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工藤勇一×鈴木寛「これからの学校の話をしよう」part3

校長として麹町中学を大胆に改革し大きな話題を集めた工藤勇一氏。政治家、研究者として長年、教育改革に尽力してきた鈴木寛氏。お二人の対談をお届けします。

PART1 工藤勇一×鈴木寛「これからの学校の話をしよう」
PART2「教育はサービス産業産業ではない」「自己決定できない日本人」
PART4「民間と公教育はどう連携していくべきか」「学びとは学び方を学ぶこと」

PART3では教育現場で起こる対立やジレンマをどう乗り越えていくべきなのか、コミュニティ・スクールのあるべき理想像についてお話いただきました。

左/鈴木寛氏、右/工藤勇一氏。対談は11月2日にオンラインで収録された。

世界基準からずれた日本の教育

鈴木:OECDが発表した「教育2030プロジェクト」という報告書があります。私も理事として内容に深く関わってきました。3つの柱があって「創造:新しい価値を創造する力」「自律:責任ある行動をとる力」「尊重:対立やジレンマを調停する力」。私がもっとも強調したかったのは3つめの対立とジレンマをどう乗り越えるかという点です。日本の教育は、これまでむしろ対立やジレンマが起こらないことを目指してきました。これからは逆に、対立とジレンマをどんどん露わにしていくべきです。

なぜなら本当に重要な決定は対立とジレンマを通してしか生まれないと私は考えています。対立する相手との対話を通して、自分が寄って立つ本当の価値が何なのかが自覚されるんですね。もちろんお互いに譲れない、合意できないということもあるでしょう。しかし自分の考えを相手に分かってほしいという真剣な対話を行えば、たとえ合意を作れなくても、お互いの違いを深く理解することができます。これが共生なんですね。つまり敵・味方という関係ではなくて、すくなくともライバル関係が生まれるわけです。敵は殲滅すべき対象ですが、ライバルはお互いに切磋琢磨する相手であり盟友です。勝ったり負けたり、譲ったり譲られたりする関係の中からデモクラシーが生まれて、より良い社会に進んでいく。公共哲学では「ライバリーデモクラシー」と言いますが、このような人と人との関係、社会のあり方を当事者として学んでいくことが、これからの教育においてももっとも重要だと考えています。

工藤:OECDの教育2030プロジェクトは、私もよく参照しています。これが世界標準の教育の考え方ですね。一方で日本の学習指導要領の3本の柱はいまだに「知・徳・体」ですよね。私が疑問を感じるのは「徳」です。思いやりの心を育てようと道徳教育が重視されていますが、はたして「心」を育てることなど可能なんでしょうか?孔子の言葉に「吾、十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、のりをこえず。」とあります。孔子でさえ、70歳にしてようやく心のままに生きることと徳が一致したわけです。ましてや10代の子どもにできるわけがありません。いじめがあったときに、いじめられた相手の心を理解しようとよく言われますが、他人の心を本当に理解することなどできません。鈴木さんのお話にあったように、自分と他者との間には対立やジレンマが常にある。差別する心を完全になくすことはできない、人間とはそういうものだという前提に立った上で、しかし差別的な発言はやめましょう、いじめ行為をやめましょう、この点で合意しましょうとすべきなんです。つまり心を変えるのではなく、行為を変えることが重要で、徳でなく技術の問題なんです。OECDの報告書はそのような考えのもとに書かれており、この世界標準に日本の指導要領も合わせていくべきではないでしょうか。


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コミュニティ・スクールはなぜうまくいかないのか?

鈴木:おっしゃる通りだと思いますね。自分と他者は異なる存在であるという前提の上で、どのように共生していくか、コミュニティを作っていくか、これは今、世界的にも、切実かつ重要な課題で、ありとあらゆる事柄に関係しています。

今日のテーマである「学校」でいえば、日本には「コミュニティ・スクール」(学校運営協議会制度)という制度があります。保護者や地域住民の意見を学校運営に反映させて、地域社会とともにある学校づくりを進めるための仕組みです。さまざまな立場の人が学校運営に参加するわけですから当然、対立やジレンマが起こります。お金が足りない、時間がない、人が足りない、あちらを立てればこちらが立たず、というジレンマは常に起こっています。ここでも重要なことは、同じテーブルについてジレンマや対立を露わにし、対話と熟議を重ねることで、地域社会にとって学校がどうあるべきか、それぞれの立場や考え方の相違を知ることです。そして調停できる点については合意を作り、できない点については相違を認めながらも共生していく道を探ることだと思います。つまり普遍的な正解ではなくて、個別的・暫定的な合意を作る力ですね。

