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公共 NEWS

【ジョブ型かメンバーシップ型か】働き方について深く考えるための公共の授業

新科目「公共」では、大項目「B:自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち」で学習する事項の中に「職業選択」「雇用と労働問題」が位置づけられています。労働やキャリアに関する単元は「人間と社会の在り方についての見方・考え方を働かせ、現代の諸課題を追究したり解決したりする活動」が実践しやすく、「公共」という科目の性質とも相性が良い単元ですが、苦手意識を持たれている先生も多いのではないでしょうか。

本稿では、「雇用と労働問題」の学習を通じて働き方の未来を構想する社会科の授業実践をご紹介します。

労働やキャリアに関する学習はなぜ難しいか

労働やキャリアについては、「学校教育の中で学ぶ機会が少ない」という点がしばしば問題視されています。現行の公民科の授業でも労働三法や日本型雇用システムの変化については学習しますが、必ずしも実際の就労と結びついた生きた学びとはなっていないのが現状です。また、公民科の授業以外でも職業体験やインターンシップなどが多くの学校で行われていますが、現行のキャリア教育には批判も向けられています[1]。『13歳のハローワーク』という本が一時期ベストセラーになりましたが、「こういうことが好きな人はこの職業に向いている」という職業適性だけを重視したキャリアプランニングは大きな問題があるといえます。

一方で、労働市場の厳しい現状を理解させるために「ブラック企業」の問題を取り上げる授業実践も出てきています。長時間労働やハラスメント、賃金格差など現代の労働問題を知ったうえで労働者の権利や職場のルールについて学習することは、労働市場において適切に身を守るためには確かに重要ですが[2]、過労死や違法労働に関するメディア報道などを通じて「働く=ブラック」という印象を持っている生徒も多いため、こうした印象を過剰に煽るだけの授業に陥らないよう留意する必要があります。

このように、公民科の授業において労働やキャリアというテーマを扱うことは一筋縄ではいかない面があります。では、働き方の未来を構想する授業をどのように実践していけば良いのでしょうか。今回は、早稲田大学高等学院中学部の中3社会(公民分野)で実施した「雇用と労働問題」の授業を紹介したいと思います[注3]。

[注1] 例えば児美川(2013)は、学校でのキャリア教育が「やりたいこと」探しに偏重しており、労働市場の厳しい現状に目を向けていないことを問題点として指摘しています。
[注2]「公共」の学習指導要領には、「「雇用と労働問題」については、仕事と生活の調和という観点から労働保護立法についても扱うこと」と記載されています。
[注3] 労働というテーマに関しては、相川翼先生がマインドマップを入口にして労働の変容を問う授業実践を紹介されています。本稿で紹介する実践が政経側からのアプローチなのに対し、相川先生の実践は倫理側からのアプローチになっていますので、併せて参照していただくとより授業に活かしやすくなると思います。

ジョブ型とメンバーシップ型

今回ご紹介するのは、3学期の「雇用と労働問題」の授業のうち、日本型雇用システムについて扱った部分です。

最初に、OECDによる高等教育機関への進学率の国際比較データ(図1)を提示したうえで、大学入学者の平均年齢が日本で低くヨーロッパ諸国で高い理由を考えてもらいました。新規学卒一括採用という日本型雇用の特徴が、進学のあり方にも影響を及ぼしていることに気付いてもらうのが狙いです。

OECD(2017)“Education at a Glance”

そのうえで、日本型雇用システムの特徴と変容についてメンバーシップ型とジョブ型の対比を踏まえながら学習しました[注4]。ここで注意すべきなのは、以下の二点です。

一つは、生徒の具体的なイメージと結びつけることです。日本型雇用システムについて用語中心で教えても、「自分には関係ない社会の話」だと捉えられてしまいます。そのため、「メンバーシップ型とジョブ型、あなたが就職するなら?」など、できるだけ生徒に具体的な就労イメージを持たせることで、実際の就労と結びついた生きた学びに近づけることができます。

 

もう一つは、ジョブ型導入への動きを具体的に紹介することです。一部の企業では限定正社員(ジョブ型正社員)の導入が進められており[注5]、業務の成果で評価する人事制度への移行や在宅勤務に限定した社員の採用を表明する企業も出てきていますが、こうした動向を取り上げることでジョブ型の働き方がイメージしやすくなります。なお、2020年のコロナ禍によってテレワークの導入が進んだことも特筆すべきでしょう。生徒からのコメントシートでも、「テレワークはメンバーシップ型と相性が悪いのではないか」という指摘が多数ありましたが、ジョブ型の働き方について学びを深めることは働き方の未来を考えるうえで今後ますます重要になると考えられます。

