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公共 NEWS

平田オリザ×鈴木寛 後編「これからの学校教育、地域教育」

前半に続き、平田オリザさんと鈴木寛さんの対談をお届けします。
後半では平田さんが現在取り組まれている豊岡市での演劇教育、高校の先生に期待すること、日本人の共感能力についてなど、さまざまな話題に話がおよびました。


2022年度新科目「公共」教科書 教育図書より発刊


 

板挟みからドラマは生まれる

平田_前半で鈴木さんのお話にあった「板挟み」ですが、これは子供たちにとっては、なかなか理解しづらい。私が中学生向けに書いたテキストでこんなものがあります。「登校途中の生徒が外国人から道をたずねられました。外国語でうまく説明できないけれど、一緒に連れて行ってあげたい。でも学校に遅刻してしまう。そこに近所の人が現れて助けてくれる」という簡単な寸劇です。これを国語の授業の読解のような感じで「なぜこの人たちは困っているのでしょう?」と聞くと「外国人が道が分からないから」というような答えが返ってきます。いやそうじゃなくて、道案内をしてあげたいけど時間がなくて出来ない、だからみんなが困っているんですね。この「してあげたいけど、出来ない」という相反する2つ要素の板挟みが重要なんです。ここには簡単に解決できるマニュアルがあるわけではない、だからドラマも生まれるんですね。

あるいはこれも高校の演劇作りの授業で、よくする話なんですが「ある難病の子供がいるお話です。日本では手術ができず、アメリカで手術するしかない。親が必死になって手術費用2億円を貯めて手術をさせ、子供の命を救うことができました。さて、このドラマを面白くするために主人公である親の職業は何に設定したらいいか?」という問いを立てます。そうするとヤクザとか政治家、風俗嬢とかさまざまな答えが返ってきますが、私が用意している回答は「NGOのリーダー」です。NGOのリーダーは、お金を集めるノウハウもネットワークもあるけれど、その2億円を使って多くの難病の子供の命を救うこともできる、だから自分の子供のためだけにこのお金を使っていいのか、という葛藤が生まれるんですね。演劇の授業では“意地悪になって考えてみましょう”と教えています。普通は“良い子になりましょう”と教えられますから、真逆ですね。

今日の論点である「公共」の授業も意地悪になって、天邪鬼になって子供たちに考えさせることが重要なのかもしれません。

鈴木_確かに学校の先生も「いい人」は多いけれど「意地悪な人」って少ないですね(笑)

平田_そうなんです。先生って子どもが大好きだから本当に優しい人が多いですね。子どもに失敗させたくない、でも失敗から学ぶことの方が実は多いんですよね。

鈴木_おそらく、これまでの平田さんのお話を聞いて、そうはいっても演劇の指導なんか経験がないし、どうやっていいか分からないと感じる先生も多いのではないでしょうか。そうであれば脚本を作るところまででも充分効果があると思います。ふたば未来学園のエピソードでもそうでしたが、平田さんの授業では脚本作りをとても重視しています。これは演劇経験のない先生でも可能でしょう。生徒も興味を持って取り組むのではないでしょうか。

豊岡市の実践

平田_私が今住んでいる兵庫県の豊岡市では38校のすべての小中学校で演劇の授業を行っています。そのために必要な先生の研修も時間をかけてやっています。豊岡市の教育長さんは、演劇が子どもたちにとって有意義なのはもちろんだけれど、先生にとっても大変役に立つとおっしゃっていました。豊岡市の中学校では演劇は「総合的な学習の時間」でやっているのでクラスの担任の先生が教えます。つまり教科と関係なく演劇を教えなければならないので、みなさん僕の演劇教育のDVDなんかを観て一生懸命に勉強してます。とくに若い先生はアクティブ・ラーニングの授業をやりたいという意識が強いですから熱心ですね。先生たちは演劇を通して学んだこと、体験したことを自分の担当教科でも応用するようになります。だから演劇を通して先生たちの能力もすごく伸びています。最初は確かに、「演劇なんて無理、大変そう…」という先生も多かったのですが、やってみれば子どもたちにとっては、とても楽しい授業なんですね。子どもたちの笑顔を見ると先生たちも嬉しいし、やる気になる。実際に他の授業での発言率も上がるなど目に見える効果が豊岡市では出ています。

