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今、なぜ金融教育が必要なのか? 〜家庭科における効果的な金融教育の授業とは〜

家庭科_金融教育_教科書

近年、金融教育や金融リテラシーが世間で注目されています。学習指導要領の改訂に伴い、家庭科でのお金に関する内容も拡充され、教育現場の中での金融教育の必要性も高まってきています。家庭科の先生からは、「限られた授業数の中で、どのように取り上げればいいのか」、「どのような教え方が効果的なのか模索している」などという声も聞こえてきます。

そこで、金融教育に関するさまざまな取り組みを行っている金融広報中央委員会事務局金融教育プラザリーダー・河合真児さんに、なぜ今、金融教育や金融リテラシーが必要なのかについて、お話をうかがいました。

 

金融広報中央委員会とは

編集部:「知るぽると」の愛称で知られている金融広報中央委員会ですが、どのような組織なのか教えてください。

河合さん:金融広報中央委員会は、各都道府県にある金融広報委員会や日本銀行、地方公共団体、民間団体等と協力して、国民に対して、中立・公正な立場から、暮らしに身近な金融に関する幅広い広報活動を行っています。1952年に貯蓄増強中央委員会として発足し、1988年に貯蓄広報中央委員会、2001年に金融広報中央委員会の名称となり、70年以上の歴史があります。そして、官民一体となった金融経済教育を普及するために、全国銀行協会、日本証券業協会と共に発起人となり設立された金融経済教育推進機構が、今年の8月から本格的に始動する予定です。金融広報中央委員会の機能も移管・継承されます。

編集部:金融広報中央委員会は、具体的にどのような活動を行っているのでしょうか?

河合さん:教材や広報誌を発行したり、ホームページやSNSなどで、金融に関する情報を発信したりしています。出前授業やセミナーなども実施し、金融教育にかかわるさまざまな広報活動を行っています。金融リテラシーの実態を知るための調査も実施しています。

 

今、なぜ金融リテラシーが必要なのか?

編集部:学校では学習指導要領の改訂に伴い、金融教育の内容も広がりましたが、なぜ今、金融教育が注目されているのでしょうか?

河合さん:OECD(経済協力開発機構)では、「金融に関する健全な意思決定を行い、金融面での個人の幸福、ファイナンシャル・ウェルビーイングを達成するために必要な、金融に関する意識、知識、技術や態度や行動」のことを金融リテラシーと定義しています。知識だけではなく、自ら選択し、判断する力です。政府の方針としても、2022年11月に貯蓄から投資へのシフトを抜本的に進めるために打ち出した「資産所得倍増プラン」の中でも金融リテラシーの向上の必要性を掲げています。
金融リテラシーを高めるための金融教育では、投資をしたりお金を増やしたりすることだけが目的ではありません。家計管理、将来に向けての生活設計という土台を築いたうえで、金融商品を選択する力を身につける、そのために金融経済を理解していくのが基本です。

 

金融リテラシー

▲金融リテラシー啓発用共通教材「コアコンテンツ」

 

編集部:そのような金融リテラシーが必要とされる背景にはどのようなことがありますか。

河合さん:近年の環境の変化として、高齢化、デジタル化、脱炭素、さらにSDGsの社会的な広がりなど、さまざまなものが多様化している状況があります。これまでは、学校を出て就職して、同じ会社で働いて、職場に通いやすい場所に住んでという固定化された概念がありましたが、近年はその状況が大きく変わっています。働き方もそうですし、結婚するのかしないのか、住む場所はどこにするのかなども多様化していて、社会の状況も変わっています。
また、選挙権年齢や成年年齢の引き下げに象徴されるように、若い人の社会参画が求められていることも、学校での金融教育が重要になっている背景にあるように思います。金融トラブルも、小学生でも被害にあうことがあり、低年齢化しているという現状があります。社会の変化に伴い、お金に対する価値観も変わってきています。そのような中で、必然的に学校教育の中で金融リテラシーを学ぶ必要性が高まってきているのではないでしょうか。

 

