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静岡県富士市の中学校で、家庭科の教鞭をとる望月先生。1年生は茶摘み、2年生はほうじ茶づくり、3年生は和菓子づくりなど地域と協力しながら体験型の授業を積極的におこなっています。地域の食や伝統を大切にしている望月先生ですが、教員になって間もないころは、失敗もし、目の前の授業で精一杯だったそうです。今年教員歴25年を迎え、今までのことを振り返っていただきました。
望月 朋子(もちづき ともこ)先生
静岡県の公立小・中学校にて、家庭科の指導にあたる。最初の赴任先では生徒と授業をすることが楽しくて仕方なかったが、生徒に質問されてもしっかり答えられないことがあった経験から、「もう少しきちんと家庭科の楽しさを伝えられる授業をしたい」と考えるように。もっと勉強しなければと思い、今日まで多くの授業実践を発表。研究発表に「調理科学を学ぶ教材としてのハンバーグの可能性:調理実習における引き算ハンバーグの試み」(埼玉大学教育学部附属教育実践センター紀要)、「中学生が地域のお茶を学ぶ:生徒の社会科学的認識を育むことに着目して」(埼玉大学教育学部附属教育実践センター紀要)、「中学生が家庭科で和菓子を学ぶ」(家庭科教育学会誌)など。
家庭分野教科書 – 教育図書 (kyoiku-tosho.co.jp)
目次
編集部:望月先生がご当地のお茶や和菓子で家庭科の授業をされているのを知り、生徒さんが生き生きと学んでいる様子が伺えました。具体的にはどのような授業なのですか?
望月先生:和菓子づくりの職人さんを学校にお呼びして、「和菓子の練り切りのつくり方を習う」という授業でした。コロナのときに調理実習をしたかったのですが、感染対策を含め、自分一人ではとても準備ができず困っていました。そんなときに富士市の食育推進室の人が協力してくださり、実現することができました。もともと富士市の食育推進室の方がやられていた事業で、「田子の月」というもなかなど地元では有名な和菓子屋さんの工場で働いていらっしゃる職人の方に来ていただきました。
編集部:生徒さんの反応はいかがでしたか?
望月先生:練り切りを混ぜていくと赤から白へとほんのり色が変わっていくところなど、色のグラデーションが綺麗でした。つくり方を見ているときは簡単そうなのですが、実際つくってみると、手にくっついてしまったり、形が講師の先生の見本のように美しくならず、個性的な椿になってしまったり。でも、富士市のお茶と一緒に和菓子を味わうと、みんなリラックスした気持ちになっていました。「黒文字※(くろもじ)」を使った和菓子の食べ方・日本茶の飲み方のマナーなども学べ、地域の食や伝統について興味をもつことができたようです。
生徒からは「ほかの季節の和菓子はどんな形のものか知りたいので、自分で田子の月さんのお店に買いに行ってみたい」「ほかのメーカーやほかの地域ではどんな風につくっていて、どんな味がするのか知りたい」「修学旅行で京都に行ったときは、京都のお菓子とお茶を知りたい」など、学びが身近な地域のことからほかの地域へつながり、視野が広がったようです。
※大き目のようじのこと。
編集部:富士市の食育推進室の方とは、前からつながりがあったのですか?
望月先生:はい。前任校の取り組みですが、富士市主催の「食育弁当コンテスト」が毎年夏にあり、毎回参加させていただいています。弁当づくりのことなど、参加した当時からいろいろ相談させていただいていました。
編集部:望月先生の学校では、1年生が新茶摘み、2年生でほうじ茶づくり、3年生で和菓子づくりを学ぶそうですね。
望月先生:はい。転勤して今年は1年目で、前任校の取り組みですが、1年生は大淵笹場(おおぶちささば)※の富士市大淵二丁目ささば景観保存会の皆さんから新茶摘みを教えてもらっています。2年生は、ほうじ茶づくり。富士市農政課の方が富士市のお茶の葉をたくさん持ってきてくださり、それをフライパンで煎(い)るとほうじ茶になることを学びます。そのあとの調べ学習をしていたときに一人の生徒中島碧里(なかじまあおり)さんから、ほうじ茶を広める手段として「ほうじ茶どら焼き」をつくったらいいのではというアイデアが出ました。そして中島さんは自らお茶屋や和菓子店に足を運び、アドバイスをもらいながら、2年生の3月にほうじ茶どら焼き(略して「ホウドラ」)を50個つくって持ってきてくれました。こんなに早く実現させるとは!と驚いたことを覚えています。そして、お家の方に連絡すると、家では100個以上つくってくれたそうです。その中からプレゼント用に中島さんが上手にできたものを選んでていねいに包んでくれたそうです。本当に嬉しかったです。職員室の先生方とほうじ茶づくりを担当した富士市の農政課の方におすそわけをしました。
その後、地元のお店と共同開発した「ほうどら」を販売するまでになりました。中島さん、お家の方、農政課の職員さん、お店の方たちと多くの方がかかわって実現しました。販売が実現したことを応援してくれる中島さんの同級生もいます。
ほうじ茶どら焼きを考案した中島碧里さんと、共同開発した「ほうどら」
実際にお店で販売をした「ほうどら」(はんなりキッチン結 Instagramより)
碧里さんと、販売にあわせて「ほうどら」のポスターを描いてくれた同級生の鈴木咲羽(さわ)さん
碧里さんの考えたほうじ茶どら焼きをもとに共同開発した「ほうどら」として商品化し、販売してくださった富士市のはんなりキッチン結(ゆい)さん
編集部:その生徒さんは、将来スイーツをつくる職業に就きたいのでしょうか?