豊岡市では小学生から高校生までの舞台芸術の学校を開講。コンテンポラリーダンス、演劇のワークショップやコンテンポラリーダンスを体験する。(写真提供:豊岡市民プラザ)

中学生、高校生を対象に行われた平田オリザさんによる演劇のワークショップ。(写真提供:豊岡市民プラザ)

鈴木_先生たちをどうやってやる気にさせるか、先生たちの能力をどう引き上げていくかがこれからの重要な課題です。というのは今回、学習指導要領が大きく変わりました。それにともなって教科書なども変わってきています。つまり書面や書物で、大きい方向転換がなされたので、次のステージはそれらを使って「教えていく人」をどう育てるかという局面にあります。私のいる慶応SFCでも高校の先生たちを集めた研究会を今、計画しているところです。

中学生、高校生を対象に行われた平田オリザさんのよる演劇のワークショップ。(写真提供:豊岡市民プラザ)

都市と地方の教育格差は縮まっている

平田_そうですね、さまざまな教育改革が進んでいると思います。ただ危惧するのは、教育の格差、よく言われるのは経済格差ですが、私は地域格差がこれからどんどん広がっていくように思います。

鈴木_地域の文化資本格差ですね。

平田_そうです。たとえば豊岡市の場合、人口約8万人で出生数は毎年600人くらいです。このくらいの規模であれば、それほど予算をかけなくても良質な文化を子どもたちに与えることは充分にできます。首長や教育長が覚悟を決めれば、子どもたち全員に質の高い芸術を届けることが出来る。

鈴木_それは必ずしも東京と地方の格差ではないですね。自治体によって、ここに気付けるかどうかにかかってきますね。文化って規模よりも濃度が重要なんです。豊岡コミュニティでは平田さんのやっている演劇が、子どもたちの共通の話題になっている。このことの価値は大きいですね。文化は人と人の間に生まれますから、濃度が大事なんです。そういう意味では、むしろ規模の小さい市町村の方が有利です。

平田_確かにそうですね。

鈴木_市長、教育長、校長、PTA会長、このあたりの人たちの関係も近いので、誰かが動けば一気に変えることができる。だから地方は今、すごいチャンスだと思います。これまで地方の弱点は、人材不足という点にありました。教育でいえば先生を導くメンターやアドバイザーのような人が地方には少なかった。しかし今回のコロナ禍を機にオンラインが一気に普及して、この問題は解決されつつあります。たとえば私は山口県萩市の教育に携わっていますが、オンラインでのコミュニケーションがとても増えました。とくに高校生にとって身近なメンターとは都会の大学生ですが、ここがオンライン化したことでつながりやすくなりました。だから課題解決型の授業や、地域社会に根ざした社会科「公共」の授業はオンラインを活用すれば、むしろ小規模な地域の方がうまく出来るはずなんですね。

平田_豊岡市はコウノトリの生息で有名な場所ですが、コウノトリはカエルやドジョウを主食にしているのできれいな田園が必要なんですね。無農薬で安心、安全な田んぼで栽培した豊岡のお米を「コウノトリ米」というブランド米で売っています。豊岡では小学校でみんなこの話をふるさと教育で教わるのですが、ある時、小学生が地元の特産品であるこのコウノトリ米をどう売るか考えたんです。そしてコンビニのおにぎりをコウノトリ米にしてほしいと交渉に行きました。さすがに全国チェーンのコンビニでは無理だったのですが、次に豊岡市長に直談判したんですね。コウノトリ米を給食に出してほしいと。けっこう高額なお米なんですが市長は小学生の取り組みに、心動かされて週二回給食で供すようになりました。小学生の提案が採用される、こういう事が8万人くらいの町では現実に可能なんですね。

