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公共 NEWS

投資銀行家が考える金融教育「お金と生き方と社会の幸福」

元ゴールドマン サックスの債券トレーダーが考える、学校で教えてほしい金融教育。投資や資産形成の方法に傾きがちな金融教育に警鐘を鳴らし、なんのためにお金を使い、稼ぎ、投資するのか?お金を増やすための教育ではなく、人々の幸せのための金融教育。


2022年度新科目「公共」教科書 教育図書より発刊


 

金融は難しい、専門家しか分からない世界“というのは大きな間違い

僕は20年近く金融業界にいますが、大学生の頃は、恥ずかしいことに金融と経済の意味の違いすら分かっていませんでした。当時の僕は、金融業界で働く人たちは、世の中のことは全てお見通しという顔をしていて、投資でバンバン儲けているイメージを持っていたのです。金融に詳しくなれば、お金の流れが分かるようになって、世の中の動きも理解できると漠然と思っていました。しかし、勉強するにはハードルが高そうで、できれば避けて生きていこうと思っていたのが本音です。

ところが、どういうわけかアメリカの投資銀行で働くことになり、あわてて経済や金融の専門書を読み漁って勉強した記憶があります。入社以来、債券為替市場のトレーダーとして長年働いていたので、お客さんには、今後の債券や為替市場の値動きについてよく聞かれました。プロとして働いているわけなので、もっともらしいことを語りますが、正直なところドル円相場がこれから上がるのか下がるのかなんて分かりません。わかっていることは2分の1の確率で当てられるってことぐらいです(笑)。学生時代に僕が描いていた金融マンのイメージとは大違いです。僕に限らず、金融市場で働いている人は、分かっているふりをしているだけなのです。

今年新型コロナが世界中で蔓延し始めてから、日本株が一時大幅に下がりましたが、その後すぐに値上がりしましたよね。その値上がりについて、「過剰流動性相場だから、資産価格は上がるしかない」という専門家の説明を聞くと、なるほど金融に詳しい人たちは、複雑な理論を理解していて、株の値動きが手に取るようにわかるのだろう、と誤解してしまいます。実は、金融市場にいる人も、株が上がったことに驚いていて、はっきりした理由がわかっていません。お金がある人が買っているから株価が上がったのかなあ、くらいしか思いつかないのですが、その説明だと説得力がない。そこで、「過剰流動性」という専門用語で誤魔化して、初めから値上がりするのが分かっていたような顔をしているのです。金融が難しそうに見えるのは、金融市場の動きを誰もよく分かってないからなのです。

金融教育の目的は、投資でお金を儲けること??

老後2000万円問題を覚えているでしょうか?年金だけでは老後の生活が賄えないので、一人2000万円をためる必要があるという話です。銀行に眠っている預金を運用しようと、新しく投資を始めた方もいますよね。この問題に対峙していくためには、国民全体の金融リテラシーの底上げが必要だとも言われています。書店の金融コーナーには、資産運用や投資の手引書など、どうやってお金を増やすかをテーマにした本で溢れかえっています。しかし、「金融の勉強=投資で儲ける方法を学ぶこと」と思われている風潮に、僕は不安を感じています。

この問題に限らず、子供たちの金融リテラシーをあげるために、教育現場でどのような金融教育を行えばいいのか、頭を悩ましている先生も多いのではないでしょうか。個人的には、子供たちには、次の2つのことを目的にして金融を学んで欲しいと思っています。

まずは、一人ひとりが長期的な視点に立ってライフプランを設計し、資産形成を行える知識と能力をつけることです。近年、働き方にしても家族のあり方にしても、生き方が多様化し、昔のようにモデル化された生き方が存在しなくなりました。これらの能力は、自分らしく自由に生きるために、新たに必要になった能力とも言えるでしょう。

もう一つの目的は、子どもたちが投資で儲けられるようになること、ではありません。その逆で、「金融はお金儲けのために存在しているのではなく、共に働く社会を実現するために存在している」と気づかせることです。

先生の中には、学校での金融教育に違和感を覚える人もいるのではないでしょうか。その違和感はおそらくここから来ています。「金融の勉強=投資で儲ける方法を学ぶこと」と思われている風潮です。投資という仕組み自体は、金融の仕組みの一つとして学ぶべきですが、学校教育においては儲けることを目的に投資を教えるべきではないと思います。学校で数学を教える目的は、数的処理能力や論理的思考能力を高めることであって、他の人より点数を取らせることではありませんよね。お金を儲けるという行為には他の人を出し抜く要素も含まれています。そんなつまらないことを目的にするのではなく、投資を含めた金融という仕組みによって、共に働き生きていく社会が成り立っていることに気づかせる方がよほど重要です。