[注4] 濱口(2013)は、「人に仕事を貼り付ける」働かせ方を「メンバーシップ型」、「仕事に人を貼り付ける」働かせ方を「ジョブ型」と名付けて対比しています。
[注5] 日本経済団体連合会が2020年6月~7月に実施した「2021年度入社対象 新卒採用活動に関するアンケート」では、ジョブ型採用を「実施している」が22.7%、「実施予定」が1.2%、「検討している」が16.3%となっています。


参考資料 教育図書「公共」教科書 p122-123

 

働き方の未来を考える

以上の内容を授業内で学習したうえで、発展的な学習として次の二つの課題に取り組んでもらいました。

一つ目の課題は、雇用・労働に関するマクロデータを自分で探したうえで分析・考察するレポート課題です(分量はA4二枚程度)。

今回のレポート課題では、長時間労働、女性の就労、外国人労働者、起業、コロナ禍の影響を題材として取り上げたものが多く見られました。また、以下のように親の働き方との比較をテーマ設定に活かしたレポートもありました。

このレポート課題の狙いは、次の二点です。一つは、自分が持っていた印象とマクロデータの違いに気付いてもらうことです。データから読み取れる傾向が自分の予想と違った時に生じる「なぜこのような傾向になるのか?」という疑問と向き合うことで、社会に対する認識をアップデートすることができます。これは、社会科学において特に重要となる思考法です。もう一つは、将来に繋がる視点を持ってもらうことです。労働市場の今後の変化を占うことは容易ではありませんが、③を通じて今後の動向に目を向けてもらうことで将来に繋がる視点を自然と獲得することができます。

今回のレポート課題では、長時間労働、女性の就労、外国人労働者、起業、コロナ禍の影響を題材として取り上げたものが多く見られました。また、以下のように親の働き方との比較をテーマ設定に活かしたレポートもありました。

私の父は何度か自ら転職している。そのため、私は転職することは珍しいことではないし、自分も将来するのだろうなと思っていた。しかし、公民の授業で日本型雇用システムを学ぶうえでその考え方が変わった。日本の年功賃金と終身雇用といったシステムでは、転職をしない方が得だと知ったからだ。そこで本レポートでは、転職に関するデータを通して日本の転職者が今後どのようになっていくかを論じる。

 

二つ目の課題は、ジョブ型の働き方に関する論述問題です。以下の論述問題を期末試験で出題し、事前に問題を告知したうえで解答してもらいました。

この設問もレポート課題と同じく、将来に繋がる視点を獲得してもらうことを狙いとして出題しました。なお、生徒には「理由が明確に述べられていれば、「ジョブ型の働き方は導入すべきではない」という方向性の解答も認める」という旨を予め伝えました。

以下、今回の答案の中で掲載の了承が得られたものを紹介します。

【生徒Aの答案】

ジョブ型の利点として、労働時間の限定が挙げられる。また、自分が今まで学んできた専門的知識を活かして仕事をすることができる。しかしながら、経験や職歴などが必要であり、若い頃から働くのは難しい。また、ポジションごとの求人になるためキャリアアップが難しく、有期雇用であるという欠点もある。メンバーシップ型では、年功序列型賃金のため歳を重ねるごとに給料が増えていくという利点がある。また、会社内で育成をするため、色々な部署を経験し自分に合った仕事を見つけることができる。さらに、無期雇用であるという利点もある。私は、ジョブ型の良い点を取り入れつつ、メンバーシップ型の仕組みをしっかりと残した方が良いのではないかと考えた。具体的には、ジョブ型の良い点である「労働時間の限定」を取り入れるべきだと思う。これによって、労働者も自分を見つめ直す時間を作り、スキルアップしやすくなると思う。そうすれば、今の日本の考え方である「終身雇用が当たり前であり、転職は仕事ができない人がすること」という考えが徐々に薄れていき、自然とジョブ型社会に近づいていくのではないかと考えた。