鈴木_すごい話ですね。住民も税金の使われ方として納得せざるを得ない(笑)。

平田_しかもこれ、ふるさと納税のお金でまかなったので市の基本財政も痛みませんでした。

アカデミシャンとしての先生の役割

鈴木_先生の話に戻すと、大学のない地方においては最高の知識人、文化人は実は高校の先生なんです。昔は分からないことがあると“高校の先生に聞いてみよう”となったものです。そういう地域のアカデミズムの担い手としての自覚と誇りを取り戻してほしいという思いもあります。

平田_たとえば半沢直樹を演じている堺雅人さんは宮崎県の名門高校の出身ですが、ここに伊藤一彦という若山牧水研究の第一人者にして歌人でもある先生がいました。堺さんはこの伊藤先生の教えを受けて、文学や演劇の面白さに目覚め早稲田大学に進学して俳優を志したらしいですね。鈴木さんが言われるように、地域の高校教員には大学教授顔負けの知性の持ち主がいますよね。

鈴木_そうなんです。地元の郷土誌研究の第一人者は、高校の社会科の先生、もしくはOB・OGの方であることが多いですね。憲法に「学問の自由」とありますが、この意味は立場に囚われず、権力の介入を受けずに誰でも自由に研究を行い、その成果を発表できるという点にあります。一般に高校までは「学習」で、大学から「学問」が始まると言われますが、高校の先生はその橋渡しのような存在だと思います。そういう自覚と誇りを持ってほしいですね。

共感能力を育てる

平田_最後にお話しておきたいのは「共感する力=エンパシー」についてです。異なる価値観を持つ人たちがどのようにしてエンパシーを持ちうるのか。ブレイディみかこさんのベストセラー『僕はイエローでホワイトで少しブルー』では、さまざまな階級や人種の子どもたちが共存するイギリスの学校でエンパシーを養う模様が描かれています。国際バカロレアでも強調されていますが、エンパシーは教育において今もっとも重要視されている能力です。日本でも徐々に浸透してきていますが「シンパシー=同情」と混同されやすい。災害が起こると日本人は強いシンパシーを抱きますよね。ところが価値観が異なる相手へのエンパシーは苦手です。

たとえば今回のコロナ禍では「夜の街」がすごく叩かれました。でも、夜の街で働かざるを得ない人の事情や、そこに行ってしまう人たちの気持ちに思いを馳せるという声はほとんど聞かれませんでした。あるいは「不要不急」という言葉がよく使われましたが、何が不要で不急かは人それぞれです。たとえば一般的に美容整形手術は不要不急かもしれませんが、性の不一致で苦しんでいるLGBTの人にとっては尊厳に関わる問題かもしれません。エンパシーとは自分と価値観や考え方が異なる相手に対して、想像力を働かせて共感する力です。コロナ禍で改めてあらわになりましたが、日本人にはまだこの力が足りない。だからこそ演劇教育や対話型授業が果たすべき役割は大きいと感じています。

鈴木_共感能力の対義語は同調圧力だと思っています。日本は同調圧力が高く、生きづらい社会だと言われます。しかし日本はすでに農業も漁業も製造業、サービス業、小売業もノン・ジャパニーズの力を借りないとやっていけない社会になっています。学校の教育現場も同様で、日本語を話せない生徒が増えており、先生たちは大変な苦労をしつつも、これに対応しようと努力されています。このような多様性な社会で問われるのは、まさに異なる価値観を持つ人へのエンパシーです。そして「公共」という言葉の意味も、この多様性とエンパシーを前提に理解し直す必要がある。2022年から始まる新科目「公共」がこのために導入されたことは言うまでもありません。

【了】

平田オリザ 劇作家・演出家

1962年東京生まれ
劇作家・演出家・青年団主宰
こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督
1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞
2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞
2020年9月に開催された豊岡演劇祭2020ではフェスティバルディレクターを務めた。

鈴木寛 東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

1964年兵庫県生まれ。
東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。

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