話は、経済学者の大竹文雄先生(大阪大学)のTwitterを見ているときに知ったものです。高校教員は特定の分野の専門家ではないので、各単元の面白さを教員自身がひと足先に体感するためには、①知識・概念の整理、②知識・概念の活用――の双方で魅力的な水先案内人を見つけることが肝要です。表1は、私が授業準備の中で「これは面白い!」と思った書籍やWebページの一部を、分野別にまとめたものです。
これらのコンテンツは分かりやすいだけでなく、書き手の問題意識が非常に明快かつユニークで、こんな風に勉強すると面白そうだな、と思わせてくれる「何か」を含んでいます。
表1 経済分野の参考文献
※「分類」の①は「知識・概念の整理」向き、②は「知識・概念の活用」向きであることを意味する。
第2のポイントは、「議論の相手になれるよう教員自身が丹念に準備する」ことです。私の授業では、先ほど紹介したような事例を多く取り上げつつ、教科書的な知識を補足したり、時折ディスカッションやディベート等を行ったりしています。本節では、過去の授業実践の中から特に印象に残っている2つの実践を取り上げ、それらを比較しながらアクティブ・ラーニングにおける準備の大切さを論じます。
1つ目の実践は、私が教員1年目に行った実践(以下、実践A)で、記憶に強く残っている失敗例です。この実践では生活保護の給付方法に着目させ、現金給付と現物給付のどちらが望ましいか、ということを生徒に考えさせました。
2つ目の実践は、今年度(教員5年目)のオンライン授業で行った実践(以下、実践B)です。この実践は「市場経済の機能」がテーマで、①コンサートチケットの不正転売をどのようにしたら阻止できるか、②本当にチケットが欲しいファンにチケットを配分できる販売方法は何か、を考えなさいというお題でした。表2は、両実践の内容をまとめたものです。
2つの授業実践は「アクティブ・ラーニングの形式」を満たしている点では共通しています。いずれの実践でも、テーマに対して具体的な問いを設定し、「見方・考え方」を働かせて考えさせたいという意図を私なりに織り込んでいます。しかし、実践Aは以下に示す3点において、実質的にアクティブ・ラーニング型の授業となっていません。
[1] 議論の手前で教えるべき知識や共有すべき資料を吟味できなかった。
[2] 問いのねらいを十分に練られなかった。
[3] 教員が議論の相手になれなかった。
[1]について、実践Aでは「とりあえず社会保障の分類と生存権くらい押さえておこう」という意識で授業を構成してしまい、生徒に問いを深めさせる上でどのような情報が必要なのかを吟味できていませんでした。実践Bでは、生徒に市場メカニズムの知識を活用させることで転売問題への理解を深めさせよう、という目的意識で授業を構成できました。
[2]について、実践Aの問いは、とにかく何か考えさせないといけない…という焦りの中で苦し紛れに設定したものであり、興味を持ってほしいという程度の問題意識にとどまっていました。今振り返ると、最低生活保障をめぐる問いはベーシックインカムの是非など他にも考えられます。生徒に何を考えさせたいのか、そのためにはどのような問いを設定すべきか、という意識で問いを練らなければなりませんでした。実践Bでは、効率性および公平性のバランスを考えて欲しいという「見方・考え方」にもとづいて問いを設定できました。
[3]について、実践Aでは「最低限度の保障ならば、現物給付が望ましいのではないか」という生徒の意見が多く出されました。これに対して教員である私は、異なる視点を提示して生徒の見方・考え方を広げたり、議論を揺さぶったりすることが十分にできませんでした。これは上述した①知識・資料の吟味不足、②問題意識の欠如、③教員自身の勉強不足――によるものです。この点は実践Bでも反省が必要で、公平性とは何か、など概念の捉え方を深める手助けができれば、より深い議論につなげられたのではないかと考えています。
このようにアクティブ・ラーニングは、議論の前提知識やねらい、生徒の意見に対する応答といった実質面での要件が満たされていなければ、表面的な活動で終わってしまいます。だからこそ、教員自身のテーマに対する深い理解と、入念な準備が求められるのです。
表2 授業実践の比較:教員1年目と教員5年目
第3のポイントは、「授業を通じて想像力を育てる」ことです。先ほど紹介した生活保護の実践では、生徒の生活保護に対する認識や想像力が、授業の前後で揺さぶられたり変化したりした様子は感じられませんでした。つまり、授業内容が表面的だったということです。
そこで、生徒が経済格差や貧困についてどの程度の想像力を持っているのかということを把握する必要性を感じ、教員2年目からは生徒に対して、以下の質問をすることにしています。
【発問例】
※調査対象者は小学5年生および中学2年生。
※子どもの貧困については、NHKスペシャル「見えない貧困」が映像資料としてお薦めです。
毎年、多くの生徒は10%や20%といった低い割合を予想します。そこで彼らに大阪府による調査結果(下記)を伝えると、一様に意外そうな表情を浮かべるのです。
【大阪府による調査結果】
出所:大阪府立大学(2017)「大阪府 子どもの生活に関する実態調査」を参考に筆者作成。
つまり、生徒の多くは相対的貧困という概念は理解できていても、その現状がどのようになっていて、どこに課題があるのか、ということには想像力が及んでいないということです。経済格差や貧困の問題に限らず、想像力を喚起するよう工夫しながら学習内容を伝えられることが、その先の学びを豊かにするための第一歩なのではないでしょうか。
今回のコロナ禍によって、オンラインで様々な分野の方々と出会えるようになったことは、教育現場にとって歓迎すべき潮流です。経済入門の授業では、世界の一線で活躍する経済学者が主催する「ZOOMで経済学」や、東京大学主催のイベント「公共政策のキャリア」などを紹介したところ、複数名の生徒が自主的に参加してくれました。また私自身は、知人から紹介された「ハンセン病問題から「今」を考える座談会」にも参加してみました。生徒にとっても教員にとっても、本物に出会う経験は何にも代えがたいものです。
新科目「公共」の新設が、暗記する経済学習から考えたくなる経済学習への転換点となるとともに、学びの機会を学校の外側にも拡張する契機になればよいと考えています。そのためにも、まずは私自身が主体的に学びを楽しみ、絶え間なく成長を続けたいと思う次第です。