生徒Aの答案は、各々の働き方の利点・欠点を簡潔に整理したうえで「労働時間の限定」のメリットに着目しています。メンバーシップ型の欠点である長時間労働を是正することでスキルの習得が容易になり、結果的にジョブ型に近づくのではないか、という見通しを立てている点が特徴的です。近年は転職や起業に対して肯定的なイメージを持つ生徒が増えていますが、この答案のように転職や起業のあり方をメンバーシップ型・ジョブ型の特徴と関連させて理解することで将来への見通しがより広がると思います。

【生徒Bの答案】

私は、ジョブ型正社員を比較的業務が限定されている企業を筆頭に多数導入するべきだと考えている。メンバーシップ型では失業率が低く、雇用保険などをはじめ会社が労働者を保護してくれるが、新卒を重視しているため中高年で転職をすることが難しいことや、残業や転勤が多く労働者の負担が大きいことなど課題も多くある。一方でジョブ型は専門性を必要とするため、残業や転勤が少なく、中高年でも転職が容易であるが、日本ほど昇進はなく、高学歴化が進展し若者が排除される懸念がある。そのため、まずは業務が限定されている会社を中心に、ジョブ型を中心とした年功序列賃金の終身雇用をするジョブ型とメンバーシップ型の長所を生かした働き方を進めるべきである。ただ、この専門職は半永久的になくならないものである必要があるため、職種によって導入の塩梅を調整する必要がある。その第一歩として、業務が限定されている企業を中心にジョブ型正社員を導入することで徐々に多様な働き方が推進されるのではないだろうか。

生徒Bの答案も「両方の利点を生かすべき」という立場に立っていますが、その具体策として業務が限定されている企業で限定正社員(ジョブ型正社員)を積極的に導入することを挙げています。今回のジョブ型とメンバーシップ型のように異なる利点と欠点を持つ制度について考察する際、どうしても折衷案に飛びつきたくなるのですが、闇雲に折衷するだけでは各々の利点を活かした制度にはなりません。ジョブ型の働き方の推進に対する生徒の意見はかなり割れましたが、「どっちもどっちだよね」「いいとこ取りすればOK」という結論で終わらせるのではなく、この答案のように「各々の利点を活かした制度をどう設計するか」まで踏み込んだ考察を行うことが重要です。

キャリア教育としての「公共」

ここまで、日本型雇用システムの学習を軸に働き方の未来を考える授業実践を紹介してきました。レポート課題と論述問題はいずれも中学生にとってハードルの高いものでしたが、大半の生徒がジョブ型・メンバーシップ型の働き方をめぐる問題を自らの興味関心に引きつけながら考察できていました。コロナ禍という状況下で、働き方の変化に対する生徒の関心も特に高まっていたのではないかと感じます。なお、今回は授業時数の都合上、授業内で講義中心の解説を行ったうえで、レポート課題と期末試験の論述を通じて理解を深めてもらう方法を採りましたが、授業内でグループワークやディベートなどを行って議論を深める方法も考えられます。

また、今回の授業実践に対する反応として意外だったのは、「働き方について家族と話をした」という生徒が少なからずいたことです。特に労働やキャリアに関する学びは、授業内だけで完結するものではありません。学校の授業で学んだことを家庭に持ち帰り、そこで対話が発生することで、自然と学びも深まっていくでしょう。

労働市場のあり方が急速に変化していく中で、労働やキャリアに関する授業も絶えずアップデートしていく必要がありますが、生徒が働き方の未来を構想できるよう授業展開を工夫することで、公民科の授業もキャリア教育として重要な役割を果たせるのではないでしょうか。新科目「公共」をキャリア教育の一環として位置づけることができれば、より実り多い科目になると思います。

〔参考文献〕
児美川孝一郎,2013,『キャリア教育のウソ』筑摩書房.
濱口桂一郎,2013,『若者と労働:「入社」の仕組みから解きほぐす』中央公論新社.

 

<了>

 


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前田圭介

(まえだ・けいすけ)東京大学大学院教育学研究科 比較教育社会学コース修了(修士)。早稲田大学高等学院や早稲田大学本庄高等学院、栄光学園中学高等学校などで公民科講師として勤務。現在、松本秀峰中等教育学校社会科教諭。少人数制探究型学習塾「知窓学舎」の運営にも関わる。教育図書「公共」の教師用指導書の執筆にも参加予定。

研究テーマ:教育と労働の接続、就職指導、定時制高校、公民科教育と社会学。