あとで詳しく触れますが、今のまま、みんなが2000万円貯めることだけを考えていては、老後2000万円問題は解決できません。お金をためること、投資でお金を増やすことなど、お金を中心に考えてしまうと、お金に支配されて生きていくことになります。金融教育において、「お金ではなく人々を主役に置く」という視点を常に子供たちに与えることが大切だと思っています。

金融教育は「読む」ことより「考える」ことから始めるべき

先生方にとっては、金融教育をどこからどう始めるのかが一番の悩みどころだと思います。多くの勉強において、一から学ぼうとする場合、本を読むことから始めます。物理学では、質量保存の法則や万有引力の法則などを入門書で学びます。基礎的な知識や理論を身につけた上で初めて、自分で考えられるようになります。「読む」から始めて、「考える」に移行します。金融についても同じように学ぼうとして、本を開いてみるとどうでしょう。大量の専門用語によって、様々な考え方や理論が説明されていて、すぐに本を閉じたくなってしまいます。これらは、質量保存の法則のようにシンプルで直感的ではなく、複雑で取っ付きにくいものです。金融の勉強で、「読む」から始めると、学生時代の僕と同じように、金融に対して高いハードル意識が芽生えてしまいます。金融というと難しく考えてしまいますが、お金を使ったことが無い人はいません。金融の専門用語は知らなくても、お金についてはよく分かっていますから、臆することなく、「考える」から始めればいいのです。文法の勉強をしなくても国語の読解問題に取り組めるのと同じです。ここで、子供たちにじっくり考えてもらいたいことが二つあります。モノの本当の価値は何かということと、お金の役割は何かということです。

「モノの価値=モノの価格」となるのは商売人だけ

多くの方が、自分はお金に支配されていない、大丈夫だと思っているかもしれません。しかし、「モノの価値」を考えるとき、なかなか私たちはお金の支配から逃れられず、経済的価値、つまりモノの価格を気にしてしまいます。

お正月にデパートで福袋を買われたことはありますか?僕は今年、洋服屋さんで1万円の福袋を買いました。中にはジャケットや帽子やTシャツが入っていました。福袋の中に入っていた商品の定価が気になって、ネットで調べるのは僕だけではないはずです。調べてみると総額5万円でした。こういうとき、4万円得した気になりませんか?

ところが、福袋に入っていた黄色いジャケットは派手すぎるし、帽子も普段かぶらないから、両方ともクローゼットの中に入れっぱなしになりそうです。僕は、おそらく1万円分も着ないで捨ててしまうことになるので、とても4万円得しているとは思えません。この定価5万円というのは、ただの経済的な価値です。ここでも、「お金ではなく人々を主役に置く」という視点が重要です。

洋服屋さんの立場であれば、最終的に服をお金に変えるわけですから、原価や定価などの経済的価値がモノの価値になります。しかし、消費する立場であれば、お金に交換するためにその服を保有しているわけではありません。自分がその服を着て幸せな気分を味わうわけですから、その価値は自分が決めることになります。家のクローゼットの中で一番高い服が、お気に入りの洋服とは限りませんよね。自分の好みのデザインでなくても、我が子や生徒がプレゼントしてくれたネクタイやハンカチであれば、別の価値もありますよね。「モノの価値」を測るとき、一人の人でも様々な尺度があるはずです。 もちろん、その尺度、価値観は人によって異なります。

経済や金融では、全体を一つの分かりやすい尺度で表すために、モノの価値はその経済的価値、つまり価格によって定義されています。この価格という経済的価値は、あくまで経済や金融の世界の中で全体の事象を一つの数字として扱うための物差しとして、やむを得ず使っています。自分にとっての価値を測るために、自分だけの物差しを別に持たないといけません。経済的価値、つまりお金が自分の物差しになっていると、お金に支配されて生きることになります。経済的価値でモノの価値を測る方法だけを教えると、お金だけを追い求め、大切なものを失う怖れがあります。そのためにも、経済や金融で扱う経済的価値が絶対的な価値ではなく、一人ひとりが価値を測る物差しを持つことが大切だと子供たちに伝える必要があります。

お金は働かない、誰かが働いている

お金の働きというと、「物と交換できる」と思われる方も多いでしょう。しかし、今年、新型コロナによって生活が制限される中、僕たちが改めて気づかされたことがあります。働いてくれる人がいるからこそ、お金を物やサービスに交換できるということです。医療サービス、デリバリーの食料や生活用品など、お金があるから手に入れられるわけではありません。医療従事者、食料品店、輸送や配達をするドライバーなど、感染リスクを気にしながらも働いてくれる人がいるから、生活ができるのです。

大昔、人々は、自分や家族など一緒に暮らしている人のためにしか働かず、狭い社会で生きていました。やがて物々交換を始めるようになると、自分が所有しているものを他の人が所有しているものと交換して、社会を少し広げます。つまり、「自分たちのために働く人」のためにも、働くようになります。さらに、貨幣の出現によって、社会が一気に広がり、知らない誰かのために働くことが可能になったのです。