家庭科と金融教育のつながり

編集部:家庭科では、家計の管理や、消費生活、生活設計などについても学ぶので、金融教育とのつながりも深そうですね。

河合さん:金融広報中央委員会では、「学校における金融教育の年齢層別目標」を定めており、金融教育を実践する上で大切な概念図も作成しています。金融や経済の仕組みに関する分野、生活設計・家計管理に関する分野、消費生活・金融トラブル防止に関する分野、キャリア教育に関する分野という4つの分野に整理し、それぞれの学年で学ぶ内容をまとめています。

 

金融教育の年齢層別目標

▲金融広報中央委員会「学校における金融教育の年齢層別目標【改訂版】」金融教育の4つの分野と重要概念 より

 

編集部:家庭科の中で学習することと重なりますね。金融教育はどのように役立つでしょうか?

河合さん:家庭科の先生は、新しいことを教えなければならないうえに、主体的、対話的で深い学びや教科間連携など、教え方を工夫することも求められ、いろいろと大変だと思います。金融教育は、社会の中で生きる力を育む教育です。金融教育は、正解がないことについて考え、生徒自らの価値観の創造につながるように思います。社会を学ぶこととお金を学ぶことは切り離せない部分があります。さまざまな人との意見交換や交流を通じて、自身の考えを深めることもできます。知識・技能、表現力、学びに向かう力を育むために、ぜひ金融教育を活用してもらいたいと思います。

編集部:具体的に授業の中で、どのように金融教育を取り入れていけばよいでしょうか?

河合さん:金融教育は難しいと身構えてしまう方や、大事だけど、今は金融教育以外にも取り組む内容がたくさんあり大変だという声も聞きます。授業時間も限られていますので、まずはこれまで教えてきたことにお金の要素を少しずつ織り込んでいくだけでもいいのではないでしょうか。
たとえば、自転車に関する安全について授業で教える際に、保険や自転車の購入代金の支払いにクレジットカードを使いますね、とお金の話を絡めていく。食生活では、調理実習の材料をどうやって買うか、その際にお金を関連づけて家計管理に織り込んでいくなど、小さな工夫はいろいろあると思います。さまざまな分野で、学習とお金の関連に触れることで、金融に対する意識が高まるのではないでしょうか。

 

教育図書家庭分野

▲教育図書「新 技術・家庭 家庭分野 暮らしを創造する」p.232-233

 

カリキュラムマネジメントの方法や効果的な教え方

編集部:金融教育は、家庭分野以外の科目にも関連しますが、他教科との連動についてはどのような方法が考えられますか?

河合さん:家庭科の先生と他教科の先生が一緒になってカリキュラムを組むのは大変なことです。まずは、たとえば、数学で金利計算を習いますが、家庭科で金融商品について習うときに使えるよね、と触れてみる。銀行について学ぶ際に預金を借りる、お金のやり取りを学んでいたとしたら、そのことを社会でも習ったよね、と家庭科の授業の中でも一言伝えることによって、生徒もつながりを感じられるようになるかもしれません。先生同士も教科の枠を超えて、まずは情報交換して他教科に関心をもち、連携を深めていくことが大事なのではないでしょうか。

編集部:出前講座なども行っているとのことですが、どのような反響がありますか?

河合さん:生徒さんも外部の人から話を聞くと新鮮と感じて興味をもってもらえたり、イメージが広がったなどと言っていただいています。
金融広報中央委員会が昨年実施した「15歳のお金とくらしに関する知識・行動調査(2023年)」では、中学校の授業で“学んだこと”と、“教えてほしいこと”についての調査を行ったところ、景気変動や経済政策、SDGsなどお金にかかるマクロの学びについてなどは、“教えてほしいこと”より“学んだこと”の回答が上回っていました。一方で、将来の働き方、人生設計と人生に必要な資金の計画、お金のトラブルの回避方法・対処方法、金融商品の特徴などのミクロの学びでは、“学んだこと”より“教えてほしいこと”の回答が上回っていました。お金に関する生活に身近なミクロの学びについてもっと教えてほしいと感じている中学生も多いようです。
先生自身が勉強として自分でやってみるという方法もありますが、外部に頼ったり、出前授業などを活用したりすることも大事だと思います。

 

15歳のお金とくらしに関する知識・行動調査

▲金融広報中央委員会「15歳のお金とくらしに関する知識・行動調査(2023年)」より

 

編集部:現場の先生にお話をうかがったり、実際の授業を見学したりすることもあるそうですが、実際に見られていかがでしたか?