工藤:麹町中学もコミュニティ・スクールを導入しました。そして鈴木さんが意図していたコミュニティ・スクールの理想を実現できた数少ない学校の一つだと自負しています。そもそも何のためにコミュニティ・スクール制度を作ったのか、当たり前の話ですが学校をより良くし、子どもたちの学びを向上させるためです。そのために学校運営の当事者として学校の外からも人を入れようという試みです。ところが実際に何が起こったかというと、社会に開かれた学校、地域と共にある学校にしようと言うことで、学校運営協議会に自治会長さん、保護司さん、大学教授、学校OBなどいろんな方をバランス良く入れることになりました。この人たちは確かに地域の関係者や教育の専門家ではあるけれど学校の当事者ではないんです。だから評論家みたいに好き勝手いろんなことを言うだけに終始してしまう。一番の当事者であるはずの保護者の方はPTA代表、副代表くらいしかいない。おおよそ日本のコミュニティ・スクールは、そのようなメンバーで構成されています。

これを麹町中学では大きく変えました。メンバーを選ぶときにもっとも重要視したのは、一緒に学校運営をやってくれる人かどうか、これにつきます。うまくいかなったときにはリスクも負いますよ、その覚悟はありますかと何度も説明をしました。そうやって集まったメンバーですから、当事者意識がとても高い。うまくいかなかったら責任を負いますから、みんな真剣に学校について考えてくれます。たとえば麹町中学では、学校運営協議会から出たアイデアで、年に数回、公募した生徒を呼んでブレインストーミングを実施しています。大人と子どもが一緒になって、どうしたら学校をより良くできるかを考えています。

また保護者のメンバーを増やしたことで、保護者の当事者意識がとても高まりました。「学校評価」という法律で定められた制度があるのですが、昨年は30人くらいの保護者が参加して、教員たちと徹底した議論を行いました。保護者と教員がこれだけの人が集まると、いろんな意見の相違や対立が起こりますが、敵vs味方の関係にはなっていません。なぜなら最上位目標が共有できているからです。麹町中学の最上位の目標は「子どもたちの自律の尊重」ですから、常に会議ではこの目標に合致しているか、いないかが問われます。協議会を重ねるほどこの最上位目標への意識が高くなっていき、いろんなアイデアが生まれています。

コミュニティ・スクールとは本来このように運営されるべきだと思います。麹町中学の成功例はいろんな学校で横展開できるはずなんですが、現状うまくいっていない学校がほとんどですね。私が1校、1校周ってコンサルティングしてあげたい気持ちですね(笑)。

鈴木:ぜひ、そうしていただきたい(笑)。コミュニティ・スクール構想の当初の意義は、自治会組織とは異なる地域コミュニティを学校を通じて作るということにもあったんですね。というのは自治会というのは親子三代で住んでいる人の意見が、最近引っ越してきた人よりも絶対に強いんです。しかし学校はそういう場所ではない。保護者であればみんな平等ですし、もっと言えば子どもがいない人でも学校作りを通じて地域に貢献したいという人だっているわけです。そのような教育に主体的にコミットしたいという人が集まり、学校運営を通じて地域コミュニティを活性化させようという狙いもあったんです。

先ほど子どもたちの自己決定力が重要だというお話がありましたが、大人たちこそ自己決定が重要で、保護者や地域住民が主体的に学校運営に関わることで地域コミュニティを作っていこうという大きな運動でもあったんですね。しかし工藤先生のご指摘の通り、当初の目的は形骸化してしまっているというのが現状です。

PART4へ続く

 

取材・構成/篠宮祐介(教育図書編集部)

工藤勇一 学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

1960年山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て2014年千代田区立麹町中学校校長。20年4月から現職。内閣官房教育再生実行会議委員。著書に『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)、『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』(SB新書)、『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)ほか多数ある。

鈴木寛 東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学政策・メディア研究科教授

1964年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(2期)、文部科学大臣補佐官(4期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、大阪大学招聘教授、千葉大学医学部客員教授、神奈川県参与、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member、日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。2020年より渋谷区参与。1995年より今も続く私塾「すずかんゼミ」では多数のIT・メディアベンチャー、社会起業家、アーティスト、教育改革者などを多数輩出している。

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