「誰かのために、誰かに働いてもらう」ことを実現しているのがお金なのであって、お金自体が物に変わるのではありません。ここでも、いつもの「お金ではなく人々を主役に置く」という視点がカギになります。

お金は「使う」「稼ぐ」「投資する」「貸す」「寄付する」など、いろんな形態で人から人へ移動します。お金が移動するときに、誰が働くのか、誰のためになるのかを意識すると、お金の働きが立体的に見えてきます。

例えば、腕時計を買ったという消費について考えてみましょう。お金の働きを「物との交換」と捉えるなら、お金と腕時計が交換されただけです。しかし、この考え方を使うと、「自分のために、時計職人が働いてくれた」ということになります。この腕時計が恋人へのプレゼントであれば、「自分の恋人のために、時計職人が働いてくれた」ことになります。同じように、レストランで皿洗いのアルバイトをしてお金を稼ぐ行為は、「お金のためにアルバイトをする」のではなく、「レストランのお客さんのために、自分が働いた」ということになります。直接、相手の姿が見えていない仕事でも、必ず誰かの幸せに繋がっているのです。

投資はどうでしょうか。あるおもちゃ会社の新規発行株式に投資した場合、そのお金はおもちゃ会社が工場を建てたり、新たに人を雇ったりすることに使われます。この場合、投資されたお金の働きは、「おもちゃ会社のために、建設業者が働く」または、「おもちゃ会社やそのお客さんである子供たちのために、従業員が働く」ということになります。新規株式への投資という視点だと、投資効率や収益性しか考えなくなりますが、「誰のために誰が働くことになるのか」という視点によって、人々や社会との繋がりも考えるようになり、ESG投資のような発想も生まれてきます。

「寄付する」というお金の移動もあります。例えば、子ども食堂に寄付をすれば、「様々な事情でお腹を空かせた子どもたちのために、農家やスーパーマーケット、食堂の人たちが働いてくれる」ことになります。寄付という行為は、日本ではなかなか馴染みの薄く、多くの人の選択肢に入ってきません。新型コロナの経済対策で、一人につき10万円が給付されました。不要な人は辞退することができるようになっていました。しかし、自分のために不要であっても、寄付によって、他の人のために使うことができるのです。辞退することによって、その使い道を政府に任せることになったことに留意しないといけないのです。

「投資とは、お金が働いてくれること」と言う人もいますが、お金は働いてくれません。お金の移動によって、誰かが誰かのために働いてくれるのです。さきほど、「みんなが2000万円貯めようとしても、老後2000万円問題は解決しない」とお話ししました。そもそも、年金の財源が足りなくなるのは、労働人口が減ってしまうところにあります。お金自体が物やサービスに変わるわけでは無いですから、お金を貯めても働く人がいなくなると生活していけなくなるのです。全員が投資だけ考えて、仮想通貨や株式の売り買いを繰り返していても誰も生活していけません。金融の勉強は投資によるお金儲けの勉強なのではなく、共に働いて生きていくためにどうすればいいかを考える勉強なのです。まずは、お金について「考える」。そのうえで、金融の仕組みや制度など「読む」勉強に移っていけば、どうしてそういう仕組みが存在しているのか考えながら学ぶことができます。

お金を増やすためではなく、社会全体の幸福を実現するための金融

いま、「お金の役割」とGoogleで検索すると、(1)価値の尺度、(2)交換手段、(3)価値貯蔵手段と出てきました。この3つの役割を読んだ上で、考え始めていたら、誤解していたことも多いのではないでしょうか。(1)を読むと、物の価値は価格だとすり込まれるでしょう。(2)を読むと、働く人の存在を無視して、お金自体が物やサービスに変わると思ったかもしれません。(3)の理解が浅いと、全員が2000万円貯めることで年金問題が解決すると思ってしまいます。やはり「お金の役割」を学ぶためには、検索で出てくるような「読む」知識だけではダメで、学校教育でしっかり「考えさせる」必要があると思います。

現代社会では、多様な生き方が許容されやすくなりました。一人ひとりが自分自身の物差しを持ち、自分が幸せだと思える人生を一から設計することができます。それは人より多くお金を儲けて、ぜいたくな暮らしをすることでは必ずしもないはずです。お金を儲けるためではなく、自分の設計したライフプランを実現するために、金融システムを利用するというように考えさせる必要があります。さらにこの金融システムは、お金の存在ではなく、働く人々の存在によって成り立っています。つまり、自分の幸せを実現するために、他の多くの人たちにも影響を与えることになります。自分だけでなく、社会全体の幸せも考えるようになることが、金融教育で求められていることではないでしょうか。

 

田内学(たうち・まなぶ)

東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。ゴールドマン サックス証券会社では、17年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。在職中は、日銀による金利指標改革にも携わる。現在は子育てのかたわら、金融教育に関する活動を行っている。

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