河合さん:社会との接点を作りながら、お金の問題を生徒の自分事と感じさせるような授業づくりが上手な先生は、仲間づくりが上手だなと感じます。地元の商店街に気軽に声をかけて協力をお願いしたり、話を聞きに実際に出向いたり、フットワークも軽く、外部の人と上手に結びつきながら、その力を活用しているように思います。外部の方も、先生から協力を求められると、進んで協力してくれる方も多いようですし、地域の活性化に向けた新たな協働につながることもあるようです。恐れずにやってみることが大切なのではと感じます。

編集部:授業に活用できる資料なども作成されていますが、授業での活用方法などについて教えてください。

河合さん:金融広報中央委員会では、例えば、主として高校生向けには「これであなたもひとり立ち」というワークブックを制作しており、この教材を使った教え方をまとめた指導書なども用意しています。学校の先生のカリキュラム作りを助けたいという思いもあり、「知るぽると」のホームページから学習指導例を検索できるサービスも提供しています。当委員会が作成した学習指導例だけでなく、省庁や団体などが作成した金融教育などに関する資料も検索することができます。
また、先生のための金融教育セミナーも実施しています。今年度は、現役教員による実践事例紹介動画(11本)や金融教育の専門家による動画(13本)を「知るぽると」のホームページからご覧いただけるようにします。全国の都道府県広報委員会には、先ほどお話した講師を派遣する出前講座などのサービスもあるのでぜひ活用していただきたいです。

知るぽると

>>「知るぽると」金融教育の実践事例検索サービス はこちら

>> 先生のための金融教育セミナー  情報ページはこちら

 

金融教育を通して伝えたいこと、先生へのメッセージ

編集部:金融教育を通して子どもたちに伝えたいことは何ですか?

河合さん:昔は親の人生がロールモデルとして参考になる時代でしたが、今は時代の状況の変化も早く、親の人生を参考にしづらい時代です。ライフイベントに直面したとき、自分で考え、判断・選択しなければならないことが多くなります。そんな中で、自信をもって生きていくために助けてくれるのが金融リテラシーです。
悪質商法も多様になっており、「あなただけ」「今だけ」と煽って合理的判断ができない状況に追い込んだり、初回無料などの文言に惑わされたり、悪質業者の手口も巧妙になっています。被害にあわないためには備えが大事で、形は変わっても基本的な金融リテラシーが身についていれば、応用が効きます。いろいろな人の意見に耳を傾け、真偽を見極める目を養うことが必要なのではないでしょうか。

編集部:最後に家庭科の先生にメッセージをお願いします。

河合さん:限られた授業数、変わりゆく環境の中で、本当に先生は大変だと思います。このような時代だからこそ、知識を伝えることももちろん必要ですが、実社会に則してその知識を活かす経験をすることも大事です。失敗の経験も大事ですね。教材などを通じて擬似体験やシミュレーションすることも、将来に役立つのではないかと思います。金融教育を生徒の生きる力を育むためにぜひ利用していただきたいと思います。

当委員会は、今年8月に本格稼働する金融経済教育推進機構(J-FLEC)にその機能を移管・承継することになっています。J-FLECでは、国民の金融リテラシー向上のため、これまでの金融経済教育の質・量を高めて推進することとなります。ぜひJ-FLECの活動にも注目していただきたいです。

>> 金融経済教育機構(J-FLEC)  情報はこちら

 

 

技術・家庭 家庭分野

令和7年度 技術・家庭 家庭分野の教科書

 

取材・文/教育図書編集部

 

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