望月先生:いえいえ、私もそう思って尋ねたことがあるのですが、違いました。ほうじ茶を使った料理やお菓子などを発信して、富士のほうじ茶の魅力を伝えていきたいそうです。そこまで考えているんですよ。
編集部:なるほど。地域の方と協力しながら発信していく姿勢は望月先生と似ていますね。
望月先生:本当ですか。嬉しいですね。地域のものを知るということは大切だと思っています。静岡は特にお茶が有名なので、大人になったとき、静岡出身と言うと「お茶はやっぱり美味しいの?」と聞かれると思います。今はペットボトルのお茶だけはよく飲む、ご家庭に急須がないので、低い温度からいれる体験が少ない生徒も多くいます。そんな生徒たちと一緒に楽しんでお茶をいれたりすることで、地域のことや食べ物について考えていきたいです。静岡県富士市は海と山の幸に恵まれた地域ですから。
編集部:地域の方と一緒に授業されたきっかけのようなものはあったのですか?
望月先生:教員歴が10年目ごろに当時の勤務校の校長先生からアクリルたわしのつくり方を教えてくださる地域の方を紹介されたことがきっかけでした。生徒たちが地域の顔なじみの方と笑顔でかかわりつくり方をたずねていました。講師の方も、生き生きと本当に嬉しそうに、生徒に教えてくださっていました。そんな光景がいいなと感じました。そのころから、地域の方に協力していただきながら一緒に授業に取り組むことが多くなったと思います。
※大淵笹場(おおぶちささば)…富士市南麓、静岡県富士市の大淵地区にある茶園
編集部:そんな望月先生ですが、教師になって間もないころは、いろいろ失敗もされたそうで…。
望月先生:はい。初任者のころは、生徒の行動に予測がつけにくかったです。生徒に調理実習に使う乾燥わかめを数グラム持ってきてもらうはずが、袋ごと持ってきた生徒がいて、ボウル満杯にわかめを戻してしまいました。さらにクレープをつくるときクレープの具として好きな材料を持ってくるように伝えたら、生クリーム全部をホイップ状態にしてしまい、生クリームだけ食べてしまいました。他にも自分が準備しておいたコショウを2瓶置いておいたら、生徒が後ろでコショウのかけ合いを始めてしまい大変でした。失敗して初めて気づくことも多々ありました。その後、コショウは常に私の目の前に置いて、そこで使うというルールにしました。
編集部:教師になって間もないころは、教科書の順番通りにすべてのページを扱おうと授業を進めてしまい、「このページが終わらなかった」と悩む先生もいらっしゃる、と聞きます。そんな先生にアドバイスはありますか?
望月先生:そうですね、コーディネートのような力が必要になってくると思います。例えば、住まいのことを学んだら、防災や非常食のことをあわせて扱う、学校行事で防災キャンプがあったら教科書の順ではなく、先に扱うという感じです。少しずつ生徒の学びをつなぐことに取り組むことが大事だと思っています。
編集部:わからないことは、周りの先生方へお聞きしたりしていましたか?
望月先生:たくさん聞いていました。恥を忍んでというか、結局聞かないと生徒に間違ったことを伝えてしまうこともありますし、一人では限界があると思います。聞いてしまったほうが早いこともありますし、自分で気づかない、まわりの人たちのアドバイスにたくさん助けられたこともあります。生徒から教えてもらい、気づいたことも数多くありますよ。
編集部:今後、取り組みたいことはどのようなことでしょうか?
望月先生:今後も引き続き、地域の食材、人とのかかわりを大切にした授業を考えて実践していきたいです。その中で地域の食材やよさを再発見したり、仲間や多くの地域の方々と一緒に学び合うことができると思います。ほうじ茶については学習を通して生徒たちと頑張って5年後、10年後にも少しずつでも根付いているような活動になるといいなと思っています。
今までコロナ禍で、一人で調理することが多かったのですが、今後はグループでかかわり合いながら調理をしたいと思っています。豚汁やカレーなどで、「にんじんが苦手だから小さく切ってほしい」とか「作り方、これでいい?」、「おかわりどうぞ」とか、一つの料理を調理の過程で関わり合ったり、語り合ったり、囲んで分け合うなど、コミュニケーションを大切にした調理実習や食の学びに取り組んでいきたいです。
家庭分野教科書 – 教育図書 (kyoiku-tosho.co.jp)
取材・文/武石暁子(教育図書編集部)